09 三度目の対峙
師長室に戻ると机の上には大きな古代魔法書が置かれていた。ハミルが持って来てくれたのだろう。
なかなか重量があるものの片手で持ち上げて振り返ると、入り口に立つロドルフ国王陛下の──憔悴した姿があった。
「ナフィーは今日は飲み物も口にしなかったそうだ。酷く気分は悪そうだし、微熱もある。それでもやはり原因はわからない。────もう急がなければ駄目だ、カルヴァン、早く私を……」
「僕の部屋に行きましょう」
誰が聞いているか分からない師長室の入り口ではまずい。我を忘れていたロドルフ国王も流石に口をつぐんで黙ってついて来た。
────戦場で何万もの兵士に号令をかける姿からは想像もできない。
玉座にいれば、それだけで威厳と威風漂う方なのに
僕は自分の部屋の扉を開けた。
────それだけナフィー王妃を愛しているということか……
勇猛果敢だった主君のこんなにも打ちひしがれた姿を見ていると……考えられずにはいられない────
"愛している"とは 何だ?
至上の何かであるのなら
強く優しく明るい希望であるべきではないのか
想っているだけで宿しているだけで
それを持つものは幸せではないのか
縛られて支配されて
苦しめられて……
あげく
生命や魂まで捧げると叫ぶようになる?
そんなものは────
「一体いつ儀式はできるようになる?」
ロドルフ国王陛下の言葉で僕の思考は中断された。
「お待ち下さい」
と言って、手早く分厚い古代魔法書をめくっていく。
ロドルフ国王もそれを立ったまま見守り 座ろうとはしなかった。
──やがて手を止める。
ロドルフ国王も覗き込んできた。そして彼は無言でうなずいた。
"生命交換の儀式"
必要なもの:術士兼召喚魔導士、子羊の血、虹鳥の羽、竜のウロコ、魔法陣、命を交換する生き物ふたつ
「準備はすぐにできます。僕は召喚もできますし……足りないものは……ありません」
僕は正しく答えた。
「儀式をしてくれ。明日の夜」
ロドルフ国王の声に迷いは無く、むしろ希望が滲んでいた。…………なんてことだ……
「ナフィー王妃を……愛しているんですね。──本気で」
それは既に問いかけでは無くなっていた。
「そんなことはどうでもいいだろう」
主君のこの言葉に何故か無性に腹が立つ。
「あなたにとってどうでも良くてもナフィー王妃にとっては?
ナフィー王妃は、何も知らずにあなたを永遠に失ってその先も生きていくんですか?」
ロドルフ国王は険しい顔をしたが
「そうだ。──それで良い。私の命が彼女の役に立つのならそれ以上の幸せはない」
ああ!──もう!! 何なんだこの人は!!!
「良くないです! どうでも良くもないし、何もそれは良くない!!!」
僕も自分が何を言っているのか分からなくなってきた。
「自分の気持ちを認めて下さい! そしてちゃんと相手に伝えるんです。あなたにとってもナフィー王妃にとっても大切なことです」
しかしロドルフ国王はプイと横を向いて
「いやだ。"愛している"は絶対言わない」
と──────言いやがった! 野朗!
「そら、認めてるじゃないですか! 思っているんでしょう!? "愛している"って」
僕は思わず素面でも主君に指を差して叫んでしまった。
この人があまりにも分からず屋だから。
歴戦の勇者でもある彼は顔を真っ赤にして凄んできた。
「ふざけたことをぬかしていると処刑してやるぞ」
いつもならゾクリとさせられていただろう。だが今は僕の方が相手の弱点をつかんでいた。
「いいえ、あなたに僕は処刑できない。
"生命交換の儀式"に優秀な魔道士が必要だから。儀式ができなければナフィー王妃は……助からないかもしれないから。だからナフィー王妃を愛しているあなたは、僕を殺せないんだ」
次の瞬間 衝撃があった。左頬に拳がめり込んで首が回り、体が倒された。
僕は床に尻餅をついて左頬を手でさすった。口の中が切れて血の味がする。
────殴りやがった! 図星だからって。
この心の声が まるで届いているかのように、殴ったロドルフ国王の方が放心しているようだった。
彼は殴った右拳を自分で見てから頭を抱えた。
うめくような 苦しみの声がした。
僕は言った。
「ナフィー王妃に"愛している"と告げて下さい。そうしたら儀式を行うと──約束致します」




