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鳥籠のうた  作者: 石戸龍一
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H:よすがとなるもの

一定間隔で鳴る秒針の音と、心臓の鼓動の音が、時折微かに共鳴して、私の眠りを妨げる。疲れ切っているのに休めない。カーテンの隙間から差し込む光すら、目を眩ませるほどの強さに思える。


私は背骨を抜かれた哀れな肉体だった。体中の力が抜け落ちて、一週間も立ち上がれずにいる。精神の摩耗と肉体の腐食が、私という存在を蝕んでいた。


「かんな。お友達が来たけど」


母の声が遠くから響いて、隈のできた浅黒い目で扉を見つける。三度のノック。返答する前に、ドアは静かに開かれた。


「なっちゃん?大丈夫?」


ちさき先輩は部屋の電気をつけてベッドの縁に座る。眩しくて、思わずシーツを頭から被る。


「もう一週間も学校に来てないよね。どうしたの?お母様から聞いたけど、ご飯もほとんど食べてないんだよね。ダメだよ、それじゃ元気なんて戻って来ないよ」


「出てって……」


「うーうん。出て行かない。なっちゃんが心配なんだから。もしできることなら相談に乗ってあげたいの。あなたがこうなっちゃったのはどうして?何か学校であった?それとも、やっぱりあのこと?」


こわばる身体、震える奥歯、乾いていく口の中、眼球の奥が痛い、頭痛が止まらない。


「びっくりしたよね。なっちゃんと同じ学年の子……まさか飛び降りだなんて。学校に警察も来てね、必死に理由を探してる。まだみんな落ち着かない様子かな。何が原因だったのかとか、生前はどういう子だったのかとか、色んな話題で持ち切り。確か、えっと、水沢……つばささん……だよね?自殺しちゃった子」


「私が……私が……」


シーツを跳ね飛ばし、頭を抱えて、のたうち回る。叫びながら地の上で悶え苦しむ。


「私が……私がいけないのよ!私が変なこと言ってそそのかすから!だから、つばさは本当に飛び降りて……死んじゃったの!私が殺したんだわ!私のせいだ!私の――!」


「なっちゃん!?どうしたの!?落ち着いて!」


先輩は私を抱きしめて、崩壊しつつある私という存在を、この場になんとか繋ぎ留めようとした。私はちさき先輩の胸で暴れた。何度も叩いて、抱擁を拒否しようとした。それでも、先輩は私を抱くことをやめなかった。


「私には全然わからないけど、でも、なっちゃんは無実だよ!何も悪くない!自分を責めないで!」


「私が殺した!私がつばさを殺したのよ!」


「違う!あの子は自分で死を選んだの!なっちゃんは関係ないよ!大丈夫!私が側についてるから、だからもう大丈夫だよ……!何も怖がらないで!私はなっちゃんの味方だから!」


次第に泣き疲れて、全体重を先輩に預けて、そのまま倒れ込んだ。その間もずっと慰めは続いていた。励ましの言葉と、控えめな愛撫。もはや声を出す気力も無く、糸が切れたように動けなくなる。


「ふぅ……。落ち着いた?パニックになっちゃったね。でも、案外こうやって泣いちゃった方が楽になれるかも。すっきりしたでしょう?」


返答できず、代わりに少し呻いた。


「疲れたんだね。やっぱりご飯食べないとダメだよ。元気戻らなくなっちゃう。私ね、実は……サンドウィッチ作ってきたんだ。食べる?」


食欲など無かったけれど、口に含んでみた。やはり食べられないと思ったが、なぜか自然と喉を下っていく。味というものを久しぶりに感じたような気がする。


「もっと食べる?お腹空いたでしょ?」


自分を死人のように感じていた。もはや飲み食いすらできない、ただの物体に過ぎないと。でも、美味しい。食事の手が止まらない。ちさき先輩のご飯が美味しい……。


「うふふ。良かった。気に入ってもらえたようで何より」


先輩は何か含みのある笑顔を浮かべていた。パンを食べる私がそんなに面白いのだろうか?


「ふふ。なっちゃんって……お母さんの料理は食べられなかったけど、私の料理なら食べてくれるんだなぁって思って。なんだか嬉しくなっちゃった」


「何よそれ、気持ち悪い」


「その減らず口、いつものなっちゃんだ」


先輩はまた笑った。私は恥ずかしくなって、俯いてしまう。


私は全てを疑っていた。生きる意味も、人の尊厳も、未来の可能性も。


ちさき先輩とのやり取りは、救いになったわけではないが、流れそして淀んでいく私の存在に、何かしらの凝集点を与えるものだった。


ただ追いつめられているだけかもしれない、逃げているだけかもしれない。ここしか居場所がないと思わされているだけかもしれない。


私の手を握る先輩の手は温かった。私はここにいる。欺瞞だとしても、私はここに。

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