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重度カードゲーマー女子、過労死転生した異世界でも恋愛をプレミして詰んだ件  作者: 酣睡


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第三の物語と、長生湯の真相

長生湯の奥深くに潜む源泉の湧出口は、切り立った黒褐色の奇岩の背後にひっそりと隠されていた。


立ち込める湯気は、まるで濃厚なミルクの中を歩いているかのように濃密であった。湿り気を帯びた熱い湯煙が渦を巻き立ち上るものの、通常の温泉にあるような鼻を突く硫黄の臭気配は一切なく、湿気を帯びて黴の生えた古書を思わせる、言い知れぬ無機質で冷ややかな芳香が漂っている。


薄暗い光の狭間で白い水煙が薄衣のように漂い、周囲の古木や石段を朧気に切り裂いていた。水面は深い黒の鏡のように静まり返り、微かな波紋すら立たず、地熱泉にあるべき気泡の滾りすらひとつも見当たらない。


ルシアは源泉の縁にある仄かに熱を帯びた青石の上に身を屈め、黒髪を革紐で無造作に後ろで束ねていた。深く鋭い翠の瞳が、立ち込める白霧の奥で刃のように冷たく冴え渡っている。


華奢な肢体には耐腐食性の革製作業エプロンを纏い、左肩には黄銅と精密な歯車で組み上げられた「刻刻」が留まっていた。機械の梟である刻刻は、暗金の硝子玉の瞳を霧の中で微かに巡らせ、内部の歯車から「カチ、カチ」と極めて微細な噛み合わせ音を響かせながら、周囲の環境数値を忠実に記録していた。


ルシアは感情を交えずに腰の重厚な工具ベルトを解き、湿った岩肌の上へと灰黒色のフェルト布を広げた。


涼やかな金属の擦れ合う音とともに、無機質で精密な錬金器具が整然と並べられていく。


彼女はまず、耐熱硝子で作られた細長い採取管を手に取った。管の側面にはミリ単位の精緻な目盛りが刻まれている。先端には小型の黄銅製吸引ポンプが備え付けられており、ルシアが人差し指で引き金を引くと、採取管は音もなく深黒の水面を穿ち、極めて淡い燐光を帯びた青みを帯びた源泉を管内へと吸い上げた。


水面から引き上げられた泉水は管の中で異常なほどに静まり返り、通常の浮遊微生物はおろか、鉱物の不純物すら一切見当たらず、病的なまでに澄み切っていた。


ルシアは迷うことなく、右手を滑らかに動かして布袋から三色の反応試験紙を取り出した。深海大王烏賊の墨袋抽出物に乾燥銀藻を配合した特殊検知試薬である――墨袋のポリフェノールが有機活性タンパク質に凝集反応を示し、多孔質の乾燥銀藻が水中の遊離魔力残片や霊質の揺らぎを感知する仕組みであった。


彼女はピンセットで挟んだ試験紙を、白磁のシャーレに垂らした泉水へと浸した。


半分の時が流れた。


予期されていた生体タンパク質の凝固や変色、繊維の痙攣といった反応は一切起こらなかった。試験紙の「生体有機反応」を示す領域は死んだように静まり返り、血肉やタンパク質の残留が皆無であることを示す、蒼白な原色を保ったままであった。


