難民発生
『皆さん起きてますか? 起きてる人はコアルームに集まってくださいデス』
「……んあ?」
ある日の早朝。脳裏に反響する瓶底の声で目覚めた俺は、目蓋を閉じたままで傍らに置きっぱの腕時計を手に取った。
「んだよ、まだ5時半じゃんよぉ……」
ったく、こんな朝っぱらから何だというのか。起こすなら朝飯が出来上がってからにして欲しいね。と言っても瞬時に召喚するから待つまでもないんだけど。
しかし何だ、話が有るにしろ無理やり起こすのは無粋ってもんだ。それに召集は起きてる奴に限定されてたよな? ならこれから二度寝する俺は対象外っと。話し合いは早起きした連中に任せよう。
『おっっっきろーーーーーーっ!!』
「んんんがぁぁぁぁぁぁ! うるせぇぇぇぇぇぇ!!」
★★★★★
「さおはよう諸君。瓶底くんの呼び掛けに応答がなかったので少々不安に思ったのだが、まさか全員が起きていたとは」
場所は変わってコアルームだ。頭がカチ割れるかってくらいの大声を聞いた俺たち全員がこの場に集まり、素直に会長の言葉に耳を傾ける――わけねぇだろ! こちとら寝ているところを叩き起こされてんだ、そりゃもう下らん話は右から左よ。
「「「…………」」」
「む? どうしたのかな諸君、そのいかにも寝不足のような顔は」
「「「寝不足だからだよ!」」」
全員から総突っ込みを食らう会長。だが本人は「ヤレヤレ、体調管理は自己責任で頼むよ」と言いたげな顔して肩を竦める。さすがは会長、一切の空気を読まないところは折り紙つきだな。つ~か誰だよ、念話を使って大声を上げた奴は。
「はいは~い、殆どの人が寝てたから、この緑川選手が優しく起こしてあげちゃいました~! ブィブィ♪」
やっぱりオメ~か! 毎度毎度騒がしい奴め。つ~かアレのどこが優しいと? 激しく起こせと言ったらアレ以上の騒音が轟くってのか!? 近所迷惑ってレベルじゃねぇ!
「ふむ、緑川くんには感心させられる。最近は誰もラジオ体操に参加しないし(←やってるのは会長と副会長の2人だけ)、やはり早起きは三文の徳とも言うじゃないか。皆も健康維持のためラジオ体操を続けられるよう努力したまえ」
ハカバカしい。そもそも早起きしたところで三文の価値しかない(←現代換算で60円くらいの価値らしい)時点で所詮はその程度ってこった。
見ろ、本郷なんかシャドウボクシングと貧乏ゆすりを器用にこなしながら寝てるじゃないか。ここが日本だったら絶対にナニコレ○百景に応募してるね。
「ふぁ~~~あ……。そろそろ本題に入ってくれないかな? 寝不足は顔に出てしまうからねぇ、ボクの美顔に悪影響が出ても責任取れないでしょう?」
「利根川くん、キミの顔面偏差値に別段興味はないのだが……。まぁいい、時間も惜しいし説明させてもらうよ。瓶底くん、映像を切り替えてくれたまえ」
「はいデス」
ブゥゥゥン!
スクリーンセーバとして映されていた初音○クが消え、非武装とおぼしき人の集団が代わりに映り込む。
「ん? なんやねんコイツら」
「ガリアーノからの難民デス。エルバドール帝国の侵攻により陥落したようデスね」
どうやら帝国はライジングバレーを避けて進軍する方向に舵を切ったらしい。ガリアーノは領主が暴走したせいで手薄になってたからな、呆気なく落とされたんだろ。
「難民たちはこちらに向かって移動中だ。ライジングバレーを目指しているものと見て間違いないだろう。こちらとしても人口増加のため受け入れようと思うのだが」
「「「賛成!」」」
寝不足で思考が働かないこともあり、会長の意見に全員が無条件で賛同。受け入れ準備を整えて町の入口で待ち構えていたんだが、ここでアクシデントが発生した。
「マズイぞ諸君、難民たちが野盗に目を付けられてしまったようだ!」
「後ろから大勢で迫っているデス」
難民たちも野盗に気付いたようで、捕まりたくない一心で走り出した。追い付かれるかは微妙なところか?
