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重度カードゲーマー女子、過労死転生した異世界でも恋愛をプレミして詰んだ件  作者: 酣睡


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10/111

公爵邸の戦いの終息と、皇室よりの陰謀

カリーナの広大で豪奢な居室の中、硝煙と鉄錆のような血の匂いがゆっくりと沈殿していく。


戦闘が始まった当初、ルシアの頭にあったのは、金糸の縫い込まれたウールのタペストリーや彫刻が施された紫檀の調度品のことばかりだった。


こんな高価な骨董品を壊してしまえば、公爵家に給料を全額差し押さえられ、一生タダ働きさせられるのではないかと気が気でなかったのだ。


だが周囲を見渡せば、女刺客が激突して粉々になった高価な衣装箪笥を除けば、室内の調度品は奇跡的と言えるほど被害を免れていた。


ルシアは血だまりの中に倒れ伏し、左腕を失った女刺客を冷ややかに見下ろした。無表情のまま手札を開き、指先で幽暗な緑のルーンをなぞる。


腕ほどの長さがある、冷たい金属の光沢を放つ錬金術式の麻酔針が虚空に凝縮し、一切の容赦もなく女刺客の頸静脈へと深々と突き刺さった。


高濃度の神経麻痺剤が一瞬にして注入される。


この囮はどうしても生け捕りにする必要があった。帝都魔法学院への進学推薦同意書を無事に勝ち取るには、カリーナのサインが絶対に避けて通れない関門なのだ。


帝国の厳格な階級法の下では、貴族たる雇い主の許可なく領地を勝手に離れる平民など、逃亡奴隷や流民と同義である。


この一件を思い出すたび、ルシアの蟀谷は鈍く疼いた。


かつてルーカスの家庭教師を務める契約を交わした際、彼女はカリーナのあの攻撃的なまでに美しい顔立ちに毒気を抜かれ、思考が一時停止していたのだ。


そのせいで羊皮紙に記されていた最も致命的な穴――契約期限が一切明記されていないことを見落としてしまった。


あの誇り高き公爵の気が向く限り、帝国の法を盾にして彼女を一生手元に縛り付け、搾取し続けることなど造作もない。余裕に満ちた優雅な支配者が決して焦らないのは、檻の扉にとっくに錠が下りているからだ。


ルシアは深々とため息をつき、手札を閉じた。手慣れた手つきで粗末な麻縄を取り出すと、三つ編みにするように手早く女刺客を身動きの取れないミノムシ状態に縛り上げた。


続いて冷淡に手を伸ばして相手の顎骨を掴み、関節を力任せに外して、血の滲む口を強引にこじ開ける。


隠密に生きるプロの暗殺者にとって、奥歯に毒を仕込むなど基本中の基本だ。


ルシアは魔力を用いて虚空から無骨で重々しい鋼鉄の抜歯鉗子を具現化させ、毒薬の蝋丸が封じられた奥歯の窪みに狙いを定めた。金属が噛み合う耳障りな軋み音とともに、歯が砕ける鈍い音が響く。


彼女は眉ひとつ動かさず、血の付いた歯を生きたまま引っこ抜き、床へと無造作に投げ捨てた。


女刺客は全身を激しく痙攣させ、滝のような冷や汗が漆黒の夜行装束をぐっしょりと濡らしていく。


その冷徹だった瞳に、初めて純粋な恐怖の色が浮かんだ。自害するという最後の逃げ道すら、目の前の女によって物理的に奪われたのだ。


彼女を待ち受けているのは、公爵家の私刑地下牢における光なき拷問に他ならない。


ルシアに消耗品を憐れむ気など毛頭なかった。彼女が小さく念じると、背後に控えていた二メートルを超える巨躯――【天刻の騎士】が冷たい鋼鉄の身体を折り曲げ、女刺客をまるで麻袋のように片手で肩に担ぎ上げた。


金属の関節が規則正しく重苦しい駆動音を響かせる中、ルシアは重厚な彫刻の施されたオーク材の扉を押し開き、薄暗い廊下へと歩み出た。


今の彼女は、一刻も早くこの生証人をカリーナの前に突き出し、帝都へと向かう自由の切符を手に入れたい一心だった。


だが、廊下に敷き詰められた毛足の長い絨毯に足を踏み入れた瞬間、ルシアの足がぴたりと止まった。


静かすぎる。


夜風がわずかに開いたアーチ窓を吹き抜け、庭園の木々の梢を揺らして、カサカサと乾いた微かな音を立てている。遠くからは夏の夜の虫の声や、枯山水の庭を静かに流れるせせらぎの音も聞こえる。


