湖水地方、パニール 3
それにしても眩しい。
もちろん、澄み渡る青空と輝く太陽の話ではなく――それも綺麗だけれど――水辺で戯れる女性陣の話だ。
それがただ――ではなかったな、水着を着ていたんだった。水着で、水際で水をかけあっていたりするだけだとしても、その光景は絵にでも描いて残しておきたいと思えるほどだ。鏡みたいなもので、目に見えた瞬間を画として切り取って保存できるものでもないものだろうか。
水晶のように透き通った、魔力の通ったものならば可能か? 映った光の反射を保存するような。《保存する魔法》やら《収納する魔法》を応用すればあるいは……。
さすがに銅像に残したくはない。
クレアたちだって、自分たちのそんな姿の銅像が飾られているのは見たいものでもないだろうし。
それなら、画でも同じか? しかし、歴代の国王様の肖像画は残っているだろうし。
まあ、それらは後で考えるのでも、遅くはないだろう。今は、現実の目の前に、動く水着姿のクレアの本物がいるわけだし。
虹色のビーチボールがゆるりと回転しながら放物線を描けば、当然、それを打ち合っている当人たちである、クレアとエストの身体も弾ける(言うまでもなく、内臓や血、肉がという意味ではなく)。
海辺に出れば、開けた視界に、真っ青な空と海、それから白い砂浜との対比が美しかったかもしれないけれど、こうした、ちょっとしたオアシスのような感じになっている中ででの戯れというのも、見ていて本当に癒される。
「ここがまだ魔王軍の手に落ちていなくて良かったな」
シュロスも同じような感想を抱いたようだ。
「本当に。もちろん、油断はできませんが」
たしかに、今この瞬間は、ここが安全であると言えるようだけれど、次の瞬間には、空から魔族が降ってこないとも限らない。
「あいつらにはもう少し油断して欲しいけどな」
「そうですね……」
魔族は自身の魔法の実力を過信しているところがあるからな。いや、魔法に限らず、強さそのものに対して、か。
僕たち人間、というより、魔族ではないものを見下す傾向にある彼らのその油断は、僕たちが突くべき大きな隙で、現状、魔族に対して最も有効な手段だ。
「だよな。ふとした油断に見えるところにエロさがあるからな」
「……なんの話ですか?」
シュロスは、普通に人間の女性が好きだったと思ったけれど。
こんな生活に付き合わせてしまっているせいで、とうとう、頭をやられたとか? いや、もともとやられ気味だけれど、さっきまで、クレアたちの水着姿を楽しみにしている、みたいな発言をしていたからな。
「決まってんだろ。水着を着ていることで、多少なりとも開放的な気分になって、普段は気を付けているようなところでも気にしなくなり、そんな油断からちらりと見えるところに興奮するだろうが」
そんな、常識だろ? みたいに言われても。かなり、かどうかはわからないけれど、限られた性癖の人たちの話だと思う。
それはどうでもよくて。
「……もしかして、水着のクレアたちの話ですか?」
魔王軍の話ではなくて?
「当り前だろ? ルシオンこそ、なに言ってんだ? この状況で他になにを話そうってんだよ」
この状況というか、シュロスの話は大抵、似たような話題だけれど。
まあ、これが休息だということはわかっている。
それにしても……いや、違うか。僕のほうが、普段の魔王軍との戦いに備えている状態こそ、普通の状態になり始めているということか。
もちろん、現状を考えたなら、そういった精神状態というか、危機管理意識を持っているというのは、重要なことだと思う。
敵の接近に気がつけなかったり、隙を見せたりでもしようものなら、即座に首が飛ぶ――物理的な意味で――ならばまだしも、拷問やら、精神支配やら、より残酷な目に合うかもしれないのだから。
しかし、それにしても、余裕が無さ過ぎるというのも、問題なのかもしれない。
人間、常に張りつめたままでいては、本当に必要なときに切れてしまうかもしれない。ときどき、こうして息抜きをすることは必要なことだ。
というようなことは、こうして遊びに来る前にも話をしたはずなのに。
「おまえ、疲れてんだよ。いいからさっさと混ざりに行くぞ」
今までも、一緒にいなかったというわけではない。
視界から外したことはないし、なにかあったらすぐに対応できる程度の距離にはいた。
しかし、あんな姿の姫様と一緒に戯れてしまうというのは、不敬なのでは?
「ルシオン。どうかしましたか?」
躊躇っていると、逆にあんな姿――似合った水着姿のクレアがやってきて、僕の手を引く。
初めてではないはずだけれど、想像以上にすべすべで、心臓が跳ねるのを誤魔化すのが大変だった。
手を掴まれていたけれど、気付かれてないよね?
「やはり、どこか変でしょうか?」
クレアは首を回して自分の格好を確認している。
「いえ、変なところはありません。先ほども伝えたとおり、とてもよく似合っています。ただ、こう、緊張してしまいまして」
クレアが目を細めるので、慌てて。
「あっ、いえ、周囲に敵性存在がいるかどうかを気にしているなどという意味ではなくてですね……男というのは、綺麗な女性の近くにいるだけで、大抵は緊張してしまう生き物なんです」
結局、口にしてしまった。
もっとも、今クレアの身近にいる男といえば僕とシュロスであり、そのシュロスがあんな性格だから、今までの人生であまり同世代の男性とこういうことをしてこなかったのだろうクレアには、理解しづらいことだったとしても、仕方がないとは思うけれど。
「そうなんですね。それは、その、ありがとうございます……?」
クレアが小首を傾げながら、曖昧な笑顔を浮かべる。
その頬は若干赤く染まっていた。
「あー、なんか、すみません……」
僕も照れくさくなって、頬を掻く。
もちろん、クレアのことはいつだって可愛い、綺麗だ、それから、まあ、他にもいろいろ、素敵だと思っているのだけれど、あまり、直接口に出して伝えるようなことはしていなかったからな。
そもそも、クレアなら、城にいたころにでも、そんな褒め言葉は言われ慣れているだろうに。
「い、いえ……嬉しかったことは事実ですから」
もしかして、姫様だからこそ、あまり直接は言われたことがないとか?
いや、それがお世辞やおべっかなんかだとしても、適齢でもあるクレアに言い寄っていた人がいないとは思えない。
「それらと一緒にしてしまって、ルシオンは構わないのですか?」
「は? えっと、それはどういう……?」
そのまま、どちらから動くでもなく、クレアはわずかに唇を尖らせた、かと思えば、両手をもじもじとさせていたもするし、僕はなんとなく、一応、真意を掴もうと思ったりもしながら、視線を動かしたりして。
「……なにか?」
気がつけば、シュロスとエストが、なんだか微笑ましいものでも見るような、それでいて、残念というか、憐むような、なんとも言い難い表情で、見つめてきていた。
どういう感情なのだろうか、それは。
べつに、二人を除け者とか、いないもの扱いしていたわけではないのに。
「いいや、なんでもねえよ」
「はい。世界が平和だというのは良いことだと、思いを巡らせていただけです」
エストの思索は壮大過ぎやしないか? それは、この状況で思うようなことだろうか?
いや、エストは神官、アレスティエル様にお仕えする立場だし、日常的に考えていてもおかしくはない、のか?
あいにく、僕との意思疎通はできなかったけれど、二人が仲良くできて、連携もとれるようになったなら良いことだろう。
そう言ってみたら、笑われたけれど。