この湯の中は異様なほどに清浄であり、人間や獣の残滓など爪の先ほども含まれていなかったのだ。


だが、その一方で、「霊質と概念」に反応する銀藻の領域には、唐突に異変が生じた。


銀藻の乾燥繊維は泉水に触れた瞬間、水分を吸い込むのではなく、霜が降りたかのような淡銀の冷光を放ち始めたのである。


微小な結晶が繊維の表面で猛烈な勢いで析出し、広がり、わずか数秒の内に、試験紙全体が薄羽のように脆い銀色の結晶片へと硬化し、仄かな光を放った。


「生体タンパク質も血液の残留も一切なし……生化学的な意味での毒水などではないわね」


ルシアは小さく呟いた。湿り気を帯びた霧の中で、その声は乾ききって平坦であった。


彼女は工具箱から手動式の遠心分離器を取り出した。自ら改造を施した発条仕掛けの器具であり、採取した泉水を注ぎ入れると、側面のゼンマイを一気に引き絞る。


金属の歯車が甲高い悲鳴を上げ、内部の小型ローターが猛烈な回転数で旋回し、粘性を帯びた液体を強制的に層へと分離していく。


半分の刻を経て、発条が止まった。


ルシアは金属ピンセットで沈殿管を引き抜いた。


管の底には泥砂も、油分の沈殿もなく、ただ極小の塩粒よりも微細な、結晶状の青い粉末がわずかに溜まっているだけであった。


ルシアは微熱の刻印を施した銀の探針を用い、その粉末を微かに掬い上げた。探針の放つ微熱が粉末に触れた刹那、彼女の脳裏の深淵に微かな痛みが走り、遥か遠くで誰かが啜り泣くような幻聴が掠め――粉末は空気の中で無臭の青い煙となって、完全に蒸発し霧散した。


「……魔力の、固化沈殿」


ルシアの指先が微かに止まり、深い翠の双眸が険しく細められた。


この泉が人に「長生」と「忘却」をもたらす所以は、肉体的な薬効などでは断じてない。本質的にここは、巨大な精神の洗浄槽なのだ――


幾百年、幾千年にわたりここに足を踏み入れた信徒や旅人たちから、無理やりに剥ぎ取られた記憶の破片、悔恨、悲嘆、そして執念のすべてが湯の中に溶け込み、これら虚無の霊質結晶として凝縮されていたのである。


人の記憶を奪い去り、地下を巡って再び湧出口へと回流させ、沈殿を重ねてより強大な力へと昇華させ、永遠に循環を繰り返す。


記憶を洗い流された者たちは己が生まれ変わったと錯覚し、打ち捨てられた魂の澱は、こうして昼夜を問わず忘却の神殿の源流に沈殿し、この牢獄を維持するための冷酷な養分となっていたのだ。


肩の上の刻刻が、不意に低い歯車の警戒音を発した。暗金の硝子玉の瞳が鋭く収縮し、霧の深淵から音もなく忍び寄るひとつの輪郭を真っ直ぐに捉える。


湯煙が渦巻く影の中から、落ち葉が水面を叩くが如き微かな足音が響いた。


ルシアは振り返らなかった。肩の上の刻刻が暗金の瞳を微かに巡らせ、水蒸気の中で歯車の噛み合う微小な雑音を立てる。


彼女はすでに、古びた線香の匂いと湿った青苔の混ざり合う気配を嗅ぎ取っていた――現れたのは、長生寺で刃を交えたあの老僧であった。


今の彼女は、即座に刃を抜くことも術式を展開することも選ばなかった。泉の調査に赴く前、彼女は何気ない体裁を装ってクレアから温泉郷の興った年代と帝国の初期文献について聞き出していた。


侯爵令嬢であるクレアの口から零れたいくつかの秘められた歴史は、老僧がかつて騙った怪談と、時系列において決定的な食い違いを見せていたのだ。


一見して綻びのないように思われた物語は、冷徹な理性の論理の前で、とっくに最初の亀裂を露わにしていた。


老僧はルシアから三歩ほど離れた青石の傍らで歩みを止めた。灰色の粗末な僧衣が湿気を含んで重たく垂れ下がり、その姿はまるで干からびた朽木そのものであった。


老僧は穏やかな表情を崩さず、胸の前で静かに両手を合わせると、華奢で小柄な黒髪の少女に向かって深々と一礼を捧げた。


「施主よ、かくも虚妄なる真実に、なぜそれほどまでに執着されるのか?」


掠れたその声音は平坦で、喜怒哀楽の欠片も宿っておらず、暴かれた秘密への動揺すら微塵も感じさせない。


深秋の庭で、落ち葉の山を掻き分けて物を探そうとする悪戯な童を前に、是非もなしと眺めるかのように、その語り口は虚ろなほどに温和であった。


だがルシアの神経は張り詰め、指先は密かに腰の機関部へと添えられていた。目の前の枯骨のような肉体が何を意味しているか、痛いほどに理解していたからだ――神殿に連なる者が、無意味な行動を起こすはずがない。


老僧の投げかけたその反問は、試薬と析出結晶によって暴き出した結論に対する冷酷な裏付けに他ならなかった。長生湯が洗い流しているのは病などではなく、人の魂の破片であるという事実を。


老僧は目を半眼に閉じ、石の上に広げられたままの試薬器具や遠心分離管へと濁った眼差しを落とした。己の紡いだ嘘を、ルシアが粉々に打ち砕いたことをすでに悟っているのは明白であった。


