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湖水地方、パニール 4

「……結局、遊んでしまった私にも反省すべき点はありますが、そろそろ、真面目にこの土地の調査に取り組みましょう」


 散々楽しんだ後、上着を羽織った格好でクレアがわざとらしく咳払いをする。

 

「遊んで――調査の結果、今のところ、特別な危険はないように感じられましたが、この時期、ここで遊んでいる人がいないことは、不思議に思えます」


 水辺が涼しいことは考えるまでもないことだ。

 この暑い時期ならなおさら、近くにこんなに綺麗な水辺があるというのに、この辺りに住んでいる人の姿がまったく見られない、などということはあるだろうか。

 もちろん、他にも湖はあるみたいだし、たまたま時間が被らなかったというだけかもしれないけれど。

 

「そんなに不思議なことか? たまたまタイミングがずれてたってだけじゃねえのか?」


 シュロスの言うとおり、特別不思議なことでもないと思う。

 ただし。


「シュロスの言うことには僕も同感ですが、それでも、一応、この辺りのことは調べておいたほうが良いと思います」


 僕たちの目的は魔王軍を倒すこと。

 それは、目的を阻止することと言い換えることもできるし、ならば、もしかしたら、この地にも魔王の手が伸びているかもしれないと考えて調査をしておくことは、悪いことではないと思う。

 なにもなければ、それはそれで良かったことだし。


「それなら、まずはエストの希望どおり、近くの教会を訪ねてみましょうか」


 協会でもいいかもしれないけれど、地図的には、今いる場所からすこし離れている。どちらかといえば、教会のほうが近い。

 

「ありがとうございます……すこし構わないでしょうか?」


 頭を下げかけたエストが、なにかに気が付いたように、街があるのではない方向を見つめる。

 その瞳はわずかに難しい光を宿しているように見え。


「なにかありましたか、エスト」


 クレアが代表して尋ねる。

 エストは神官として、呪いなど、僕たち神職ではない者にはわかり辛い、不浄な気配を感じ取る。

 

「……それが、ここからだと微かにしか感じられないのですが、この先から呪力のようなものを感じます」


 呪力? と思ったことが顔に出ていたのかもしれない。


「失礼しました。呪いをかけられているように感じられる、その感覚のことを、私たちは呪力と呼ぶようにしているのです。呪いも魔法の一種であるということはご存知のことと思いますが、系が違いますから」


 呪いというのは、僕たち魔法師にとっては、治癒魔法では治療できない力がかけられた状態というか、その状態に陥れるための魔法、ということになっている。

 ただし、それらは、アレスティエル様に仕える、そして修行を積むこと、つまり、神職に就くことで解呪することができるようになる、らしい。

 僕がそうではないので断言はできないけれど。


「そうですね。私共も概ねそのように理解しております」


 神官であるエストがそう言うのであれば、そのとおりなのだろう。

 

「発生源はわかるのですか?」


「すこしお待ちください、クレア様」

 

 エストは両手を前にかざしながら着いて来てください、と先へ歩き始める。

 いや、着いて行くのは構わないのだけれど。クレアも疑問を持たない様子で付き従っているし。


「ルシオン。黙ってろよ」


「シュロス」


 シュロスは人差し指を立てながら。


「姫さんはともかく、エストが気が付くまで放っておいても、罰は当たらないだろ」


 いや、僕は呪いがどういうものかまだよくはわかっていないのだけれど、その発生源とやらが魔物だったり、魔族だったりした場合、水着一枚だけの格好ではエストの身が危険では?

