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Souls gate  作者: 大野 大樹
五章 相互扶助と相殺
40/70

1.梛と柳

「あれ? 梛。学校は? 」

「開校記念日で休み」

 昼間だというのに一人研究室でパソコンに向かう梛に首を傾げた柳に、梛は振り向きもせずに短く答えた。

 丁度、今手を離したくないところで、出来れば話しかけて欲しくはなかったのだ。

 梛のそんな様子を、一つ頷いて納得すると、そのままウォーターサーバーの方に向かい

「ああ、そういうのもあるね。確かに。うん、あったあった」

 話しかけるでもなく、柳は機嫌よさげに、明るい声を出した。

 パチン。

 どうやらキリがいいところまで終わったらしい梛が、キーボードを一つ強く叩いて、そのまま大きく伸びをした。肩を上下したりして、筋肉をほぐしながら

「ねえ、柳さん。俺が西遠寺において、求められてるもの。‥言い方が違うな。‥何て言えばいいかな、西遠寺で俺が成れるとしたらサイバー要員ってことになるかな」

 初めてウオーターサーバー前の柳を振り向く。

「え? 」

 水をくんでいた柳が手を止めるて梛を見る。

 梛の大きなアンバーの瞳が自分をじっと見ていて、その常にはない、ちょっと真剣な表情の示すところが分からなくて思わず首を傾げる。

「柳さん、昔俺のこと「能力者にならないか」って」

「ああ」

 柳は軽く頷く。

 サイバー要員とは、裏西遠寺の能力者である陰陽師とは違い、主にネット等を利用して相手を攻撃してくる敵に対抗するべく組まれた、チームである。

 西遠寺の能力者として働くが、サイバー要員は、霊能力だとかいった『能力』が全くない者だってなれる。

 実際に、サイバー要員だけで解決できる案件もある。

 実は、この頃はそれが殆どだ。「妖」の形をとってあらわれるそれは、しかしながら調査すればなんてことはない‥ってケースだ。

 一時期、「もしかしてこの頃は、それだけなのではないか」という議論が上層部から出たことがあるらしい。

 時代の変化は、西遠寺のクライアントそして西遠寺をも変化させていったのは不思議でもなんでもないことなのかもしれない。

 しかし、時代は変われど、「人の心の弱さ」や「汚さ」「醜さ」はそうそう変わるものでは無い。

 好調な時には見えなかった‥見ないふりをした弱さに気付くもの、付け込むもの‥。そう言ったものは、「妖」と形をかえて、人心を蝕む。

 妖に心を蝕まれたクライアント、妖となりつつある自分に悩むクライアント‥。

「妖」の復活である。(否、ようやく忘れかけていた「妖」のことを思い出した、ともいう)

 その危機的状況に、気付いたのは、‥西遠寺で持て余されて敬遠されてきた、一部の「能力のある者」だった。

 当時西遠寺は、陰陽師として、占いや予言‥といった精神的アドバイサー的な仕事が主流だった頃で、一見すると異質な彼らは一族の厄介者扱いされていた時代があった。

 後に裏西遠寺を作った西遠寺 桜もその一人だった。兄妹の中で唯一、当主の継承権はなかったものの(当時は世襲制だった)彼女は両親から、厄介者扱いを受けていなかったのが幸いして、その後当主を継承し、表とは別に裏西遠寺を作った。

 異質な力を持っていたものの、彼女は陰陽師として「妖」をはらったりする力はなかったという。だから、他にそれを頼った。

 ここで重要なのは、払う力が在るか、ではなく、まず妖の本質に気付く力が在るかないか、である。

 能力のない者たちには、その「妖」が法的手段・または人為的手段(対象者の排除)によって解決されるものにしか見えなかった。

 能力のある者にしか「その奥に潜む闇」が分からない。

 そこで西遠寺がとった方法が、外からの能力者の誘致だった。

 しかしながら、能力者であれば誰でもいいわけではない。

 何故なら、西遠寺のクライアントが、代々政府高官つまり、お偉いさんだからだ。そして、その依頼には必ずプライバシーが関わってくる。お偉いさんのそれ、はつまりスキャンダルになり得る問題もおおいにはらんでいるだろう。

