I:記憶と記録
こんな一言から始まった――。
「なっちゃん、私とデートしようよ!」
「は?」
土曜日に何も予定が無いことを知ると、半強制的に約束させられてしまった。真面目で模範的な図書委員も強引なところがあるらしい。
先輩は私を連れ回し、街中の色んな場所を巡った。年上とは思えないほどはしゃいで、むしろ私の方が先輩だと錯覚するほどだった。
先輩はそぞろに話を切り出した。
「なっちゃんっていつからそんな風に考えるようになったの?誰かから影響受けたとか?」
「そんな風ってどんな風よ?」
「うん?だから、その、人生に意味が無いとか、生きてる価値なんてないとか、そういうネガティブな考え方のこと。つばささんが死んじゃう前からそうだったじゃない?何がきっかけだったのかなぁって。普通の人は考えもしないことだから」
「……話したくないわ。でも、誰だって少しは考えたことあるんじゃない?どんなかけがえのないものも長くは続かないって知って、なんだか寂しい気持ちになる。先輩だって経験あるでしょ?生きてたって、私たちは何も得られないし、得たとしても特別な価値は無いし、すぐに過ぎ去ってしまう。目に見えるものも、目に見えないものも……人間関係とかね。ちさき先輩だって、卒業したら私とは縁が切れるんだし」
「そんなことないよ!永遠にってのは難しいかもしれないけど、でも、なるべくずっと一緒にいたいって思ってるよ?私、なっちゃんのことが好きだもん」
「あんた変人ね。私なんかのどこがいいのよ」
「そりゃ、いっぱいあるよ?えっとね、まずは性格が可愛いでしょ、それに見た目も……」
「いちいちあげなくていいわよ。恥ずかしいったらありゃしない」
先輩はおもむろに携帯を取り出し、撮影モードにした。何をするつもりなのだろう?
「なっちゃん、写真撮ろうよ。二人の思い出の一枚にしよ?」
「嫌よ……。私、写真に写るの苦手なのよね。自分の存在を記録に残したくないっていうか、なんか後ろめたい感じがするの。消えてなくなるなら、その時は一気に全部消滅したいじゃない?どうせ記録に過ぎないんだから、そもそも撮る意味なんて――」
「だーめ。先輩命令です。ほら、チーズっ」
「あ、ちょっと……」
私の反論なんてお構いなしに、先輩はシャッターを切った。画面を見てちさき先輩は噴き出した。
「ふふ。なっちゃん、ピースの形が中途半端だし、顔だってへにゃってしてるよ?」
「け、消しなさいよ」
「イヤです!ほら、消したいなら私から携帯を奪ってごらん?」
私はすっかりムキになって先輩から携帯を奪おうとしたが、まんまといい様に遊ばされていると気づいた。もう遅い。先輩は、腹を立てた私の写真をさらに何枚も記録に収めていた。
「……これが思い出だよ?わかった?なっちゃん」
「え?」
「写真はあくまで写真。なっちゃんの言うように記録に過ぎないよ。だから、簡単に消せるし、大した意味はないかもしれない。でもさ、写真には思い出がつきものなの。この写真はあの楽しい時に撮ったなとか、ちょっと悲しいこともあったなとか、心と一緒に紐づけされている。写真は消せても感情は残り続けるよ。消そうとしても絶対に消せない」
「……」
「なっちゃんはいつも寂しそうな顔をしている。理由は私にはわからない。でも、こうやって思い出を一つ一つ作っていけば、かけがえのないものを築き上げていけば、自分の存在を価値あるものだって思えるよ。生きることだって、もっと前向きに考えられるようになるんじゃない?」
先輩は私のことを、私が思っている以上に知っていた。このデートも仕組まれたものだった。私を励ますためだったのだ。
「あの事件があってからね、なっちゃん、すごく辛そうだったでしょ。だから、元気づけようって思ったの。えへへ。お節介焼いちゃってごめんね?でも、先輩のことはもっと頼って欲しいな?」
「ちさき先輩……どうして私なんかのために……」
「言ったでしょ?私、なっちゃんのこと大好きだから」
「……ありがとう」
人にお礼を言ったのは何年ぶりだろう?皮肉じゃなくて、正真正銘の感謝の言葉が、自然と口から漏れたのは初めてではなかったか?
私は自分自身に驚きつつ、赤く紅潮した先輩の表情を見つめていた。彼女はそっと手を伸ばし、私の冷たい頬に触れて、後輩である私を抱き寄せた。何もかも自然な動きだった。無意識の内に一連の動作が行われていた。連続的であるがゆえにつけ入る隙は無かった。
「なっちゃん……本当に可愛い……」
先輩の唇が私の唇に触れた。熱く、爽やかで、それでいて濃厚だった。時が止まった。一瞬が永遠になり、止まった時の中で私は震えていた。
「あ、あんた何して――」
「今日、ウチに来てくれる?親いないんだ。まだ、したいことがあるの……」