されど、その双眸に殺意の色はなく、淀みない口調で静かに言葉を継いだ。


「長生寺の茶は、いまだ温もりを残しております。施主よ、寺へと戻り、腰を据えて言葉を交わそうとは思われませぬか?」


誘いか、それとも虎口への誘導か。


ルシアの翠の双眸に、深い澱のような光が沈んだ。早朝、カリーナとクレアが公務に呼び出される際、病的な独占欲を孕んだ双眸で己を見つめ、松風閣から一歩たりとも出るなと執拗に釘を刺された光景が脳裏を掠める。


だがルシアの芯に流れるのは、いつだって冷徹で異端なる血であった。錦の布団の中で飼い殺される小鳥のように、大人しく従う性分など毛頭持ち合わせていない。


疑惑に満ちたこの源泉に単身踏み込んだ以上、嵐の渦中たる仏堂へ足を踏み入れることなど、今更恐れるに足りなかった。


これは豪賭であり、忘却の神殿の仮面を剥ぎ取るための最短の道筋であった。


「……案内して」


ルシアは冷ややかに二言だけ零し、手際よく錬金道具をベルトの内へと収めた。


静まり返った山道には、濃霧が怨霊のように纏わりついて離れない。


老いた僧と若き少女の二つの影が前後して続き、布靴と革靴が湿り気を帯びた滑りやすい深黒の石段を踏みしめ、重たく単調な足音を響かせながら、歪んだ枯木林を音もなく抜け、現世の時を隔絶したかの如き長生寺へと再び足を踏み入れた。


長生寺の大殿は相も変わらず薄暗く底冷えし、昼の光すら敷居の手前に立ち込める濃密な白霧に呑み込まれ、跡形もなく消え去っているかのようであった。


大殿の中央では、あの巨大な八角走馬灯が今なお高みに吊るされ、音もなく緩やかに回転を続けている。朱砂で描かれた笑顔の紙人形たちが手を取り合い、鈍く黄色い蝋燭の灯火を青黒い敷瓦の上へと幾重にも落とし、終わりなき巡礼の影を刻み続けていた。


敷居を跨いだ瞬間、ルシアの足が微かに止まった。


回り続ける走馬灯を見つめる彼女の瞳に、ほんの一瞬の惑いが過る――昨夜無理やりに暴かれた前世の傷痕、松風閣の寝所で交わされた窒息するような三人きりの温もり、そしてクレアが語ったあの「神託」という名の言葉が、再び潮の如く脳裏の縁を打ち寄せていた。


だが、それは刹那の隙に過ぎなかった。


左肩から微かな金属の鳴き声が響き、刻刻の内部歯車が冷酷に噛み合った。その冷たい振動が鎖骨を伝って神経へと届き、幻影の泥濘から彼女の意識を一瞬にして引き戻す。


ルシアの瞳に宿る深い翠は再び凍てつき、氷の如き冷徹さを取り戻した。彼女は腰を下ろすこともせず、耐腐食性の上着の縁に両手を差し入れたまま、大殿の静寂を容赦なく切り裂いた。


「あなたの最初の話は、嘘ね」


少女の声は決して大きくはなかったが、研ぎ澄まされたメスのように、この寺を覆っていた重苦しい帳を正確かつ無残に切り裂いてみせた。


「子供を生贄として喰らう邪神など存在しない。神像の台座に残る痕跡は、古代神殿の導流術式に過ぎないわ。そして外の長生湯にも……人間の遺体や血肉など一切浸けられてはいない。試験紙の生体タンパク質反応は皆無、水質は濾過すら必要ないほどに清浄だった」


彼女は視線を上げ、立ち上る線香の煙越しに、老僧の深く刻まれた皺だらけの顔面を真っ直ぐに射抜いた。


「生贄の怪談などという猟奇的な嘘を仕立て上げたのは、恐怖によって探索者を遠ざけ、長生湯が真に奪い去っている『正体』を隠蔽するため――そうでしょう、住職殿?」


容赦のない追及を突きつけられながらも、老僧には動揺も狼狽も微塵も見られなかった。


枯れ枝のような指先で素焼きの茶器を静かに持ち上げ、熱く苦い茶を粗末な陶器の碗へと注ぎ落とす。老僧は茶碗を手に取り、表面の泡を静かに吹き払って一口含むと、その濁った双眸に、世の理を悟りきったかのような泰然たる諦念を浮かべた。


