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第9話 狼と騎士

その狼はとにかく大きかった。以前戦ったゴーレムの倍近くはあった。

狼はその巨体を持ち上げ構えると全身の毛を逆立てた。その毛は針のようになり軍隊へ向けて何百、何千と飛ばした。飛ばしては新しい毛が生え、新しい毛が生えては針のようになり、針のようになっては飛ばすの繰り返しだった。しかし、当然その程度でひるむ騎士の軍隊達でもなかった。後衛の戦士たちが各々の創界術で針を防ぎ、同時に前衛が巨狼に襲いかかる。

巨狼は、無数の斬撃を受け、夥しいほどの血を流していた。


「さぁ、旅のもの、そこに居ては危険だ。今のうちにこちらへ来るんだ!」


おそらく軍隊を統率しているであろう騎士が銀次らに呼びかけた。その男は、初めて会った三人でも分かるほどの覇気があった。鎧を付けているにもかかわらずその体のたくましさが伝わった。だが、彼には右腕が根元までごっそりと無くなっていた。

騎士の下へ三人が来ると、騎士は馬から降り、礼をした。


「私は近衛騎士団 第8番隊 隊長の テュール だ。この度は危険な戦場に巻き込んでしまい申し訳ない」


「いえいえ、こちらこそわざわざ助けていただきありがとうございます。宜しければ僕たちも加勢しましょうか?こう見えても、腕には自信がありますよ」


「民間人を巻き込むことはできませんよ。そのお気持ちだけでも受け取っておきます。」


「それにしても、あの馬鹿でかい狼は一体なんなんだ?」


「いや、確かに今となっては狼にしか見えないがあれは人間だよ・・・」





* * * * * * * * * * * * * * * *



あるところに二人の少年がいる村があった。名はテュールとフェンリスといった。テュールは金髪で背が少し高くがたいもよく気も強かった。一方、フェンリスはボサボサに長く伸びた銀髪で、背は高いとは言えず、痩せ細く気も弱かった。

二人は、同じ一つの目標があった。それは近衛騎士団に入って騎士団長になることであった。

テュールは、剣の才にも恵まれ、持ち前の身体と合わせて幼いながらかなりの腕を持っていた。

フェンリスにも、そこそこの剣の才はあったもののその弱々しい身体ではテュールほどの強い斬撃は打てなかった。しかし、そんなフェンリスにも一つだけずば抜けてテュールに勝るものがあった。それは創界術だ。だが、フェンリスの身体が痩せ細く弱々しいのはその創界術が一番の原因あったのだ。フェンリスは、生まれつき獣界(じゅうかい)を使えた。正確に言うと、使えたのではなく月の光を浴びることで自分の意思とは関係なく発動してしまうのだった。そして、その現象は村に代々伝わる『人狼の呪い』とそっくりそのままだった。


それは人の群れに紛れ全てを喰らう

それは人と同じ形をしている

それは月の光を浴びて姿をあらわす


それはこの村の呪いである



しかし、村人たちはフェンリスを殺すことなどできなかった。その言い伝えに確信がない上、何よりも幼い子供を殺せるほどの勇気を持つものがいなかったのである。

月日がたちが成長をしていくほど、月光を浴びたフェンリスの力は増していった。10歳になると月光を浴びて一時的に人格が少し変わり、牙が生え爪も鋭くなるようになった。


しかし、平穏な日々はそう長くは続かなかった。それは満月の夜、いつものようにテュールと二人で剣の稽古を終え家に帰る途中だった。年々増していくフェンリスの変化に呪いのとおりいつか自分たちが殺されてしまうのではと恐れた一人の女が夜道の背後からナイフでフェンリスに斬りかかった。暗闇のせいで反応に遅れ、フェンリスは背中を刺されてしまった。