 クレアも上着を羽織っているだけで、下は水着だし。

 なにが心配なのかといえば、普段の、付与魔法の施されたドレスより、防御性能に劣るというところだ。

 エストの普段着ている神官服も同じようなものだ。

 人間の男性であれば、戦闘不能状態に持って行くのは難しくない、というより、より簡単かもしれないけれど、相手は魔族や魔物かもしれない。むしろ、その可能性のほうが高いだろう。

 

「仮に、相手が魔族や魔物だった場合、水着で討伐に行くというのは、少し、いや、かなり滑稽なのでは?」


「まあいいじゃねえか。たまにはそういうことがあっても。面白おかしかった旅の一ページとして、記憶に残るだろ?」


 たしかに、これを書物にでもして残した場合、後世の読んだ人たちは笑うだろう。

 

「それに、俺たちがあの二人を危険な目に合わせなければそれで済む、それだけの話だろ?」


「……シュロスにしてはまともなことを言いますね」


 たしかに、そのとおりではある。

 ただし、水着なのだから下がっていてください、と言ったところで、あの二人が、特にクレアが、大人しく引き下がるとは思えない。


「それに、いざとなったら、強引に引き下がってもらうってことも簡単になるしな?」


「は? それはどういう意味ですか?」


 シュロスは肩を組んで、小声になると。


「さっき言ったとおり、あの水着の結び目の部分を切断してやれば、さすがの姫さんも、後ろに下がらざるを得ないだろ。それは、理屈をこねまわしてあの姫さんを説得するより簡単だとは思わねえか?」


 まあ、余程の状態でなければ、《修復する魔法》で元の状態に戻せるとはいえ、瞬間的な反応までは、如何ともし難いだろうし。

 そんな混乱している中で、いつもどおりの反応と対応ができるのかというのも怪しいところだ。

 とはいえ。


「クレアのそんな姿を晒したくはありませんが」


「それは最終手段だ。たしかに、恥じらう姿には萌えを感じるが――とにかく、姫さんとエストには、薄皮一枚掠らせず、俺たちで元凶を叩けばいいってことだ」


 結局、水着のままでいること、着替えについての指摘をしないでいることに関しては、誤魔化された。

 しかし、僕の中でも、やはり、クレアの水着姿を見ていたいという欲望が強かったことも事実。

 露顕したら、そのときはそのときで、なんとか謝ろう。 

 ただ、目の前であんな風に肢体を晒されて、魔物や魔族の討伐に集中できるのかというのは、別の問題だ。

 たしかに、クレアの全裸に近い姿、それも魔物と戦っている最中に、出くわしたことはある。

 とはいえ、あのときはやむを得ない事情というか、戦闘の結果、そうなっていたというわけで、最初から奇天烈な恰好をして戦いに挑んでいたわけではない。

 別に、水着姿が奇天烈なのではなくて、戦うには、若干、不適切かもしれないと思う、ということだ。

 

「まあ、クレアたち本人がそれでいいなら放っておくか」


 実際、防御力が多少落ちるということ以外、水着でいることの不利な点はない。

 むしろ、普段のドレスより動きやすくていいかもしれない。

 僕はそれ以上考えることを放棄した。


「この湖から濃い力を感じます。どうやら、ここが呪いの発生源のようです」


 しばらく歩いた先、濁ったというか、汚れたというか、先程まで戯れていた湖とは似ても似つかない水質の湖を、エストが指差す。

 湖の縁に茂る水草は、元の緑から変色し、濁った赤色に染まっている。

 

「少し確認してきます」


 防御魔法を展開しながら空に舞い上がる。

 幸い、空の魔物からの奇襲はなかった。


「やはり、ここが最も大きな湖で間違いはなさそうです」


 地図どおりならそうだと思ったけれど、一応、自分の目でも直接確認しておきたかった。 

 ここに魔物や魔族が棲みついたから大きくなった、ということではなく、最も大きかったから棲みついた、ということらしい。


「けど、どうすんだ? さすがに、水生の魔物や魔族相手に、水の中に入って戦うなんてのは自殺行為だろ」


 シュロスの言うとおり、普通の魚と比べてもわかることだけれど、人類が生活圏を地上に置いているように、水中では僕たちに勝ち目はないだろう。

 しかし、探知魔法によれば、この湖の中から大きな魔力の反応があるし、ここに元凶、とまではゆかずとも、大きな脅威が潜んでいることは間違いない。

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