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第85話 待望の店

 ライリーは酒場で酒を飲みつつ、民の会話を聞いているとカセムの姿が見えたので後を追う事にした。

 カセムは以前、この街のある娼婦が学生の頃に満たされなかったという悲しき思いを成就させるに足るほどの魅力であったという話をしていた。


 そう、ライリーも前の世界の学生時代と言えばロクでもないヤツばかりがモテて真面目に生きていた人間と都会的な雰囲気の人間がモテないというしょうもないところで過ごしていたために常に苦渋を舐める思いをしていた。

 今となっては愛するソフィアと過ごしていればそんなものは無かったに等しいと思えるほど素晴らしい時間を過ごす事が出来ているが、やはり心の奥底にある満たされなかった思いは年を重ねても消えない心の傷として未だに胸を刺す。


 そして、ソフィアと出会う事がなく前の世界で未だに死んだような日々を送っていたとすれば幸せそうなカップルや夫婦を見る度、苦痛に感じ幸せの実現のために苦労した社畜の日々が無駄だったという現実が突きつけられる。

 その社畜時代でも学生のカップルを見ると嫌な気分になったものだ。というのも、世間的には良いとされた大企業に勤めていたのでうっかり名札を出したまま歩いているとそれを見た連中は嫉妬して悪口を言っていた。


 自分たちは幸せな時間を過ごしているのに仕事で絶望し苦しんでいる人間の悪口を言う。表面的な事すら見えていない魔族領の中枢都市の人間そのものだ。

 あの醜い心の連中には一体、何が見えていたというのだろうか。名札が金の生る木に見えていたならおめでたいを通り越して愚かなことである。


 カセムを追うとチャイナ服のような恰好をした随分と若く見える娼婦が呼び込みをしている店の前で立ち止まった。

 ここはもしや前にカセムが言っていた店ではなかろうかと思っているとどうやらそのようでそのまま店に吸い込まれるように入って行った。


 ライリーも気になったのでそのまま店に近づくと店先に写真でも貼っているのかと思ったがこの店は、どうやら中で品定め出来るようである。

 今日はソフィアも付いて来そうだったが一人で情報収集したいと言ったのが良かったようでこれはチャンスだと店に入った。


◇◇◇


 店に入るとライリーはロビーのようなところですぐ目の前にカセムの姿があったので前に言っていた店かと尋ねてみた。


「姿が見えたから追ってきたんだが、この店が前に話していた店でその娘もそうか?」

「ああ、そうだ。可愛いだろ?」


「ああ。すごく可愛いな。本当に合法なのか?」


 そう言うと娼婦は答えた。


「うん。私は成人しているから大丈夫だよ。今日はお兄さんも爆発させたいの?」

「そうだな。楽しみは後にとって置こう」


 そう言うと奥から何人か出てきた。制服のような恰好をした娘も居れば子供っぽい服装をした娘もいる。みんなかなり若く見えるがそういう娘を集めている店なのだという。

 ライリーは心が久々にかなり躍った。何という楽しそうなことだろうかと見ているだけでも楽しいのにこうしてロビーで話すのは無料なので会話を楽しみつつ、じっくりと選べる。


 サービスかと思いきや、しっかりと料金がかかる果実酒を飲みながら話を聞いていく。まるで秘密クラブでいい気になって品定めをしている貴族の気分である。

 その中におとなしい感じのツインテールの娘が居たのが目についた。黒髪で少し暗いような感じもするがそれが何とも言えない感じでライリーの心に残る印象を与える。


「君もここで働いているのか?」


 何やら気になるので娘に尋ねてみた。


「うん……そうです。どうですか? 私でもいいとか思いますか?」

「何でそんなに自信が無いんだ?」


「何でって……自信があるなんておかしいじゃないですか……自信があるなんて言っている人が魅力的なのって見た事がありますか?」


「そう言う意味で言ったんじゃないんだけどな。でも、君の言う通り自信過剰な人間で魅力的だと思えるようなのとは出会った事がない。

 でも君はそんな暗い考えを持っていても可愛いし、賢いという事だと思うぞ?」


「ふん……そんな事言ったってしたいだけなんでしょ?」


「それは難しい問題だよな。この店のコンセプトは失われた青春を取り戻すって事だろう? その頃に実現できなかった想いというのは出来なかったのなら、そのまま変わらないわけだ。幾らどう努力しようが変えられない事実がそこにある。