「フェンリス、しっかりしろ、フェンリス!」


「そんな呪われたガキもっとはやくに始末すべきだったのよ。これでみんな平和に暮らせるわ」


「この野郎、許さねえ」


テュールが殴りかかろうとしたその時、目の前に黒い影が横切ったかと思えば、前にいた女が頭を持っていかれ血だらけで倒れた。少し離れたところには、血だらけ女の頭を咥えてこちらをみる一匹の狼がいた。よくみると、背中にはさっきのナイフが刺さっていた。


「おいおい、なんの冗談だよ、フェンリス。どうしちまったんだよ。」


「ガルルルル」


テュールはいつの間にか剣を構えていた。親友であるはずのフェンリスに刃を向けていた。


「くそ、あいつは人間だ。人間だってわかってるのに、友達だってわかっているのに、剣をおろさない。情けねえ。」


そんなテュールに、フェンリスは容赦なく襲いかかった。


シャキン


テュールの振るった刃は、狼の腹部を切り裂き血しぶきをあげた。


「ガル ル ル・・・」


「フェンリス、ごめん、フェンリス。今の俺にはお前を抑え込められるほどの力がなかった。力が足りなかったんだ。いつかもっと強くなってもっと強くなってお前を抑えられるようになる。だから、それまでは我慢しててくれ。」


やがて近くに住む村人たちが集まってきて、ことを終えた。



フェンリスは人の姿に戻り、傷も急速な再生によりほぼ完治していた。

今回の件を受けて、最初は生かしておくのは危険という意見が多かったため処分される予定だったが、テュールの願いを聞き入れた村長は条件付きで様子見ということになった。

条件というのは、夜は屋内の牢屋に入り鎖で繋がれることと万が一我を失っても力を出せないように食事は最低限しか与えないというものだった。


「テュール、俺ってさ、生きていていい人間なのかな?月の光を浴びると暴走しちゃうしこの手で人も殺している。いっそあの時君が殺してくれたらなって何度も思うよ」


「生きていていいに決まってるだろ。まぁ、確かに暴走されるのはみんなに迷惑かかるだろうけどな。だから、俺がもっともっと強くなってお前が暴走してもいいようにしてやるよ。そしたら、夜だって閉じ込められなくてすむだろう。」


「あぁ、そうだな。ありがとう。俺もこの力を制御できるよう頑張ってみるよ」



それから数年経ったある満月の夜、事は起きた。

近くの山に住んでいた山賊が、村を集団で襲ってきたのだ。山賊は、全員布で顔を隠し、武器を持っていた。そして無力で何もできない村人たちに容赦なく矢を放ち、剣で斬りつけ、創界術で痛めつけ、殺していった。

テュールは、鍛え上げられたその腕で山賊を次々に斬っていった。そして、ある男を斬った時その顔の覆面が取れた。見覚えのある顔だった。彼は数年前フェンリスが殺した女の夫だった男だ。この村が襲われたのは偶然などではなく仕組まれた事だったのだ。そしておそらく奴らの狙いはただ一つ...


「フェンリスが危ない」




フェンリスは、人より五感が優れていたため、音や匂いで事が起きてからすぐに村に何かが起こっている事が分かった。しかし、牢屋に鎖で繋がれた彼にはできることなど何もなくただ無事であることを願うだけだった。それからしばらく経つと、急いで何かが来るのが分かった。それは弓矢を持った山賊の男だった。


「お前がフェンリスだな?」


「ああ、そうだ。狙いは俺か?」


「そうとも、悪いがその首頂くぜ」


男が弓矢を構えたその時、何者かに背後から斬りつけられた。


「大丈夫か、フェンリス。今そこから出してやる」


慌てて駆けつけたテュールが、男を斬り、牢屋の錠も切り落とした。


電光石火の矢(ライトニングアロー)