だが、それ以外に何もない。広大極まりない公爵邸の本館であるにもかかわらず、巡回する衛兵のブーツの足音も、使用人たちの怯えた叫び声すら一切聞こえてこないのだ。


「わ……たし……」


天刻の騎士の冷たい鉄の装甲の上で、女刺客が苦しげに息を吐き出した。神経毒が回り始めた舌は硬直を極め、途切れ途切れの掠れた呼気を漏らす。


「くち……ふう……じ……」


女刺客にはよく分かっていた。目の前にいる黒髪の女の頭の回転が恐ろしく速いことを。命が尽きかけようとする極限状態の中、彼女は本能的に最短の単語で警告を発したのだ。


ルシアの双眸に冷たい光が宿る。暗殺任務が完全に失敗した際の定石――痕跡を抹消するための、無差別な口封じ。


光を失った薄暗い廊下は、まるで深淵へと続く怪物の食道のようだった。ルシアは視線を落とし、左手首を窺った。六つあった魔力水晶は、今や最後の一つが寂しげに宙を旋回し、淡い藍色の光をかすかに放っているに過ぎない。


手札は底をつきかけている。もしここで高強度の遭遇戦に突入すれば、継戦能力は一瞬で危険水域へと叩き落とされるだろう。


この死の静寂に包まれた廊下を突っ切って公爵の私室を目指すべきか、それともカリーナの居室へ引き返して籠城すべきか。


最適解を導き出す計算が終わるより早く、廊下の奥の濃密な影の中から、音もなくひとつの人影が歩み出てきた。


その人物は深く重厚な暗色のローブを羽織り、フードを目深に被って、手元までも緻密な文様の施された長着で覆い隠していた。


無機質な闇の中にその身を完全に溶け込ませている。唯一目を引くのは、背丈ほどもある古びた杖と、その先端に嵌め込まれ、鈍く妖しい光を宿した大粒の魔晶石だけだった。


間違いなく、敵意を孕んでいる。


ルシアの瞳に一切の躊躇はなかった。手首を鋭く返すと同時に、宙に浮いていた最後の魔力水晶がパリンと粉々に砕け散る。


精純な魔力は瞬時に無数のルーンの鎖へと変貌し、彼女が奥の手として秘匿していたカウンター型のトラップ術式を虚空に編み上げた――


【詭計術式・悪意の贈り物】。


それは「防衛反撃」のロジックに基づいて構築された、極めて陰険な術式だった。発動条件こそ厳しいものの、術者が外部からの攻撃判定を受けた瞬間、絶対的な防御障壁を展開。


同時に攻撃の発信源を瞬時に捕捉し、高性能爆薬を積載した大型の捕獲用機械爪を射出して対象を強制拘束、そのまま爆破して肉片へと還元する。


術式の刻印が完了したまさにその刹那、対峙するフードの術者が手にした杖を力任せに床へと突き立てた!


虚空にびっしりと魔力の波紋が走る。百を超える眩い純白の光球が忽然と現れ、死角なき球状の陣列を成してルシア、天刻の騎士、そして女刺客を全方位から包囲した。


――キィィィン!


大気を引き裂く甲高い風切り音とともに、無数の光球は刹那の間に鋭利な閃光の束へと伸長した。まるで吹き荒れる豪雨のように、鋼鉄すら容易く貫通する暴力的な運動エネルギーを孕んで、四方八方からルシアを目掛けて一斉に殺到する!


交錯する光条の軌跡は、鳥肌が立つほどに精密だった。


ルシアの目が細められる。広範囲の牽制魔法を、これほど寸分の狂いもなく多点同期の集束射撃へと圧縮してのけるとは――相手の魔導の腕前は並大抵のものではない。


だが、彼女が賭けていたのは、まさにこの一撃だった!


ドォォォッ!!


ルシアの周囲わずか三寸の空間に、百を超える光束が同時に着弾した。真昼の太陽のごとき半透明の黄金の障壁が展開し、人間をミンチに変えるはずだった破壊の光をことごとく弾き返し、屈折させる。跳ね返った光は両脇の石壁を抉り、蜂の巣のような焦げ跡を刻みつけた。


同時に、ルールの判定が下る――反撃シークエンス、起動!


廊下の天井付近の暗がりから、耳障りな金属の歯車の噛み合い音が突如として鳴り響いた!半身ほどの大きさを誇る、鈍い黒鉄の光沢を放つ重型機械爪が大気を引き裂いて飛び出し、圧巻の質量をもって、謎の術者の上半身を正確無比に鷲掴みにした。


それだけでは終わらない。ルシアの辞書に「手加減」という文字は存在しなかった。


カシャッ!ギチチッ!


