2.桂の気持ち
‥入るに入れなかった。
能力云々っていったら、‥私も高くない。
一応、レアが出る位だけど‥そう上位ではない。
チューターでは、高橋さんが作ったアバターを使ってるから、レベルが反映した外観ではない。だけど、この前私個人としてアバターを出したんだ。‥梛君みたいに、研究所のみんなに見せる気にはなれなくって、こっそりスマホで見た。
かなり羊っぽかった。
それが、私のレベルだ。つまり、高くはない‥。
‥楠さんも、「梛とプログラムを手伝って欲しい」って言って、能力云々については触れなかったし、伊吹さんも何も言ってない。それは、梛君だって同じ。‥だけど、梛君はああやっていろいろ考えてる。幹部候補って言われてる柳さんさえも‥。
楠さんと柊さんと私たちは、全然違う。‥自覚するべきだったのに今までしてこなかった‥。
私も考えるべきじゃないんだろうか‥。
「梛たちはなあにを考えてるんだか。‥桂ちゃん、そんなとこで立ち止まってないで入ろうよ? 」
「楠さん! ‥」
桂は楠を見上げた。
久し振りに、並んで立った気がする。
楠は背が高い。そして、桂は特別小さい。
並んでいると、まるで大人と子供ほど違う。
その大人みたいな楠は、
「桂ちゃんらしくないよ」
ふふ、といつもの優しい顔で笑った。ほっとするような優しい顔‥。
‥でも、今は見たくなかった。
いつもの笑顔だのに、余裕がある大人に見える。‥今は、劣等感しか感じない。
「‥私らしいってなんでしょう」
だから、こんなひがみみたいな言葉が出てしまった。
言ってすぐ、反省して、余計に落ち込んだ。
‥何やってるんだろう私。
そしたら、楠さんはちょっと焦った様な顔をして
「いや。ごめん。それは‥わかんない。ちょっといい加減なこと言った」
なんだか、「変な」ことを言った。
「え! 」
これには、私もびっくりして俯きそうになっていた顔を挙げた。
なんだそりゃ、いい加減なこと言ったって何?!
だけど、楠さんは私を見てない。
ちょっと困ったみたいに、独り言モードに入ってる。
「だって、らしいとかってわかんないよ。‥どう考えてどう行動しても、桂ちゃん自身なんだものね。桂ちゃんが行動している限り、それは桂ちゃんの行動で、桂ちゃんってこういう行動もするんだな。って思う」
ぶつぶつ言ってるなって思ったら、
「だいたい‥他人の評価なんて、その時々に変わるよね‥。どんなにニコニコして来たって、不機嫌な顔を一回でも見られたら「そういうとこあるよね」「腹黒い」って言われるよ」
ちょっと声のトーンが落ちてきた。
あ、これ愚痴モード? ちょっと黒くなってる‥。珍しいのは、楠さんです。こういうことって、‥初めてだ。
「‥‥‥」
呆然として黙って聞いているしかできなかった。
でも、「こんな馬鹿らしい話聞いていられるか」って感じではない。
寧ろ、何だか「楠さんも人間なんだなあ」って感じがして変な話、嬉しかった。(話の内容からして、楠さんはちっとも嬉しくない様なんだけど)
そこで、楠は、生温かい目線を自分に送る桂に気が付き、妙な表情で口を閉じた。
‥しまった、って感じなのかな?
桂は、常の無表情に戻しながら、心の中で首を傾げた。
なんてことはない。その間の桂の動きは、心なし細めていた目を、楠から逸らした、ただそれだけ。
でも、楠はその「動き」に気付いてた。
‥流石楠さんって感じ。
「らしいらしくないって、結局、自分がその時その時納得して行動してるか、出来てるかってことなんだと思う。人から見て「この人らしい」じゃなくって、自分らしく出来たって‥。桂ちゃんは、いつもマイペースでさ、やりたいことはやる。ってそういうとこが凄いっていつも思ってた」
楠は、表情をいつもの線目の完璧なスマイルに戻して言った。
と、くすくすと後ろから笑い声が聞こえた。
「あらあ、女の子に対する誉め言葉じゃないわねえ。楠さん? ちょっと桂ちゃんとの距離近いんじゃない? 同じ事務所だからって、抜け駆け止めてくれないかしら? 」
女の子の可愛らしい笑い声じゃない。ちょっと‥低い‥どことなく禍々しい笑い声。
わあ‥。
楠がゆっくりと振り返り、声の主を確認する。
「高橋さん! 」
桂が高橋に微笑みかける。高橋もそれに応えて、優しい微笑みを向ける。
‥仲のいい女子って感じだな。完璧。
笑顔を向けたんだけど、それは決して異性に対するって感じじゃなくって、寧ろ親しい友人に対する笑顔って感じ。高橋の方は、どうやら桂にそういう気があるっていうのが分かるだけに‥気の毒過ぎる。
‥あわれ高橋。
楠はそんな二人を苦笑して見た。高橋の「おだまり! 」って顔が余計に哀れだ。器用に楠にだけ見える角度でそうしてるってのは、‥凄いけど。
「女の子は、そう単純じゃないわよ? 」
こほん、と咳払いして、高橋がにっと薄く笑う。目が‥笑ってないし、楠を牽制している。
「え! 女子云々の話してたんじゃないです。‥私が不甲斐ないって話をしてて‥。それを楠さんが‥私を気遣ってくれてて‥」