 お偉いさんだからこそ、他に弱みを知られることは命とりだから内々に済ませたいと思う。下手に動けば、マスコミにそして、政敵に弱みを見せることになる。痛くもない腹だろうと探られていれば、(探られているという事実そのものが)憶測を呼び、醜聞を被る。そして、事実、怨恨も多い。警察や一般の調査機関に相談するには、どこまで情報を出せばいいか、‥出せるかの線引きが困難。

 だからこその、西遠寺なのだから‥。

 西遠寺は、それらの事情をきちんと知っているし、決して裏切らない、‥依頼に対して請求があるのは成功報酬のみで、それ以上に西遠寺は興味も関心も関りももたない。西遠寺は、慈善団体ではなく、誇りある陰陽師集団なのである。だから、クライアントは唯一といっていい程、西遠寺を信用し、信頼している。

 それだけの実力と実績がある。

 西遠寺が勧誘して来た能力者に最低限望んだ能力が、

 秘密の保持。

 判断力。

 観察力。

 それに加えて情報収取能力や、コミュニケーション能力だった。

 実は、これらすべては幼少期から特別な教育を受けてきた西遠寺の人間には、常識のことで、それにプラスして護身術としての自己防衛能力等が標準装備として身についている。しかし、それは西遠寺の常識であり、普通に過ごしてきて自然につくものはけっしてない。西遠寺の人間の常識は、一般常識とイコールではない。

 苦肉の策としての一族外からの補充という形なのだから、そこらへんのサポートは西遠寺の側でするのが妥当との結論はすぐ出た。

 今の裏と表が協力し、チームを組んで依頼解決を目指す形は割と早い段階で出来ていたのだ。

 現場を管理し指示と調整を行うのは、表西遠寺の当主だ。表西遠寺のトップである当主は、しかしながら、裏西遠寺の最高責任者ではない。表と裏は完全に独立しているものである。

 仲がそんなに良くない、というのがその一番の理由であるが、そこには「互いを監視しあう」意味や、権力の集中・濫用を防ぐ意味もある。

どちらが欠けても仕事として成り立たない。だから、無駄に争いが起きないように、一定の距離を置いて接していく。仕事だという意識をもつ。‥特に血筋にこだわる表の年寄り連中には有用な方法であるといえる。

立場的な独立。権利の不可侵。情報の共有。

当主が「これは、裏の仕事だ」と判断し、仕事を裏に振った地点で、それは裏の仕事になる。そして、表がそれのサポートに回る。

裏西遠寺は、西遠寺の一部ではあるが、表西遠寺の一部ではない。

どちらか一方が、どちらかを凌ぐわけではないという確認。そして、十分な労働報酬の確保。仕事としての報酬。そして、人材育成に掛かる費用の請求。

お互いの仕事が完全に分からない以上、それらの論争はぶっちゃけどちらも納得という事は有り得ない。

そんなわけで、裏と表は互いに独立会計をとっている。

裏の収入源の一つであり、また人材スカウトを目的としてゲームクリエイト会社『TAKAMAGAHARA』が設立されたのである。

 『TAKAMAGAHARA』の社員は、一般からスカウトを受けた能力者たちであるので、つまり「裏西遠寺」である。能力者の育成も行うそこは、裏西遠寺の中心的組織ではあるが、唯一の組織ではない。