無数の返し針を備えた小型の補助機械爪が、まるで巣穴から飛び出す毒蛇のように這い回り、瞬く間に相手の手足、肩、そして杖へと食らいついた。ミリ秒単位の速度で、その全身を金属の檻でがんじがらめにする。


そして、それらの機械爪の心臓部には、ルシアが地球の軍用規格に基づいて精製し、極限まで圧縮した高純度の高性能爆薬がぎっしりと詰め込まれていた。


【悪意の贈り物】がもたらす絶対防御は、爆発の衝撃が完全に霧散するまで決して解除されない。自身の安全が完全に保証されているのなら、爆発の規模など詰め込めるだけ詰め込むに決まっている。


威力をより集束させ、公爵邸の損害を最小限に抑えるとともに、標的に万が一の脱出の隙を与えないよう、ルシアは謎の人物の周囲にさらなる障壁魔法を展開して球状に密閉した。


そして――信管がゼロを刻む。


ドォォォォォォンッ――――――!!


天地が鳴動した。


極限の閃光が、薄暗かった廊下を白昼のように照らし出す!煮えたぎる硝煙と破片を巻き込んだ衝撃波が吹き荒れ、堅牢な花崗岩と大理石で組まれていた公爵邸の二階廊下の床面を、一階のホールへと直通する巨大なクレーターへと吹き飛ばした。


両脇に飾られていた名画、豪奢なシャンデリア、果ては建物を支える耐力壁までもが、その暴虐な化学エネルギーの前に塵芥となって引き裂かれていく!


爆風と火海の只中から、ひどく滑稽で情けない悲鳴が響き渡った。


「ぎゃふぅ――っ?!」


裏返った甲高い女の悲鳴に、障壁の背後にいたルシアの眉がピクリと跳ね上がった。


この声……どこかで聞いたことがあるような?


衝撃波は天井を突き破り、豪快に吹き抜けていった。あれほど強大な威圧感を放っていた謎の魔法使いは、荒れ狂う気流によって数十メートルの上空へと吹き飛ばされ、幾重もの防御ルーンが刻まれていたはずの高級なローブも、凄まじい爆縮によって粉々に引き裂かれ、燃え盛るぼろ布となって宙を舞った。


――ベチャッ!


やがて重苦しい肉の落ちる音が響き、頭から煤煙を浴びて黒煙を燻らせた影が、瓦礫と化した一階の絨毯の上へと無様に叩きつけられた。


静寂が支配する。


ルシアは二階の縁に立ち、吹き抜けとなった巨大な穴越しに階下を見下ろした。


そこに横たわっていたのは――帝都魔法学院の最年少天才学者として名を馳せる、あの高慢ちきなヴァレリー教授その人だった。無残にも大の字になって瓦礫の中に転がっている。


身分を象徴していた豪奢なローブは跡形もなく消し飛び、その身を覆っているのは大事な部分を辛うじて隠す薄っぺらなレースの下着数片のみ。革のブーツも片方だけを残して吹き飛んでいた。


白く滑らかな肌の至る所に黒い煤と擦り傷がこびりつき、普段は完璧に整えられていたあの豊かなワインレッドの長髪は、チリチリに焼け焦げて鳥の巣のように膨れ上がっている。


「ゴホッ……ケホッ! ぺっ!」


ヴァレリーは口に入った灰混じりの唾を吐き出し、片腕で必死に胸元を隠しながら、狼狽しきった様子で身を起こした。


その金色の双眸には、生き延びた安堵と拭い去れない茫然自失の色が渦巻いている。黒煤だらけの整った顔を上げ、二階から冷ややかに見下ろすルシアを見上げると、その声は屈辱と恐怖で小さく震えていた。


「わ、私は……ただ、貴女の実力を……試そうとしただけなのに……」


公爵邸に客分として招かれていたヴァレリーもまた、自分の部屋に忍び込んできた刺客を返り討ちにしていた。


だが、ルシアが生き残っているばかりか、手慣れた様子で手練れの死士を生け捕りにしたことを察知した瞬間、学者としての底知れぬ好奇心に火がついてしまったのだ。


刺客を殺すだけなら容易い。だが「生け捕り」にするには、圧倒的な技量の差と心理戦の支配が要求される。ヴァレリーはただ、正体を隠して軽く圧をかけ、ルシアの魔力の底を暴いてやろうとしただけに過ぎなかった。


まさか、普段は大人しく目立たない家庭教師の皮を被ったこの女が、一言の警告もなく至近距離で数十キロもの軍用爆薬を顔面に叩きつけてくるような、狂気の武闘派だとは夢にも思わずに。


ヴァレリーは内心、自らの高位防御魔法が咄嗟に超高負荷で自動展開してくれたことを狂ったように感謝していた。


しかし、現代地球から転生してきた魂を持つ彼女には、先ほど自らを包み込んだあの暴力的なエネルギーの正体が痛いほど理解できていた。


異世界の魔法のような大雑把な元素の衝撃などではない。緻密に配合され、膨張係数を極限まで高められた化学合成爆薬――C4やTNTの類だ!