「施主は誠に聡明な頭脳と、見事なる器物をお持ちのようだ」


老僧は茶碗を置き、粗末な僧衣の上で静かに両手を重ねると、平然とした面持ちで口を開いた。


「施主が最初の虚妄を見破られたのであれば……貧僧から、第二の物語をお聞かせいたしましょう」


老僧は微かに首を仰ぎ、倦むことなく回り続ける走馬灯へと枯れた視線を向けた。その声音は、色褪せた古い経典を読み上げるかのように淡々としていた。


「長生湯の源流は、施主が探り当てられた通り、この上なく清浄なる古代の浄化槽にございます。肉体を傷つけることはなく、ただ人の神魂のみを洗い清める。数百年、数千年の昔より、足を踏み入れた者たちの最も重く、耐え難き悲嘆、絶望、そして悔恨を、針を抜くが如く湯が静かに抽出し、虚無の霊魂の残滓として底へと沈めてまいりました」


老僧の声が微かに低まり、目尻の皺が深さを増した。


「されど……苦痛を拭い去る奇跡が世にあれば、そこに貪欲なる豺狼が群がるのもまた道理。かつて、長生湯が霊魂の破片を奪い去る秘密を嗅ぎつけた者たちがおりました。もし魂が少しずつ欠落していく事実に民が気づけば、恐慌によってこの富の泉が失われると恐れた者どもは――ひとつの毒計を巡らせたのです」


老僧の濁った瞳には一片の感情もなく、取るに足らぬ些事を語るかのようであった。


「彼らは密かに死刑囚や異郷の者を狩り集め、僅かな血の気と薬効を帯びた『人体薬包』を仕立て、水脈の管へと密かに投げ込みました。長生湯に僅かな生臭さを纏わせ、時に肉片が浮かび上がる光景を意図して作り出したのです。『魂を抜かれたことによる虚脱と喪失』を、薬草と血肉によって肉体が潤された証たる『瞑眩反応』であると偽るために。実体のなき魂の収奪を覆い隠すため、偽りの血肉の罪業を仕立て上げたのです」


老僧は視線を戻し、ルシアを静かに見つめると、冷徹で重苦しい問いを投げかけた。


「長生湯が剥ぎ取るものは、紛れもなく現世における極限の苦痛の記憶のみ。自ら命を絶とうと思い詰めた多くの信徒が、一度湯に浸かるだけで、滅門の恨みも裏切りの傷も忘れ去り、穏やかに余生を全うしていく。されど施主よ……苦痛とは、真に無価値なるものなのでございましょうか?」


老僧の言葉に、ルシアの背筋には冷たい戦慄が走った。老僧の論理を完全に否定することはできなかったが、それが詭弁であることもまた明白であった。


「人たる所以は、刃で刻まれたが如き悔恨と痛みを背負い、泥濘の中で歯を食いしばって前へと這い進むことにこそございます。痛みがあるからこそ矜持が芽生え、警戒を学び、やがて『心』と呼ばれる強固な殻を纏うに至るのです」


老僧の枯れた口元に、笑みとも嘲りともつかぬ歪な弧が浮かんだ。その眼差しは、ルシアの華奢な胸元を透過し、二つの生による無数の傷痕を抱えながら、その痛みを支えにして倒れまいと踏み留まる彼女の魂を真っ直ぐに見据えているかのようであった。


「その痛みを奪い去れば、人は危機も警戒も知らぬ空虚なる人形へと成り果てる。されど痛みを抱え続ければ、果てなき苦海に呑まれ狂い死ぬ。施主よ、その胸に背負いし重荷を鑑み……この長生湯は、この温泉郷の大いなる慈悲であるとお考えか、それとも世で最も残酷なる大悪行であるとお考えか?」


「あなた……嘘をついているわね」


ルシアが唇を開いた時、その語尾が抗いようもなく微かに震えていることに気がついた。それは欺かれた怒りによるものではなく、骨の髄から這い上がってくる冷気と恐怖によるものであった。


長生寺の頭上で回転する八角走馬灯の影が、今なお彼女の網膜を重苦しく圧迫している。老僧の語る慈悲の物語は極めて精巧に編み上げられていたが、純粋な工学の論理と利害の打算を前にすれば、穴だらけであった――


