たとえ負けても、優雅かつ気品を損なわず
耳の奥底に、高周波の鋭い耳鳴りが絶え間なく響き渡っていた。まるで灼熱に焼けた無数の鉄針が、頭蓋の奥で狂ったように掻き回されているかのようだ。
視界は、どろりと濃密に凝り固まった紅一色に染まっていた。
沸き立つような熱い鮮血が、冷たく粘つく「骨髄喰らいの劇毒」と混ざり合い、クレアの眉骨、眼窩、そして鼻梁を伝って無慈悲に流れ落ちる。
それは視界を細切れにし、歪んだ暗紅色の斑点へと切り裂いていく。クレアは荒く息を乱し、胸が上下に波打つたびに、胃痙攣と鉄錆の混じった吐瀉感が喉元を突き上げた。
先刻の、ほんの数秒間の意識の断絶のなかで、彼女の魂は底なしの深淵へと堕ちていた。脳裏に走馬灯のように駆け巡る、狂乱の破片——
それは幼少期、公爵邸の薄暗い長廊下で、常に自分の前を歩き、背中だけで圧倒的な威圧感を放っていたカリーナの黒金のドレス。
公爵邸の裏山にある射撃場で、重厚な銃器が魔獣の頭部を粉砕した瞬間に空へと散った鮮血の霧。
そして……少し離れた安楽椅子に深く身を沈め、熱々のチーズポテトを手に、この殺し合いを映す深邃な深緑の双眸を宿したルシアの、狂おしいほどに気だるげな横顔。
ピチャリ。
沸き立つような血の雫が石机の表面で重く弾け散り、その激痛が鉄槌のように、沈みかけていた彼女の神経を無理やりに叩き起こした。
クレアは息を呑み、焦点の定まらぬ菫色の瞳孔を激しく収縮させ、目の前の賭卓を凝視した。
石台の縁に刻まれたスコアの溝が、毒蛇の牙のように血塗られ、彼女の両目を突き刺していた。
クレア:実弾被弾二回。
カリーナ:実弾被弾一回。
「はっ……はぁ……っ」
クレアの喉から、瀕死の野獣のような掠れた喘鳴が漏れた。骨髄を凍りつかせるような悪寒が一瞬にして尾骶骨から脳天へと駆け上がり、頭皮を焼き爛れさせる劇毒の激痛すらも力づくでねじ伏せていく。
彼女の激進的な戦術は、完全に瓦解していた。
カリーナなど、幸運の女神から一生見放された不運の塊に過ぎないと、クレアは踏んでいたのだ。すべてのチップ、すべての弾丸、すべての運命を「連続攻撃」へと惜しみなく注ぎ込みさえすれば、その最悪の悪運をもってカリーナを擦り潰せると信じて疑わなかった。
純粋な確率と運の勝負であれば、確かにカリーナの敗北で終わるはずだった。だが、先刻の息も詰まる心理的絞殺戦において、この狂った女は彼女に「確率を計算する」猶予など爪の先ほども残しはしなかったのだ。
クレアの初弾がカリーナの歯によって噛み砕かれ、心神が激震に見舞われた刹那、攻撃権は移行し、即座に装填と回転が行われた。
カリーナは半秒の躊躇すら見せず、シリンダーの弾巣を一瞥することすらしなかった。降り注ぐ劇毒の激痛のなか、その真紅の双眸に人外じみた残虐な笑みを湛え、リボルバーの銃口をクレアの眉間へと突きつけ、躊躇なく引き金を絞り切ったのだ。
実弾。第二巡目の初弾すらも、あろうことか実弾だった。
「私の運が最悪なら、その悪運を貴女の悪夢に変えてみせる」とでも言わんばかりの圧倒的な覇道で、カリーナはクレアに正面からそれを受け止めることを強要したのだ。
その後に続いた連続攻撃のペナルティにおいて、カリーナは痛覚すら持たぬ悪魔そのものだった。言葉で、眼差しで、その見下ろすような審判の姿勢で、一歩一歩クレアを精神崩壊の断崖へと追い詰めていった。
クレアは乱れ狂う魔力の反動と恐怖のなかで神経質に抵抗を試みたが、その結果……ルシアが改造を施したあの暴虐なリボルバーは、彼女のこめかみと側頭部で、二度も生々しく火を噴いたのだ。