これほどの破壊力は、大魔導士が長々と詠唱して放つ高爆火球術よりも遥かに理不尽極まりない。


「……」


二階の縁で、ルシアは下着同然の姿で煤まみれになっているヴァレリーを見下ろし、引き攣りそうになる目元を指先で押さえた。


重いため息をつきながら、疲れたように眉間を揉みほぐす。


「ヴァレリー。公爵邸が刺客の襲撃を受けているド深夜に、死角なしの殺傷光線で『試す』だなんて……命知らずにも程があるとは思われませんか? 生存本能が致命的にバグっているとしか思えません」


ヴァレリーは顔を真っ赤にして言葉に詰まり、慌てて傍らに落ちていた燃え残りのカーテンを引っ張って肌を隠すと、決まり悪そうに視線を逸らした。


だが、ヴァレリーが得た些細な情報よりも、ルシアが瓦礫の中の半裸の女を見つめる眼差しには、極めて冷徹な観察の色が宿っていた。


あれほどの威力を誇る工業用爆薬をゼロ距離で叩き込まれれば、普通の人間ならミンチになって壁一面の染みになっているはずだ。だというのに、この女は服を吹き飛ばされ、多少のかすり傷を負っただけで、内臓破裂の兆候すらない。


ルシアの右手の指先が、微かにピクリと動いた。


(……あのレベルの衝撃波をモロに食らってピンピンしてるわけ?)


ルシアは無表情のまま、頭の中のメモ帳にある「異世界の住人(特にヴァレリー)の打たれ強さ」の数値を、一気に跳ね上げた。


「これでもう、屋敷内のネズミはあらかた片付いたはずよ……それにしても、手練れの暗殺者を生け捕りにするなんて、思っていた以上にやるじゃないの」


ヴァレリーが指をパチンと鳴らすと、本館全体を覆っていた広域の【遮音結界】が解除された。


刹那、それまで死に絶えていた世界に、濁流のような喧騒が一気に流れ込んできた。遠くで使用人たちが慌ただしく走り回る足音、割れた調度品を片付ける金属音、そして部屋を片っ端から検問しながら激昂して部下を怒鳴りつけるルーカスの怒声が、夜の帳を破って響き渡る。


二階の縁に立つルシアの傍らには、無機質な門番のように天刻の騎士が佇み、その肩には気絶した女刺客がずっしりと預けられていた。


ルシアは墨緑の瞳を伏せ、焦げた布を身体に巻きつけながらも、どこか優雅さを取り戻しつつあるヴァレリーを見下ろし、ずっと胸に引っかかっていた疑問を口にした。


「ヴァレリー、前々から気になっていたのですが……この屋敷が襲撃される頻度、いくらなんでも異常ではありませんか? 数百年続く仇敵同士の抗争だとしても、出勤簿に判子を押すような感覚で、こうも頻繁に死士を送り込んでくるものなのですか?」


その問いに、ヴァレリーの金の瞳がいたずらっぽく細められ、現代的な皮肉を孕んだ笑みが浮かんだ。


「ルシア、貴女……前世で株をやったことはある?」


ルシアの表情が一瞬凍りつき、社畜時代の苦い記憶が蘇ったのか、墨緑の瞳に冷ややかな陰りが差した。


「あります。高値掴みして損切りしました」


突拍子もない質問の意図は測りかねたが、ヴァレリーが現代の金融や企業統治の概念を引いて、この前近代的な異世界のパワーバランスを説明しようとしていることだけは即座に理解できた。


「なら話が早いわね」


ヴァレリーはみっともない格好など気にも留めず、倒壊を免れた大理石の柱に背を預け、事も無げに語り始めた。


「この帝国の構造はね、表向きは皇帝親政を謳っているけれど、本質的な法整備や富の分配は、皇族と無数の大貴族、そして市民階層から選ばれた代表者たちが膝を突き合わせて決定しているの。帝国という名の巨大な共同出資持株会社、と言い換えてもいいわ」