桂がどこか居心地の悪い様な顔をする。
桂は、自分が女子として扱われるのを嫌う。
否、嫌うというか、「居心地が悪そうな顔をする」桂は、女子としての自分の自己評価が低いし、‥自信がない。
恋愛の話に嫌悪感を感じているわけではない。だけど、自分には縁遠い話だと思う。
ああいうのは、可愛い女子がするものだ、って‥そう考えたら自分自身のこととして考えられない。
勘違いしてるって思われるのも、嫌だ。
だから、そういった話もしないし、素振りも見せない。
まさか無関心・無表情にしている人間にまで、そんな「言い掛かり」つけて来る者はいないだろう。
だから、桂は最低限にしか人付き合いをしない。
もう、「あんなこと」こりごりだ。
勝手に勘違いして
「何であんな子のことを! 」「誤解だ、俺があんな奴のこと好きなわけないだろ! 」
勝手に、無関係な私のことを傷つける。
初めから「ないもの」に対して騒いで、傷ついて‥馬鹿みたい。本人同士は誤解がとけて、謝って、時には更に信頼が深まる。でも、‥じゃあ、私はどうなるんだろう。私は傷つけられただけ。‥本当に馬鹿みたい。そんな人たちの目に入ってしまった、私が馬鹿みたい。
ホントにあったら嫌な「綺麗な子」じゃなくって、私を選ぶ。「あんな奴のこと、そんなわけないだろ」って言われるの分かってるから、そう言って欲しいから、私を選ぶ。
恋愛なんて、私には関係のない世界なのに‥巻き込まないで欲しい。
高橋は、黙り込んだ桂を心配そうに見て
「あらあ、どうして桂ちゃんは、自分が不甲斐ないなんて思ったのかしら? それにしても、あれは気遣ったって感じだったかしら、独り言を聞いてもらいたかったのかしら? 意味の分かんないことを延々と。気が利かないったらないわよ、楠さん」
楠を睨んだ。
「はいはい、すみませんね‥」
小さくため息をついて、不毛な議論を終わらせたのは楠だった。
「それで、桂ちゃんは何に落ち込んじゃってたのかしら? 私で良かったら話してみない? 」
小首を傾げる高橋は、女子っぽいけど、‥オネエっぽくはない。
男であることを否定してるわけではなく、「男として見られるのを避けてる」そんな感じ。
笑顔は、優しくって寧ろ男らしい。
そういうアンバランスさ。自由で、強くってカッコいい。(あ、生き方がね)
‥でも、こういう高橋さん以外想像できない。‥似合ってるし、私、これでいい‥。
「この話し方、気になる? 普通に戻しましょうか? 」
って以前高橋から言われた時には、全力で首を振った。
「その、話し方がいいです」
思わず力説したら、何故か嬉しそうに微笑まれた。
‥きっと、高橋さんはあの話し方が気に入ってるんだろう。だのに、私に気を遣って‥いい人だな、高橋さんって。
そういえば、高橋さんは、この研究所じゃない別の部署所属の一般の社員さんだった。
私もそこに行った方がいいんじゃないのかな。
「桂ちゃんはここでいいのよ」
まるで桂が考えていたことが分かったみたいな口調‥タイミング。
「え? 」
びっくりして、目を見開いた桂に、高橋は首を傾げる。
「桂ちゃん、自分の能力がそんなに高くないことを気にしてる‥。違う? 間違ってたら、ごめんなさいね。さっき、梛たちが話してたのを見てたから‥言ったんだけど」
「‥間違えてないわ‥」
桂はちょっと俯きがちに答えた。
「なんだ。高橋さんもきいてたの。全く、いつからいたんだか」
楠がちょっと呆れたような顔をする。
「梛君と約束があったからね。キャラクター設定の件で」
ふふと高橋が笑う。楠の呆れ顔はスルーしておいた。
「私は、『能力』云々についてはよく‥実はよくわかんないけど、でも桂ちゃんはこの研究所が好きなんでしょ? じゃあいいじゃないの。どこにいっても、自分よりできる同僚も‥後輩だっているわ? そんなことでいちいち落ち込んでられないでしょ? 自分が出来ることやるしかないわ。落ち込むのは意識の高さだから、悪いことじゃない。その上で、どこまで自分の理想に近づけるか、でしょ? 」
ここでいう『能力」は、ちょっと‥自分で何とか出来ることではないんだけどね‥。
でも、社会人としての考え方はそうだろう。
自分は、今の自分は学生の延長でしかない。それは反省しないといけない。
桂が硬い顔をしているのを、高橋はちょっと困った様な顔で見て、ふわりと、やっぱり若干困った様な顔で微笑み、
「でも、愚痴なら聞くし、慰めるのも大歓迎よ? ここって、住み込みだから、プライベートと仕事の切り替えがしにくいけど、桂ちゃんはそういうの、もう少しした方がいいわ」
ふわっと、白く優しい手で桂の頭を撫ぜ、ちょこっとかがんで目線を合わせて来る。
「また甘いものでも食べに行きましょ? 」
「‥ありがと‥」
桂は、ちょっと困ったようにでも、ちょっと赤面して、ほんの少し嬉しそうに高橋を見た。
‥ちょっと、僕には無理な世界を見た‥。こういう、リア充な対応とか、僕には絶対無理。うん、無理。
オカン・楠。おせっかいオネエさんに敗北。