鋼鬃の巨獣の頭蓋すら粉砕する運動エネルギーと火薬。
もし生死の狭間で、ルシアに対する執拗なまでの執念によって乱れた魔力回路を極限まで燃え上がらせ、頭骨の周囲に二重の極小結界を展開していなければ……今のクレアは、とっくに頭部を失った焦げた肉塊に成り果てていたはずだった。
それでも、防壁を突き破った二撃の重撃は、彼女の側頭骨と防護術式を無残に粉砕した。先刻のほんの数秒間、脳震盪を起こした彼女の意識は確実に瀕死の昏睡へと沈みかけていたのだ。
もし目覚めが半秒でも遅れていれば——もし額がそのまま石机へと崩れ落ちていれば——
傍らに佇み、冷徹な面持ちで懐中時計を見つめる公証人ヴァレリーの口から、無情にも「ノックダウンによる敗北」が宣告されていただろう。
幸いにも、彼女は覚醒した。舌の先を噛み砕き、その鉄錆の味と激痛で、魂を冥府の扉の前から力づくで引き戻したのだ。
「ずいぶんとお目覚めが早いのね、可愛い妹」
石机の向こう側で、カリーナの髪もまた毒液と冷汗に濡れそぼり、唇の端からは反動で吐き出された一筋の紅い血が滴っていた——いかに彼女とて、初弾を歯で受け止めた衝撃による内傷は免れ得なかったのだ。
だが、それでもカリーナは、まるで帝室の夜宴に座しているかのように優雅だった。片手で頬杖をつき、影の中で真紅の瞳に野性的で冷徹な光を宿しながら、未だ熱を持ち青煙をくゆらせるリボルバーを気まぐれに指先で弄んでいる。まるで、瀕死の小鳥の命を弄ぶかのように。
血まみれで無様に喘ぐクレアの姿を見つめ、カリーナの唇に浮かぶ笑みは一段と鮮やかに、そして一段と苛烈さを増していった。
「どうしたの? 読みが外れたことにようやく気付いたかしら。お茶会でダイスを転がしているだけなら、貴女の小賢しい知恵でも私に勝てたでしょうね。けれど、この卓上では……」
カリーナはわずかに身を乗り出した。冷たい金属の銃身が石机を擦り、神経を逆撫でする耳障りみな軋み音を立てながら、血まみれのクレアの目前へと押し出される。
「脳漿が弾け飛ぶ前に誰が先に瞬きをするか。どちらの骨がより硬いか。クレア、暗がりで震えることしかできない小鳥の分際で、その程度の胆力で……よくも私の正面に座れたものね?」
銃声の余波たる硝煙が、二人の間で緩やかにほどけていく。カリーナの一撃が空包に終わったことで、攻撃権が移行したのだ。クレアは震える血塗れの右手を伸ばし、重く熱を帯びた銃身を押さえつけた。
頭部に受けた二発の実弾による頭蓋内圧の高まりが、視界を激しく揺るがす。それでも彼女は、深淵の如く揺るぎない目の前の怪物を見据え、視界の隅で遠くからこちらを眺めているルシアの姿を捉えた。
もはや後退など許されない。背後は万丈の深淵だ。
クレアの全身の神経という神経が、甲高い悲鳴を上げていた。先刻の二発の実弾は圧縮された魔力で辛うじて防ぎ止めたものの、至近距離で爆発した運動エネルギーと衝撃波は、彼女の側頭骨と骨膜に亀裂を走らせていた。
呼吸を一つするたびに、焼けた鉄槌で後頭部を殴打されるような激痛が走り、両のこめかみの青筋は皮膚を破らんばかりに浮き上がり、狂ったように拍動を繰り返す。
何より致命的なのは、頭上から絶え間なく降り注ぐ「骨髄喰らいの劇毒」だった。
本来は冷涼なはずの毒液が、今や侵入を許さぬ強酸と化し、裂けた頭皮の傷口から、流れ出す血と混ざり合いながら砕け散った魔力回路の深部へと容赦なく染み込んでいく。
痛い。
それは単なる肉体の損壊ではない。魂を骨髄から引き剥がし、煮えたぎる油の中に何度も叩き落とされるような責め苦だった。