そこで放っては置けないとばかりにお那須さんが声を上げる。
「こうしてはおれん、彼らを救出しに向かうぞ! 瓶底、狙撃手の用意を」
「分かったデス」
★★★★★
「野盗だ、野盗が追ってくるぞ!」
「早く、街まで早く走れぇぇぇ!」
最後尾の難民が大声を上げたことで前方の難民も一斉に走り出した。
「イタッ!」
何かに足を取られて転倒したオイラはケント。そんなオイラに哀れみの視線を向けつつも、周りの大人たちは足を止めない。そう、周りには知らない人しか居ないんだ。何故ならオイラには両親は居ない。エルバドール帝国の襲撃で殺されちゃったからだ。
「もうすぐライジングバレーだ、そこに着くまで全力で走れ!」
視界の端に山と谷が見えてきた。そこがオイラたちが目指す場所。受け入れてくれるかは分からない。でも住む場所を失った今、他に選択肢は無いんだ。
「パパ、ママ、もう走れないよぉ……」
「ダ、ダメだ、諦めるんじゃない!」
「貴方、この子だけでも背負って逃げて。私ももう……」
「お前まで何を弱気に!」
最後尾の一家が取り残された。でも他の人たちは足を止めない。立ち止まったら最後、賊に捕まるしかないからだ。
「…………」
自分に家族は居ないけど、あの子には居る。そう思うと自然と足が止まり、立ち往生している一家の元へと引き返していた。
「キ、キミは……」
「オイラが……オイラが賊を止める。その間に早く!」
「無茶だ、いくらなんでも――」
「早く!」
怒鳴るように声を荒らげ一家の脇をすり抜けると、賊共に向かって突っ込んでいく。賊共は驚きつつも相手がオイラ1人だと気付き、元の狡猾染みた顔に戻り剣を振りかざしてきた。
「へっ、ガキ1人に何ができる! テメェなんざ片腕だけで充分だ!」
「うっせぇ、やれるもんならやってみろ!」
近所じゃ悪ガキで有名だったんだ。只でやられるほど単純じゃない。そう意気込み、オイラは走りながらも足元の砂を掴み上げて周囲にブチ撒けた。
ザバッ!
「グフッ!? こ、このガキなめた真似しやがって!」
「逃げてく連中は後回しだ、先にコイツをブッ殺せぇ!」
やれることはやった。これであの家族はまだ生き延びれる。犠牲になるのはオイラ1人でいい。悪戯ばかりで迷惑を掛けてたお詫びになるかは分からないけど。でも今なら堂々と父さん母さんに会える気がする。そう思い、目を閉じて最後の時を待った。
けれど……
ザクザクザクザクッ!
「ギェェェ!?」
「!? な、なん――ゲハァァァ!」
オイラが斬られることはなく、代わりに賊共の悲痛な叫び声が辺りに木霊した。恐る恐る目を開けると先程までの状況が一転、矢に射られた賊連中がのたうち回ってるじゃないか。これはいったい!?
「クソッ! どこだ、どこから矢が降ってきた!?」
「頭ぁ、あそこでさぁ!」
「上だと? って、何だアイツは!?」
賊共に釣られてオイラも見上げる。すると遥か上空に天使のような姿を捉えた。まさか本当に天使が? いや、よく見ると天使のように見えたソレには見覚えがあった。確か図鑑か何かで見た記憶が――
シュシュシュシュ!
「グワァ!」
「ヒィィィ! お助け――グヘェ!?」
――っと、考えるのは後だ、今は巻き添えを食らわないよう賊共から離れなきゃ!
「頭ぁ! このままじゃ全滅でさぁ!」
「クソゥ、逃げるぞ野郎共! 遅れた奴は強制的に殿だかんな!」
良かった、賊連中は逃げてくみたいだ。取り敢えずは助かったか。でも上にいる奴は何者なんだ? まさかオイラを助けに来てくれた? でもいったい何故――!!