 じゃあ、どうするか? 君が思うように疑似的にでもすれば想いが遂げられると考えたところでそれは結局は欲望が魅せた幻想で終わる時間でしかないのならまさに”したいだけ”というところなんだろう」


「そんな事を言ったらこの店も私も存在価値が無いみたいじゃない……やっぱり私なんて」

「さて、更にそこで君に問題だ。それが演技ではないように見えるがその性格が演技だったらどうだ? どこに自分というものが居るのか分からなくならないか?」


「そうだよね。自分に正直じゃないと余計におかしくなるよね」

「そう。悪い方に行く考えは捨てた方がいい。それで、君はこれからどうしたい? 店を辞めたいか?」


「ううん。これから仕事をしようと思う。こっちへ来て」


 そう言うと彼女はライリーを奥の部屋に連れて行った。君に決めたとは一言も言っていないが彼が学生の頃に出会った考えの読めないままフラフラしていた後輩と似たような雰囲気があった。

 ライリーも当時、その後輩と付き合えればいいなと思っていた訳だがそれが叶う事はなく自然と会う事もなくなり卒業後も虚しさの募る日々を送った。


 だが、今は目の前に当時の姿によく似た娘がいる。部屋に通されたライリーはこれは良い機会だと思いながら楽しむ事にした。

 幼い顔つきの彼女が迫り、あの頃の思いが蘇る。顔が近いのに伏し目がちで紅潮していないのが何とも言えない。判断も感覚も迷うような感じがする。


 しばらくお互いに触れあっていると徐々に汗ばむ様子から興味が全くないという事はないのだと思えるので楽しくなってくる。

 積極的に来るのかと思いきや手も感情も引っ込む事を繰り返しているような感覚が続きこれはこれで初々しい姿を楽しめる。だが、ライリーはその初々しい状態の彼女というものを経験した事が無いのでそういうものなのかはよくわからないというのが残念なところであった。


 とは言え、学生の頃に聞かされてはイライラしていた初めての恋人との邂逅と似たような雰囲気がある。きっとこれがそうなのだろう。演技とはいえここまで再現できるのは流石である。

 汗ばむ彼女の肌が徐々に熱くなってきた頃、ライリーの上に乗っている彼女の目が朧げになってきたように見えた。自分の目に汗が入ってそう見えるのかとじっくりと見ようとしたら、彼女の後ろに何かが見えた。


 薄っすらと人影のようなものが見えた。森の中に居た時に馬車に潜り込んできたあの時の色情霊だろうか。もう思い残す事は無いような雰囲気で去って行ったのに困ったものだ。

 とは言え、この状況でそこまで考える余裕は無い。ライリーも彼女も飢えていた青春を謳歌しようと夢中になっていた。


◇◇◇


 十分に楽しんだライリーは夢中になっていたのでよく見えなかった人影について尋ねてみた。


「……そうそう。君の後ろに人影みたいなものが見えたが部屋の中を見に来たスタッフか何かだったんだろうか?」

「うう~ん? それは違うと思う。ほら、あその植木鉢の角に光るものが見えるよね。あのカメラで様子がおかしかったら監視しているから止めないといけないような事があったらドアが空いた途端に大声が聞こえるはず」


「そうか。ここに来る途中の森で色情霊に出会ったのでそれだったんだろうか?」

「霊? 他ではどうかしらないけどこの街の住民は皆信じてないね。私もよく分からない」


「なるほどな。俺が前にいた世界じゃそういう人間は無駄に怖がっていたものだが君は違うみたいだな」

「ああ。そうなんだ。転移者の人なんだ。この世界だとこの街の外の人は見える人も多いし、霊なんてそこら中に居るんでしょ? 私たちは自分たちが他と違うって事は分かってるよ。あなたが見たのはそうだったんじゃない?」


「まあ、これ以上考えるのも無粋か」

「ねえ、また来てくれないの?」


「他にも客は幾らでもいるだろ?」

「……ふん。別にいいけど……」


◇◇◇


 何とも言えない気分で店を後にしたライリーは先ほどの違和感の正体を知る事になる。しばらく歩くと宿屋への近道になる裏路地に入ったところでそれは正体を現わした。

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