テュールは、迫り来る矢に反応し、急所は避けたものの右肩に深い傷を負った。

先ほど倒したと思っていた男が、最後の力を振り絞り渾身の矢を放ったのだ。


「貴様、絶対に許さねえ。お前ら全員殺してやる」


憎悪に満ちたフェンリスの声が狭い空間に響いた。


「殺されなくてももう勝手に死んじまうよ。だがこれで役目は果たした。ヒッヒッヒ」


やせ細ったフェンリスの身体はだんだんと逞しくなっていっていた。


「何が可笑しいんだ、ウオォォー」


フェンリスの怒りは爆発した。怒りに支配された彼の中にはもはや理性など存在しなかった。


「コロシテヤル ゼンイン コロス」


彼の姿はいつしかと同じように完全に狼となった。ただ前の時と違うのはその大きさが三倍近くになっていたことだった。

彼を繋いでいた鎖は砕け散り、狼が咆哮をあげると周囲の者が全て吹き飛ばされ、建物も全壊した。


「ダメだ、フェンリス。正気に戻るんだ。」


テュールの声は虚しくも彼には届かない。


そのあとテュールが見た光景は、ただただ残酷で悲惨だった。男も女も、年寄りも若いのも、村人も山賊も何もかも関係なく大きな黒い影は次々に生きとし生けるものの命を奪っていった。


「もうやめてくれーフェンリス!こんなことしたって何も残らない。何も変わらないんだ。頼むから目を覚ましてくれ」


テュールは、全力で叫び続ける。すると、狼は、こちらへ向かって歩いてきた。


「正気に戻ったのか、フェンリス?」


テュールは狼に右腕を伸ばした。


グシャッ


狼は正気を取り戻してなどいなかった。テュールの伸ばした右腕は深く牙がめり込み、そのまま喰い千切られた。だが、テュールはそれでも狼を抱きしめた。


「元に戻ってくれフェンリス、いつもの優しいフェンリスに。こんなのお前らしくないじゃないか。」


狼の顔に、無数の涙がこぼれ落ちた。


「テュ ー ル ? テュール ウデが オレが 俺がヤッたのカ?オレが 」

「ウオォーー」


「やっと正気に戻ってくれたか。いつものフェンリスになってくれたか。よかった、よかった」


フェンリスの身体はみるみる元の痩せ細った姿に戻っていった。


「悪いがそいつは俺様がもらうぜぇ」


いつの間にか知らない男が目の前に立っていた。


「誰だ、お前は」


「俺様の名前は下民如きに教えるほど安いもんじゃねえんだよぉ」

「だが今回は特別に教えてやる。俺様は上位貴族第三席 ヴラド・ドラクレアだぁ!よく覚えとけぇ」


「上位貴族だがなんだか知らねえがフェンリスは渡さねえぞ」


「残念だがもう俺様のもんだぜぇ」


テュールの腕の中にいたフェンリスはいつの間にか奪われていた。


「返せえー」


テュールは、左手で剣を握るとヴラドに斬りかかった。だがヴラドに辿り着く少し手前で地面に広がる夥しい量の血液が針のように変わりテュールを串刺しにした。

テュールはその場に倒れ気絶した。


「こいつもなかなか面白えなぁ。こいつも生かしておくかぁ」


テュールに近づくと傷口を全て塞いだ。


「さすがにこの腕はどうしようもねえなぁ」


傷を塞いだあとテュールの血液型を調べると近くに転がっていた死体を探り同じ血液型の人間を見つけると、テュールに輸血した。


「この俺様にたて突いて生きているなんて相当運がいいぜぇ。感謝するんだなぁ」


ヴラドは、一緒にきた従者の下へ戻ると、従者はヴラドの拠点へと空間を繋ぎそのままフェンリスを連れて帰っていった。




* * * * * * * * * * * * * * * *



「やはりあいつに何かされてもう心は無いか。」

「もういい加減疲れただろ?俺が楽にしてあげるよ、フェンリス」


騎士テュールが左手に持っていたのは見た目は剣のようであったが、よく見ると刀身には刃はなく、代わりに鉄塊があるだけで剣と言うよりは棍棒のようなものだった。そして、その武器を高く掲げて叫んだ。


「皆の者、私に続けー!巨狼の息の根を止めるのだー!」




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