歯の根が合わず、ギリギリと細かく悲痛な音を立てて震える。冷汗と毒血が首筋から鎖骨へと流れ落ち、胸元の繊細なレースのインナーをじっとりと濡らして肌に張り付き、絶え間ない痙攣の悪寒を呼び起こす。
クレアは、神経毒に侵食された自身の皮膚が放つ微かな焦げた甘い臭いすら嗅ぎ取っていた。その甘ったるさに胃袋が激しく痙攣し、喉元まで胃酸が込み上げるが、彼女はそれを強引に飲み干した。
吐くわけにはいかない。倒れるわけにもいかない。瞬きをする力すら、勝利の隙間を手繰り寄せるために注がねばならないのだから。
クレアの右手は激しく痙攣していた。かつてはアンティークのハープをつまびき、優雅にボーンチャイナのティーカップを持ち上げていた柔らかな右手は、今や関節の皮膚が裂け、爪の間には乾いた血と新たな生血が黒く混ざり合っていた。
銃を握ろうとするが、神経系の伝達は毒素によって半ば麻痺し、リボルバーの荒削りなグリップに触れた瞬間、筋肉が強直を起こして固まる。
「はっ……はぁ……っ」
荒い息を吐き出しながら、彼女は残された微かな力で震える右腕を押さえつけ、瀕死の身でありながら獲物の喉笛に噛みつこうとする母獣のように、その重厚なリボルバーを掌の中へと強引にねじ込んだ。
すでに第四巡目。
激闘の中でシリンダーは一度もリセットされておらず、弾巣の空きは刻一刻と減り、空気中の硝煙はほとんど固形物のように濃密だった。
クレアには分かっていた。退路などとうに断たれている。今さらシリンダーを回転させて確率をリセットするなど論外だ。前の巡で自分は攻撃を選択したのだ。
麻痺しかけた神経で、リセット後のペナルティを耐え抜ける道理がない。彼女に残された唯一の活路は、この最後の力を振り絞り、カリーナを貫く槍と化すことだけだった。
クレアは血塗れの顔を上げ、鮮血に霞む菫色の瞳で、向かい側に平然と座す暴君を射抜いた。
劇毒と激痛の煽動を受け、彼女の脳内に破滅的な狂躁が爆発する。体内に残された最後の魔力回路が、この瞬間に完全に点火された。
たとえこの先、二度と術式を紡げぬ廃人になろうとも、この一発だけは引き金を引かねばならなかった。
「カリーナ……地獄へ墜ちろッ!」
血反吐を交えた絶叫が、高塔の頂を渡る突風を引き裂いた。
クレアは重い銃口を再び持ち上げ、過負荷によって全身の筋肉が軋みを上げるなか、人差し指にすべてを賭けて引き金を絞り切った。
轟——ッ!!!
シリンダーの撃鉄が猛然と叩き込まれ、凶暴な反動が腕の骨を伝って逆流した。クレアの右肩の関節から耳を塞ぎたくなるような脱臼の音が響き、彼女の身体はその衝撃で鉄の椅子ごと弾き飛ばされそうになった。
紅蓮の火奔が再び石机の暗がりを切り裂き、撃ち出された鉛弾は万物を引き裂く絶叫とともに、カリーナの喉元へと一直線に迫った。
三度目の実弾。
この残酷な確率の遊戯において、カリーナの絶望的なまでの不運は、再び正確無比にクレアへと致命の一弾をもたらしたのだ。
その瞬間、クレアの目には、回転する鉛弾がカリーナの首元で舞い上がる髪をすでに切り裂いた光景が見えたはずだった——
だが、時間そのものが残酷なスローモーションへと引きずり込まれた。
息を呑むほどに美しいカリーナの顔立ちには、狼狽も緊張もなく、ただ病的なまでの愉悦の笑みだけが浮かんでいた。
弾丸が喉の骨を穿とうとしたその刹那、カリーナの白く細い首が信じがたい角度でわずかに傾ぎ、白く整った歯列の間から、実体化した金剛石を思わせる凝縮された真紅の引力場が突如として煌めいた。
ガチィィッ!