スゥ……
空中浮遊していたソレがゆっくりと降りてくる。距離が縮まるにつれ姿もハッキリとしてきた。そして遠目からは天使に見えたソレは、白いローブを羽織った魔物であることが判明。そう、学舎の図鑑に記されていたために見覚えがあったんだ。
スタッ!
「うっ…………」
上空にいたソレが目の前に着地――と同時に膝がガクガクと震えだし、額には脂汗が浮かんでくる。
そう、これは間違いなく恐怖からくるものだ。両親や近所のオジサンなんかが怒った時とは比べ物にならない。何故なら目の前の魔物は、矢で射た者の魂を刈り取ることで糧としていると記されていたから。
天使に見えた? とんでもない。見た目は黒髪の美しい女性でも中身は魔物。その恐ろしさに抵抗すべく、オイラは力一杯叫んだ。
「埋葬曲を送る狙撃手!!」
それがこの魔物の名前。今しがた賊を蹴散らした正体。戦争の跡地に出現し、死の淵を彷徨っている兵士にトドメを刺して回るという噂だ。そんな魔物を目の前に成す術もなくオイラは立ち尽くす。
そうか、噂通りならコイツはオイラにトドメを刺しに来たってことか。
「上等だ、早くオイラを父さん母さんのところに連れてってくれ」
そう言って再び目を閉じるオイラ。でも目の前の死神からは予想外の言葉が発せられた。
『付いて来なさい』
「……え?」
小声ながらも凛とした声が頭に響く。そう言えば口が動いたようには見えない。まさか念話を? そんな疑問もどこ吹く風とばかりに死神はクルリと踵を返し、ライジングバレーに向けて歩き出した。
『…………』
「…………」
あれから死神は口を開かない。まるで無駄はことを喋るつもりはないとでも言いたげな感じだ。オイラとしては重要なことなんだけどな。特にオイラを助けた理由については一番気になるところだし、思い切って話しかけてみよう。
「あの……」
『…………』ギロッ!
「!? い、いえ、すみません!」
どうしよう、怒らせちゃったかな? それとも聞き方がマズかったのかもしれない。クソォ、こんなことなら礼儀作法くらいキチンと覚えとくんだった。
『…………』
「…………」
そして再び訪れる沈黙。もう街が近くに見えるのに、そこまでの距離が千里先に感じるほど遠い。
あれ? 今になって気付いたけど、この死神はライジングバレーから来たのか? いや実際に向かってる最中だしそれ以外にないんだけど、そもそも街との関係性は? あ~気になる、気になって仕方がない!
うん、やっぱり聞いてみよう。どうせ怒らせちゃったんだし、いっそフランクに話してみれば……
「ねぇ、死神のお姉さん」
『は? 死神? お前、私のことを死神と言ったか?』
「え……あ!」
ヤベッ、頭の中で思ってたことをそのまま言っちゃった!
