第14話 近海の主
それから3日が経った。
死にものぐるいで稼ぎに稼いで、何とか船のチケットを買うだけの財布の余裕ができた3人であった。
「あいつらに絡まれてなければ、一昨日には豪華客船にだって乗れたっていうのにな。全く、最悪だぜ。」
「さすがに豪華客船は盛りすぎだよ。でも、この三日間で取り敢えずまともな船に乗れるだけを稼げて良かったよ。」
「その通りよ。この大海原をその辺の木で作った筏で渡ろうなんて馬鹿げてるわ。銀次が説得してなかったら今頃私たちは海の底よ。」
ソフィアが先日のことを振り返り呆れる。
3日前、海を渡るために船に乗らなくてはならず、必死で金を稼がなくてはならないと話していたところ、働きたくないフリートが、筏で海を横断しようとずっと言い張っていたのだ。
俺様に不可能はねえ、だとか、いざとなったら俺様の剣で海を切り開いてやるだとか。
まぁ、銀次の説得により、結局船で行くということになったのだが。
3人が乗る船は、とても大きいとは言えるものではなかった。乗客は銀次らを含めて18人。船員は3名。計21名。
燃料の限度もあり、途中でエウローパに一度寄り、目的地であるブレストキアへと向かう予定だ。
正午、船はいよいよハルジオンを出発した。
安全のため、武器や殺傷能力のある危険物は全員下の荷物庫へと預けなければならなかった。
3人は、雑談を少ししたあと、デッキの椅子で休息をとることにした。この前のようにヴラドの刺客がまた送られてくる可能性も考慮して、睡眠を取るときは必ず1人が起きているようにした。
だが、しばらくすると、前方の水面に、何やら巨大な影がみえた。そして、みるみるうちに海上へと姿を現した。
それは、巨大な烏賊のような姿をしていた。その大きな足々を動かすごとに、大きな波紋を水面に浮かべ船に衝撃と振動が走る。
「ク、クラーケンだ。この近辺に生息しているって噂は本当だったんだ。」
乗客の1人がクラーケンを指して驚嘆する。クラーケンを見て腰を抜かすものもいた。
「クラーケン、確かこのエウル海の主で、船を丸呑みにしたっていう伝説もあるわ。まさかこの目で見る日がくるなんてね。」
「あの巨体、本当に船を丸呑みされてもおかしくないね。しかも今の僕たちは武器も何一つ持ってない。おまけに...」
銀次は言葉を濁らせながら隣を見る。
「く、苦しい、頭がいたい。吐き気もしやがる。ふらふらする。」
手すりにつかまりながら、ぐったりとしているのはフリートだった。
「あの化け物に唯一対抗できそうな化け物が船酔いでこの様とはね...これは思っているよりもまずいかもしれないわね。」
希望が見えることはなくクラーケンとの距離は縮まっていく。
そして、とうとう数百メートルの距離にまで近づいてしまった。
その時、クラーケンのいる方より少し西側に、なにやら物影が見えた。
やがて、波に乗ってこちらの方へ近寄ってきた。目を凝らしてよく見てみると、それは一人の男だった。筏に乗った一人の男だったのだ。
男は、筋骨隆々でいかつい顔と合わせて、ヤクザを思わせる雰囲気だった。
そして、男は、自分のすぐそばで姿を露わにしているクラーケンを見つけた。男はクラーケンを見るなり、恐怖と絶望で涙したのかその目は光って見えた。
「あれはもう終わりね。私の出る幕ではないようね。」
銀次たちの隣で一部始終を共に見ていた一人の女性がぼそりと呟く。
よく見ると、格好は大人っぽいが、それは幼さのまだ残る可愛らしい女の子だった。それでも、黒を基調としたドレスと帽子に縫い付けられた赤い薔薇の飾り、大して強くもない日差しを避けるための日傘から、遠目で見れば上品な大人の女性にしか見えない。
「残念だけど、あの人はもう助けることができませんね。」
「くそっ。僕たちはここでただ見ていることしかできないのか。」
武器を持たない二人は、なす術なくただただ見守る以外にできることなどなかった。
とそこへ、悔しさを噛み締めている二人の元へ女性が歩み寄ってくる。
「お兄さんたちは何か誤解してませんか?」
それと同時に、座り込んでいた筏の男が立ち上がり、色々なところを伸ばしたり、腕をぐるぐると回している。
「せっかく広大な海を眺めていい気分に浸っていたってのに...よくも、俺の休養を邪魔してくれたな。この代償は高くつくぜ。巨大イカ野郎!」
叫び声に反応したクラーケンの巨大な足の一つが男に襲いかかる。
しかし、迫り来る魔の手は、男に到達することはなかった。男の少し手前で無残に破裂し海に散ったのであった。
目の前で起きた出来事に、クラーケン、銀次らを含めた一同はただただ唖然としていた。少し間がさして、やっと状況に整理がつき我に返ったクラーケンは、逃げるべきか戦うべきかの選択を迫られた。だが、対する男はそんな事を考え時間をくれるほど生易しい性格をしていなかった。
空を拳が切り裂く音とともに、また一つ足が破裂し肉片が飛び散る。
「チェックメイトだ!」
先ほどまでと同様の凄まじい威力の拳を連打で繰り出しクラーケンの頭部を破壊し尽くしとどめを刺した。
返り血で真っ赤に染まる男と筏の周りは、同じように真っ赤に染まった海が広がっていた。