金属が無理やりに圧し潰され、硬質な骨と激突する甲高い音が、静寂の支配する高塔の夜空に炸裂した。
火花がカリーナの唇の端から飛び散り、束の間の鮮烈な死の華のように夜気を焦がす。
カリーナの口元から一筋の温かい血が伝い、白い顎を赤く染め上げたが、その端正な顔の筋肉は微動だにしなかった。
彼女はクレアの目の前で、滾るように熱く、無残に変形した鉛弾をしっかりと歯の間に噛み留めたまま、火花が散ったあとの真紅の瞳で、クレアを冷ややかに見下ろしていた。
やがて、カリーナの喉から低く気だるげな含み笑いが漏れた。
「……ッ、ぺ」
カリーナは舌先をひと巻きさせ、甘ったるいサクランボの種でも吐き捨てるかのように、深く歯型の刻み込まれた無惨な金属片を、石机のど真ん中へと無造作に吐き出した。
鉛弾が乾いた音を立てて転がり、二人の視線の間で止まる。
傍らで懐中時計を見つめ、冷淡に戦況を監視していたヴァレリーの瞼がわずかに跳ね上がった。そして、一切の抑揚を排した公証人の声音で、最も残酷な現実を告げた。
「カリーナ様、二度目の実弾被弾を確認」
「双方の被弾数が並びました。これより——最終マッチポイントへと突入します」
マッチポイント。
次に実弾を撃ち込まれた者が、その場で脱落する。
表面的には、二人は同じスタートラインに並んだかのように見えた。
だが、盲目でなければ、二人の状態が天と地ほどに乖離していることは火を見るより明らかだった。
カリーナは口元から血を流し、二度の被弾を受けているとはいえ、その底知れぬ強靭な肉体と上位者の鉄血の意志によって、骨髄喰らいの劇毒の侵食を力づくでねじ伏せていた。
彼女は無造作に親指で唇の血を拭ったが、その息遣いはサロンで少し強めの紅茶を一口啜った程度に平穏で、真紅の瞳は戦いの前よりもなお鋭く、危険な光を湛えている。
対するクレアは、すでに燃え尽きようとしている油の切れた灯火だった。
クレアは椅子の上に崩れ落ち、激しい失血と二度の強烈な脳震盪によって、その瞳孔は虚ろに沈み、焦点を結ぶことすらおぼつかない。
右腕は無力に体側に垂れ下がり、脱臼した肩が激しく痙攣を繰り返す。微かな呼吸のたびに、口や鼻から細かな血泡が弾けていた。
攻撃権は……次の巡、カリーナの手にある。
底知れぬ激痛と冷気のなかで、クレアは恐怖とともに思い知らされた——命を削って奪い取ったはずの攻撃の優位が、カリーナという怪物の人外じみた肉体によって、無慈悲に白紙に戻されてしまったのだと。
続く一撃において、なおも余裕を崩さぬカリーナを前に、腕を上げることすら叶わぬ自分は、まな板の上の魚に過ぎない。
「哀れね……誰かを愛するためにここまで無様に身を削るくらいなら、まずは自分を愛することを覚えたらどうなの」
カリーナの冷ややかな声が、血の臭い満ちる石机を渡った。その響きには勝利を確信した嘲笑ではなく、むしろ極めて淡く、重たい溜息が滲んでいた。
彼女は決して冷血な人形ではない。むしろ帝国の頂点という権力の絞肉機の中に身を置くからこそ、カリーナは誰よりも命の重みを知悉していた。
目の前で頭から血を流し、肩を外され、呼吸のたびに血泡を零す従妹の姿に、彼女の心の奥底にも、微かな痛みが走っていたのだ。
もしクレアが今日求めたものが公爵領の領地や、金庫の鍵、あるいは軍団の指揮権であったなら、カリーナは気まぐれに敗北を譲ってやってもよかった。この妹を心から慈しんでいたのは紛れもない事実だったからだ。