彼女は煤で汚れた人差し指を一本立て、その金色の瞳に権力のからくりを見透かした冷徹な光を宿した。


「そしてグラフィエン家は、その会社の創業家並みの持ち株比率を握り、単独で拒否権すら行使できるくせに、グループ上層部の意向には鼻も引っ掛けない札付きの大株主なのよ。領地は帝国で最も肥沃な平原に広がり、管轄下にある希少な魔導鉱脈や古代遺跡の数は他を圧倒している。グラフィエンという怪物が頭上につっかえているせいで、他の中小貴族は甘い汁を吸うどころか、その莫大な資本力に圧殺され続けて不満を募らせているわ」


ヴァレリーは体重を預ける足を組み替え、夜風に揺れる焦げたワインレッドの髪を払った。その落ち着いた声音は、まるで大学の講義で優秀な学生に個人指導を行っているかのようだった。


「さらに致命的なのが、物流とインフラの独占よ。帝国全土を網羅する主要な陸上交易路、南北を貫く運河の結節点、果ては唯一の不凍深水港に至るまで、そのすべてがグラフィエン家の版図に収まっている。毎日流れ込んでくる関税や通行料、そして禁制品や魔導素材に対する絶対的な価格決定権――それだけで帝国の経済という心臓は、カリーナの呼吸ひとつでどうにでも脈打つのよ。これほど脂の乗った極上の獲物が転がっていて、ハイエナたちが群がらないはずがないでしょう?」


ルシアの瞳が微かに沈み、思考が音を立てて加速する。


政財界における絶対的な独占力、加えて北方の異民族や魔獣の侵攻を食い止める防壁としての軍事力。


それはつまり、普段は優雅に紅茶を啜っているあの豊満で妖艶な女公爵が、国を傾けるほどの莫大なキャッシュフローと流通の命脈を握っているだけでなく、その配下に、大陸最高峰の装備で身を固めた歴戦の私設軍団を飼い慣らしていることを意味していた。


金、権力、武力、そのすべてを握り、他人の稼ぎ口を完全に塞いでいる。


「カリーナが死んで……最も得をするのは」


利益の連鎖を逆算していけば、答えは自ずとひとつに絞られる。極限の権力闘争において、動機はどんな証拠よりも雄弁だ。


これほどの手練れの死士を身元すら残さず使い捨てにし、事後における公爵家の報復を揉み消せる勢力など、この大陸広しといえども片手で数えるほどしか存在しない。


「やっぱり、貴女の察しの良さは舌を巻くわね」


ヴァレリーは煤に汚れた美貌を仰ぎ、金の瞳を細めて、明日の天気でも告げるかのように軽やかに唇を開いた。


「そうよ。皇室の仕業だわ」


耳にタコができるほど聞き飽きたとでも言いたげなその軽薄な調子に、ルシアは思わず手札の角を強く握りしめた。


今まで抱いていた数々の不条理な謎が、この瞬間に完璧な辻褄を合わせた。


なぜ刺客たちは公爵邸の厳重な警備を前に、潜入が九死に一生の死に体であることを知りながら、まるで火に飛び込む蛾のように次々と命を投げ出してきたのか。


彼らの糸を引いているのが、至高の皇権そのものだからだ。命令に背けば一族郎党皆殺し。暗殺に赴けば、たとえ死んでも遺族には手厚い恩給が下る。


退路のない絶対の謀略。成功率が万に一つであろうと、皇室にとっては使い捨ての死士など元手のかからないコストに過ぎず、公爵邸の防衛の綻びを炙り出すための撒き餌に過ぎないのだ。


カリーナさえ死ねば、グラフィエンという名の巨艦は舵手を失う。


家督を継ぐべき真っ当な大人の後継者が不在となれば、黄金の交易路は『物価の安定と治安維持』という大義名分のもとで帝国に接収され、北方の強大な私設軍団も中央軍の手によって合法的に解体・再編される。


そして貴族院の円卓で全てを牛耳ってきたグラフィエンの絶対的な議決権も、歴史の塵芥へと消え去るだろう。


あまりにも冷徹で、あまりにも利益誘導に忠実な、薄汚い算段。


ルシアは天刻の騎士の肩にぶら下がる、ボロ雑巾のようになった女刺客を見下ろした。その墨緑の瞳に、自嘲の冷たい光が滲む。


権力と資本が渦巻く巨大なミンチ機の中にあっては、泥にまみれて生き足掻く刺客も、進学推薦書を求めてあくせく働く自分のような社畜職人も、所詮は支配者たちがいつでも損切りできるように用意された、ちっぽけな手駒に過ぎないのだ。

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