 同じく、サイバー要員は、西遠寺の関係者である以外は裏に所属することになっているが、能力者ではないし、『能力』もない。

能力がない彼らが何故、とよく疑問に思われるが、そもそも裏と表の違いは、『能力』のあるなしでは、しかしながら違う。

裏と表の違いは、西遠寺の人間であるあかないかだ。否、西遠寺の教育を受けてきた、これが問題になる。(だから、恭二や伊吹は裏の運営に携わってはいるが、生粋なる西遠寺の教育を受けてきた者たちだから、籍は表西遠寺。同じく西遠寺の人間ではあるが、西遠寺の教育を受けて来ていない、しかも実家に除籍された西遠寺 隆行は(つまり柊さんだ)は、純粋に裏西遠寺の籍。(一応恭二の養子にはいっていても、だ)

でもそういうのって、別に表面的(外部の人間)には分からない。あくまでも「そんなことをこだわる人(内部の‥つまり西遠寺の人間)の為」の区別なだけで、依頼人からしたら、全員「西遠寺の人間」であると思うだろう。

そして、そう見える必要が、「陰陽師集団」である西遠寺にはある。彼らは、財団法人でも宗教法人でもない、「西遠寺一族」なのである。

それこそが、クライアントの信用を得ているといっても過言ではない。

 さて、同じ裏西遠寺であるが、『能力』がある能力者と、サイバー要員は、所属が違う。能力者としてスカウトされてきた能力者が、サイバー要員を希望することもあるがその場合は、所属が変わり、より専門的な知識を研究する研究所に配置換えになる。

 つまり、サイバー要員になったら、梛はここにいられなくなる。

「俺‥。楠や柊の兄ちゃんや柳の兄ちゃんみたいに、力はないけど‥でも、ここに居たいんだけど‥それって駄目なのかな‥」

梛のアンバーの瞳が曇ったように見えた。

 柳がそれを見て、眉根を寄せた。

「梛。誤解だよ。俺は梛にサイバー要員になるのを勧めたわけではない。そもそも俺の能力が梛より高いっていっても、そんなものは‥あの二人に比べたら、ない様なもんだ。だけど‥俺は、裏の能力者になりたい。‥だから、梛も一緒に目指さないかって‥誘ったんだ」

 いつもの柳さんとは違う。時々言葉を選んで止まっては、自嘲気味な笑みを浮かべる。

 酷く拙い、そして子供の梛に対しても、誠実であろうとする柳の真面目さ。

「‥そっか」

 小さく頷き、そう呟いた梛は、明らかにほっとした様な表情を浮かべた。

 柳が苦笑して

「そうなんだ。ごめん。言葉が足りてなかった。‥俺は梛からこの場所を奪う気なんて全然ないよ。‥少なくとも今はまだ、梛にとってこの場所は必要だ。って思うんだけど、間違ってる? 」

 梛の真意を伺うように、ちらっと梛の瞳を覗き込む。

「いいや‥間違ってない」

 梛が小さく首を振る。

 ‥俺にはこの場所が必要だ。

 そんな梛をみて、柳がほっと小さく息をつく。

「ってことで、これからもよろしくね。梛」

 微笑んで柳が梛に手を差し出して来た。

 その表情は、穏やかで自然で‥。

 ‥楠の(胡散臭い、嘘くさい)笑顔とは大違いだな。‥まあ、それだけ本心が読めないってことなんだろうけどね‥。

 なんて、梛はこっそり思った。

 誰よりも優しい楠は、でも、誰よりも微笑むのが「苦手」で、痛々しい。

 だけどそれも、楠のことわかってない‥わかろうとしないやつには、分からないんだろうけどね。

「こちらこそ」

 そして、優しいんだか厳しいんだか、本心が全く分からない柳さんの微笑みは、きっと誰が見てもパーフェクトに自然だ。‥人間ってのはホントに難しい。

 ‥まあ、俺にはまだまだその領域にはたどり着けないね。

 だから、子供の特権って奴で、ぶすっとした表情も許してほしい。

 しかし、梛はそのぶすっとしたつもりの自分の顔がとんでもなく赤かったことには気付いて‥ないことにした。

 それを見た、柳が今度こそは思わずちょこっと微笑んだことも‥見て見ないふりをしてあげた。



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