だがよりによって、クレアが奪おうとしたのはルシアだった。
権謀術数と血に汚れる前の日々、クレアは常に自分の後ろをついて回り、愛らしい顔を上げては「お姉様」と甘えた声を投げてくる存在だった。
帝都の宮廷で催される盛大な夜宴のたび、クレアが爪弾くハープの調べやその舞踏のステップは、非の打ち所のない気品と純真さで数多の貴族の少年少女の心を奪い去った。あれは間違いなく、帝国全土の眩い初恋そのものだった。
一体いつから、あの気高い小鳥は、血に塗れて狂気を宿す孤狼へと成り果ててしまったのか。
カリーナはわずかに首を巡らせ、硝煙の向こう、少し離れた石段へと視線を投げた。
そこには、ハイバックチェアの上で完全に硬直したルシアの姿があった。手にしていた白磁の皿は無残に傾き、濃厚なチーズを纏った香ばしいポテトが地面へと転がり落ちて灰に塗れていたが、ルシアは瞬き一つしなかった。
口を半ば開け、深緑の瞳をこれ以上ないほどに見開き、先刻弾丸が砕け散った石机を凝視したまま、社畜としての世界観が音を立てて崩壊したかのような呆然自失の表情を浮かべていた。
ルシアだけではない。
控えていたフェリンや、グラフィオン公爵家の近衛従僕たちも、魂を吸い取られた石像のように影の中で立ち尽くし、転がった食事に手を伸ばす者すら一人もいなかった。
北境の地獄のような戦場を生き抜いてきた歴戦の古兵である彼らですら、この命を削り合う狂気の賭けに息を呑み、金縛りに遭っていたのだ。
そのあまりに滑稽で息詰まる対比に、冷徹を保っていたカリーナの唇から、思わず微かな失笑が漏れた。
彼女は視線を戻し、床に散らばったポテトから目を離した。指先を翻すと、袖口から新たな暗灰色の重装徹甲鉛弾が滑り出る。
カチリ。
カリーナはその実弾を、流れるような優雅さでシリンダーの空きスロットへと押し込み、そこで指を止め、弾巣を振り戻してロックすることはしなかった。
「一つ、機会をあげるわ。外に出て、姉が妹を力尽くで虐げたなどと言われては癪だしね」
突風の中、カリーナの両眸に野獣の如く獰猛で危険な真紅の光が灯り、血肉に塗れたクレアの顔面を逃れようもなく射抜いた。
「シリンダーを回しなさい。次の一発、私は自守を選ぶわ。もしこれで実弾が弾けたら、それは私の悪運の限界。この勝負は貴女の勝ちよ。……どうかしら?」
クレアの頭脳が激痛のなかで激しく軋みを上げた。彼女は、カリーナのこの傲慢な提案の裏にある冷徹な計算を一瞬で看破した。
慈悲などではない。これは長期戦への引きずり込みだ。自守の成功はシリンダーのリセット権を意味する。骨髄喰らいの劇毒が降り注ぐなかで、すでに崩壊寸前のクレアの肉体と神経が耐え続けられるはずがない。
失血とショック症状によってクレアが失神すれば——その瞬間に、ヴァレリーから敗北を宣告されるのだ。
だが、クレアに拒絶する余地など残されてはいなかった。
腕を持ち上げて狙いを定めることすらできない今の彼女にとって、これこそが勝敗を今すぐ決着させる唯一の蜘蛛の糸だった。
クレアは血に塗れた奥歯を噛み締め、喉の奥から絞り出すような呻きを漏らした。そして痙攣の止まらぬ右手で、氷のように冷たいリボルバーを力任せに掴み取った。
シャラララララッ——!
