10 間違える愛たち
酒が入ればお互い殴り合いにもなりそうだったからか────ロドルフ国王陛下はあのあとすぐに去っていった。
眠るにはまだ早くて古代魔法書を読んでいた僕のもとには、思わぬ来客があった。
ノックの音がして
「どうぞ」
と応えると 入って来たのはユマだった。
「ユマ? こんな時間にどうしたんだ?」
ユマも宮廷内に自室があって寝泊まりしているが、夜に会うことは僕らは無かった。しかもユマは教会に行った外出着のままで 手には白い書類の束を持っている。
僕が立ち上がって近づこうとすると 彼女は少し後ずさった。珍しい……いつもはユマの方から向かってくるのに。
「私……カルヴァン様のおっしゃる通りに 明日から白魔道士のもとへ行きます────白魔法を習いに。今までお世話になりました」
ユマはそう言って頭を深々と下げた。
僕は言葉が出なかった。
「後任には前にいたルイーダが来ます。その引き継ぎも今終えて参りました」
「…………分かった。……確かに……君にとって良いことだと思う。でも、随分と急に動いたものだね。そんなに急がなくても…良かったのに」
ユマはわずかに瞳を震わせた。
「すみません。私、私……酷いことをしてしまったんです。────あなたに。良かれと思って」
何だって?
「私、アズベルのような貴族達が あなたを爵位が無いからと蔑むのが腹立たしかった。あなたは彼らよりもよっぽど強くて立派なのに。
悔しくて悔しくて…………それで今回あなたのご家族の身上調査書を含む書類を取りに行ったとき────改ざんしてしまったんです」
驚きに口が開く。
「ほんの少しだけだったんです。華美にしたり大袈裟にしたりはしていません。でも"文字浮かせの魔法"で一文を消してしまいました。
そうしたら、あなたには貴族の血が流れていることになると思って…………」
ユマは続ける。
「私は……本当に愚かでした。あなたも、その方が喜んでくれるとばかりに考えていたんです。"没落貴族"と言うだけで生活は心配でしょうし、あなたは会いに行って家族を救われるだろうと。
会ってたとえ何かが判明しても、その時には書類の不備は些細なことになっている……って──浅はかでした。恐ろしいことをしていると気付けませんでした」
彼女の瞳には涙が浮かんだ。
「あなたが"貴族だから会いたくない"と思うなんて私は思いもかけなかったんです。本当に……ごめんなさい。
私は…………多くを間違えました」
彼女はそこでゆっくりと近づいて来て、僕に両手で抱くように持っていた書類を差し出した。────僕が捨てたあの身上調査書だった。
「どうか ご家族に会いに行って下さい。私のせいでこの機会が失われてしまったら、死んでも死に切れません。お願い致します」
彼女は差し出した姿勢のままでそう言い、また頭を深く下げた。僕は書類を受けとって
「ユマ……」
と呼びかけたものの、かける言葉は見つからなかった。
ユマは姿勢を戻すと僕を見上げていった。
「だけど これだけは間違いではないんです。同情や恩義でもありません。────私はあなたを愛していました」
彼女のアンバーブラウンの輝く瞳は真っ直ぐで、何もかもを射抜くようだった。
「あなたを愛していました」
もう一度繰り返すと ユマは踵を返して部屋を出て行った。
彼女は振り返らなかったし 返事も求めなかった。
どうすることも出来ずにどうしたら良いかも分からずに、僕は手の中にある書類に視線を落とした。
"…………×××28年より
イルゲルブ地方ヤードン村82番地区在住
イルゲルブ男爵邸 使用人として家族3名同居"
使用人として家族3名同居
それは確かに朝には 無かった文字がだった。
あの受け付けに来た夫妻と弟は 男爵家の使用人なのだ