『…………』
「あ、あはは、あはははは、その……なんとなく……」
誤魔化してはみたものの白い目を向けられているのは間違いない。何でかって? そりゃ口をヘの字にしてジトッとした目で見られてるからね、現在進行形で! しかもチンピラが凄むようにピッタリと隣に張り付いてきたし、魔物にしては人間味がある――なんて風に思えてきた。
『ふぅ……。まったく、助けられたというのに失礼な奴だ。さてはお前、悪ガキとして有名だっただろ?』
「え、えぇまぁ、そんなところかな?」
『かな? じゃない。どう見ても私はお姉さん的な立ち位置だろうが。せめて私のことはヨウコさんと呼ぶように』
どうやらこの魔物はヨウコという名前らしい。そうか、埋葬曲を送る狙撃手のような上位の魔物には固有の名前があるんだ。
『それからお前、さっきのアレはどういうつもりだ?』
「アレ?」
『1人で野盗の集団に突撃しただろう。おおかた両親を失くして自棄を起こしたのだろうが、命は1つしかないのだぞ? もっと自分を大事にしろ』
「はい……」
死神なだけあって全てお見通しってか。というか何でオイラは魔物に説教されてるんだ? 父さんにだってされたことは――そういやしょっちゅう怒られてたな。うん、こればっかりは反論できない。
『少しは反省したようだな。ではもう1つの懺悔をしてもらおうか』
「もう1つの懺悔?」
『そうだ。私を死神扱いした件についてな』
「あ……」
やっぱり気にしてたんだ。そして「魔物のくせに」という台詞が出かかった口を咄嗟に両手で塞いだ。
『私はこれでも未成年だ。口調のせいで大人びたように感じるだろうがな』
「え、そうなの!?」
『そうだ。そして今、お前が何を言おうとしたかも見当がついている。「年増じゃなかったんだ、てっきり三十路を越えてるものだと思ったけれど」とか思っただろう?』
「そ、そんなの思ってないって!」
『本当か?』
「ほ、ホントホント、せいぜい30の手前だよ」
『大して変わらんだろうが!』
ゴツン!
「いってぇ!」
正直に答えただけなのに拳骨食らった。何でだよ!(←自分で考えよう)
『さ、着いたぞ。案内はここまでだ』
あっという間に街に着いた。話も通じるし案外良い魔物なのかもしれない。
「あの……」
『ん?』
「ありがとう御座います。ヨウコさんの言う通りオイラは自棄を起こしてた、どうせ死ぬんだって。でもこうして生き残ったんだから、死んだ両親の分も生きていこうと思う。それにオイラ自身の目標もできたし」
『フッ、そうか』
ヨウコさんは僅かに微笑み、そのまま立ち去って行く。オイラはその背中を見送ると、晴れやかな気持ちで街の中へと入るのだった。
★★★★★
「――という事があってだな」
その日の朝飯時、フとそんな話をお那須さんが語りだした。なんでも埋葬曲を送る狙撃手という魔物が髪を下ろしたお那須さんにソックリだったため、難民の救出でピックアップされたのだとか。
「うむ、いい話じゃないか。正義感の強い那須くんらしいエピソードだな」
「いや、それがだな……」
会長に称賛されるもお那須さんは表情を曇らせる。
「何か問題が?」
「実は――」
『皆さん、少しよろしいでしょうか?』
お那須さんに被せるようにトルネオさんの念話が届いた。
『トルネオさん、何かあったのかな?』
『ええ、その……大変申し上げ難いのですが、ケントと名乗る獣人の少年が、ヨウコという人物にお会いしたいと申し出ておりまして、その……』
ちょうど話題に上がっていた少年だ。しかしどうも歯切れが悪い。
『何か危険なことが?』
『いえ、危険という事はないと思うのですが……』
『ふむ? よく分からんが危険が無いのなら通しても構わない』
『分かりました』
件の少年が会いに来る。普通なら感動の再会となるところなんだが、肝心のお那須さんも額に手を当て首を振った。
「あまり嬉しそうに見えんな?」
「付いてくれば分かる……」
「「「???」」」
足早に食堂を去るお那須さん。残された俺たちはクエスチョンマークを頭上に浮かべるも、お那須さんがタメ息を連発している理由が気になり同席することに。そして……
「お迎えに上がりました、ミスヨウコ。オイラが――じゃなかった、私めが貴女の婿となることをお許し下さい」
待っていたのは、誰から借りたのかタキシードでビシッと決めてきたケントによるプロポーズ。どういうことかと全員の視線がお那須さんに集中し、タメ息混じりにお那須が口を開く。
「コレが新たな目標らしい。私に助けられた命は一生かけても私のために尽くすのだと言い出してな……」
う~ん、愛が重い――とでも言うべきか?
「この命、貴女に捧げます!」
「だから命を大事にしろと言うに!」
「はい、すみません! それでも貴女に捧げます!」
ふむ。しばらくお那須さんは求婚に悩まされそうだ。