残された全霊の力を振り絞って弾巣が弾かれ、死神が牙を研ぐような鋭い回転音が響いた。減速しかけた瞬間、クレアの手首が激しく閃き、小気味よい「カチリ」という装填音とともに銃口を反転させ、カリーナの目前へと叩きつけるように押し戻した。
肉体の強度、精神の耐久力、そして謀略の深さ——そのすべてが絶望的なまでに不均衡な処刑劇。
だが今この瞬間、運命の天秤は、カリーナに決して微笑むことのなかった幸運の女神の掌へと完全に委ねられた。
カリーナは汚れ一つない白くしなやかな右手を伸ばし、リボルバーの無骨なグリップを握り締めた。黒々と口を開けた銃口をゆっくりと持ち上げ、いかなる躊躇もなく、いかなる防護の構えも取らず、ただ静かに、当たり前のように己のこめかみへと押し当てた。
そして、対面で全身を震わせるクレアを真っ直ぐに見据え、万金の重みを含んだ声を響かせた。
「よく見ておきなさい、クレア。ルシアの隣に胸を張って立つ者に必要なのは、目先の勝敗や浅知恵などではない。たとえ骨が砕け散ろうとも決して折れることのない、不屈の傲骨よ」
カリーナの笑みは息を呑むほどに美しく、それゆえに背筋を凍りつかせるほどに恐ろしかった。
「前を恐れ、後ろに怯え、深淵を前にして我が身の保身と打算しか頭にないような者が、対等な伴侶になれるはずがないのよ……その言葉、骨の髄まで刻み込みなさい!」
あの神殿での戦いの影。血の海に倒れ伏すルシアを前にして、無力に立ち尽くすしかなかったクレアの弱さを、カリーナは誰よりも理解していた。
だからこそ、この一発で、クレアの身にへばりついた貴族令嬢としての最後の甘えを、完膚なきまでに叩き潰すつもりだったのだ。
指先が微かに動き、トリガーが奥底まで無慈悲に絞り込まれた。
カリーナは己の悪運を知り尽くしている——確率の支配する領域において、生涯ただの一度も愛されたことのない己への呪いが、今この時に限って遅参するはずなどないと。
轟————ッ!!!
撃鉄が炸裂し、銃口から真紅の火奔が狂暴に噴き上がった。
鼓膜を切り裂く爆音が高塔の突風を圧殺する。大気を抉る運動エネルギーを乗せた鉛弾が、ゼロ距離からカリーナの側頭部へと激突した。
ガァァンッ——!
その鈍い激突音は、万年玄鉄に巨鎚を振り下ろしたかのような異様な重厚さを帯びていた。
実弾が直撃した刹那、カリーナの全身を包む重力場が激しい真紅の波紋を爆発させ、巨獣すら吹き飛ばすはずの鉛弾の運動エネルギーを強引に削ぎ落としたのだ。
巨力に弾き返され歪んだ弾頭は、風に舞い上がる彼女の銀白色の長い髪をかすめて跳ね飛搬、背後の青石の壁に底知れぬ亀裂を刻み込んだ。
一筋の鮮血がカリーナの額を伝って流れ落ち、わずかに跳ね上がった切れ長の目元を赤く染め、その青白くも蠱惑的な横顔に、凄惨で鮮烈な一筆の血痕を描き出した。
静寂。
高塔の頂には、吹き荒れる風の音と、銃口から漂う硝煙の気配だけが残されていた。
ヴァレリーは懐中時計を見つめ、その指先を一瞬だけ微かに震わせた。そして、一切の動揺を感じさせぬ声で、淡々と宣告を下した。
「カリーナ様、三度目の実弾被弾を……確認。公証規則に則り、勝敗は決しました。勝者——クレア様」
カリーナは敗北した。
自らに定められた、救いようのない最悪の不運に屈したのだ。
だが、彼女は眉一つ動かさなかった。
息を呑む全場の視線の中、カリーナは空になったリボルバーを無造作に石机へと放り捨てた。カラン、と乾いた音が響く。
彼女は白絹の手袋に包まれた指先を優雅に持ち上げ、額から落ちる血の雫をそっと拭い去ると、静かにその場へ立ち上がった。黒金の外套が、血の匂いを孕んだ烈風を受けて誇らしげに翻る。
彼女は血の海に倒れ伏し、驚愕と茫然自失の表情を浮かべるクレアを冷然と見下ろした。その佇まいは、まるで帝室の叙勲のレッドカーペットを踏みしめた直後のように泰然自若としていた。
この遊戯に敗れはした。だが、彼女の高貴さも、冷徹さも、そして揺るぎなき矜持も、何一つとして損なわれてはいなかった。
それこそが、帝国の頂点に君臨する真の女公爵の姿だった。