形なき魂の抽出を隠蔽するためだけに、大掛かりに生きた人間を拐かし、手の込んだ人体薬包を仕立て上げるなど、統治と欺瞞にかかる対価として本末転倒の狂気でしかない。


ルシアはその理屈を信じはしなかったが、研ぎ澄まされた冷徹な直感は、その奥から真に現実的な血の匂いを嗅ぎ取っていた。


彼女は手を伸ばし、耐腐食性の革製上着を留めていた重厚な金属バックルを外した。


重い外衣が床へと滑り落ち、何重もの防護を脱ぎ去ったルシアは、折れそうなほどに小柄で華奢な元の姿を晒した。見下ろすような警戒を解き、裾を払って、老僧の前に敷かれた粗末な筵の上へと居住まいを正して正座した。


二人の距離は息の触れる間近へと縮まり、ルシアの深く静謐な翠の瞳が、老僧の死水のように濁った双眸を一心に見据える。


「あなたは二つの異なる物語を語った。けれど、老獪な嘘つきほど真実を交えて嘘を仕立てるものよ」


ルシアの声は徐々に落ち着きを取り戻し、いつもの刃のように冷徹な質感を帯びていった。


「つまり……二つの物語には、それぞれ半分ずつの真実が含まれている。余計な白粉や神仏の虚飾を削ぎ落とし、残された骨組みを繋ぎ合わせてこそ、ここに横たわる唯一の真実となるはずよ」


言葉を微かに切り、ルシアは蒼白な指先を膝の上で握りしめ、一言一言、迷妄の帳を切り裂くように紡いだ。


「化粧を好み、己の肌を白く塗りたくる女は実在する。そして長生湯が人の苦痛と魂の破片を音もなく抽出し、奪い去る理も真実よ」


彼女は僅かに身を乗り出し、深い翠の双眸から放たれる鋭い光で、老僧の老いた瞼をこじ開けんばかりに見据えた。


「けれど、邪神に生贄を捧げて庇護を乞うなどという話は偽りであり、霊魂の流失を覆い隠すために血肉の薬包を偽造したという奇妙な言い訳もまた、嘘八百よ――私の見立てに狂いはあるかしら、長生寺の住職殿?」


大殿の中は死したような静寂に包まれ、ただ走馬灯の笑顔の紙人形たちだけが、擦れ合う微かな衣擦れの音を響かせていた。


数秒の沈黙の後、老僧の枯れ果てた相貌に、不気味で底知れぬ笑みがじわりと浮かび上がった。顔中に刻まれた刀傷のような皺が寄り集まり、喉の奥から砂利を擦り合わせるような低い笑い声が漏れ出す。


目の前に座す今にも壊れそうな小娘が、何の後押しもなく、二つの証言の交錯と矛盾から引き算の論理のみを用いて、核心を冷酷かつ精密に抉り出してくるとは、さすがに予期していなかったのだ。


「南無阿弥陀仏……施主は誠に、隅々まで見通す聡明なる御魂をお持ちのようだ」


老僧は笑みを収め、濁った瞳の奥底に測りがたい怪異な光を宿した。


「前の二つの戯言が施主のお気に召さぬのであれば……施主よ、三度目の物語に耳を傾ける気はおありかな?」


「三度目の物語?」


ルシアは微かに眉を寄せ、瞳の奥に困惑を走らせたが、口を挟むことはせず、ただ静かに座したままでいた。


老僧の手札が尽きかけていることは明白であった。ここまでの布石によって温泉郷の正体は大半が暴かれ、眼前に残された最も悍ましい謎は、ただひとつ――「人体薬包」の真の用途だけであった。


これこそが、カリーナやクレア、そしてヴァレリーがこの数日、密偵を総動員し、軍政の巨大な情報網を動かして寝食を忘れ奔走していた元凶に他ならない。


実のところ、ルシア自身は長生湯が苦痛を奪い去ることが道徳に悖るか否かなど、どうでもよかった。


二つの生にわたる泥濘を生きてきた彼女にとってみれば、脳を焼き切らんとする悪夢を洗い流せるのであれば、この湯は悪くない休息所であり、折を見て浸かりに来ても構わないとすら思っていたのだから。


だが「人体薬包」の背後には、この神殿が隠し持つ最も凶悪な牙が潜んでいる。


この場で、その答えを掴み取らねばならなかった。迫り来る嵐の中で生き延びるための切り札とするためだけではない。帝国の安寧と北境を守るため、今この瞬間も外で身を削って走り回っている、あの二人の女のために。

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