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異世界魔法王国の恋と愛たち

平凡顔の婚約者のいる王子が魔城に眠る美女を見つけてしまった。そんな時男は何をすることが正解なのか

掲載日:2026/09/24

英国ヒストリカル文化ベースのオリジナル魔法王国です。

 





 そこには見紛(みまが)うばかりの美しい女性が眠(ねむ)っていた──






 白い肌(はだ)、黄金の波打(なみう)つ髪、ふっくらとした桃色の唇(くちびる)、跳(は)ねてクルリとした長い睫毛(まつげ)──そして女神(めがみ)のような曲線の身体(からだ)。


 100年呪(のろ)われていた魔城が101年目になったので、巣食(すく)っていた魔獣達を倒(たお)し祓(はら)い、一掃(いっそう)した日の夕方であった。


 最後の見回りと向かった 天上(てんじょう)の間(ま)の台座(だいざ)に、その女性(ひと)は水色のドレスを まとって────差し込む夕陽(ゆうひ)の中 確かにいた。



 僕は 眠るその美しい人を真上から 見下ろした。



 一緒に来たはずの従者(じゅうしゃ)や護衛(ごえい)は いつの間にか出て行ってしまった。


 2人だけの空間で輝く美女に顔を近づける。そのまま唇に……


 そこで 止まって身を起こす。

 視線(しせん)は美女に向けたまま 息を吐(は)いた。

 シチュエーションは完璧(かんぺき)だが 自分に問題があった。



 僕には婚約者(こんやくしゃ)がいる。

 しかも挙式(きょしき)は2週間後────



 視線は さまようが、脳内(のうない)でなんとか理性的・現実的な判断(はんだん)をした。そんな自分を褒(ほ)め称(たた)えてやりたい。

 ──美女の肩を叩(たた)いて大声で呼びかけたのだ。


「すみません。……すみません! 起きて下さい!!」


 しかし彼女はピクリともしない。


 ──コレはやはりア(・)レ(・)だ。ア(・)レ(・)が必要なのだ。 美女が眠りから冷めるにはア(・)レ(・)しかないのだろう。


 僕は台座に手をかけて身を かがめた。

  

 大丈夫。まだ既婚者(きこんしゃ)でもない。婚約だって国同士による取り決めのもの。

 3年前に決まったが数回会った程(ほど)で、婚約者と僕には互(たが)いに恋愛感情は無いはずだ。


 再び顔を近づける。近づく。


 仕方(しかた)ないことだ。人助けだ。キスしなければ…………


 そこで止まる。しばし止まって──上半身を起こした。


 昔 弟妹(ていまい)と読んだ童話(どうわ)には、糸車(いとぐるま)がどうだの毒林檎(どくりんご)を食べただの、眠った美女の話はかなりあった。

 ──だけど待てよ。しっかり考えて、美女が起きなくて困(こま)ることって…………あるか? 誰かが損害(そんがい)をこうむるとか世界が滅亡(めつぼう)するとか…………………………無いな。

 何か惜(お)しくはあるが 美女は起きなくても さほどの問題(もんだい)は無い。無いのだ。



 逆(ぎゃく)にコレ、キスをしたらどうなる?



 感情を取(と)っ払(ぱら)って観察(かんさつ)すると、彼女のドレスは100年経(た)っているようには見えないし 生地(きじ)は上等だ。

 何か術(じゅつ)が施(ほどこ)されているとしても、手も荒(あ)れておらず爪は手入れがされている。それなりの地位の可能性(かのうせい)が高い。

 こういう女性に手を出すと責任(せきにん)を負(お)うことになる。ただ"口づけで役立てて良かったです"──では済(す)まない。


 童話のラストだって美女と王子のキスの後、王子がそう言って白馬で去(さ)って行ったら、絵本は女性達に引(ひ)き裂(さ)かれて現存(げんぞん)していなかっただろう……


 しかも婚約者の方は 26番目とは言えヴェルルーラ王国の王女だ。

 ヴェルルーラ王国は絶大(ぜつだい)な魔力を持つ女王リルベラと配下(はいか)の魔女達が治(おさ)める女性上位の珍(めずら)しい文化の国。

 よその女と何かあったら 慰謝料(いしゃりょう)どころか呪(のろ)いでも かけられるかもしれない。


 そこまで思考(しこう)が行きつくと、理性(りせい)を取り戻して良かったと 心底(しんそこ) 思った。


 だがこのまま彼女を眠らせておくのも────スッキリしない。何か良い方法はないものか……



 そこで僕はこの魔城を共(とも)に制圧(せいあつ)したある戦士に思い当たった。


「そこの者! デンを呼べ!」


「はっ!」


 入り口にいた護衛兵(ごえいへい)は すぐさま僕の言ったデ(・)ン(・)を連(つ)れて来た。

 デンは僕を見て


「ウホッ」


 と鳴いた。

 彼はゴリラ系獣人族(じゅうじんぞく)だ。

 言語を話せないが知能(ちのう)が高くこちらの言うことは理解(りかい)できる。腕力(わんりょく)、握力(あくりょく)が敵(てき)の頭を砕(くだ)く程(ほど)に強い。身軽(みがる)で足も速く、信義(しんぎ)に厚く情(じょう)にもろい良い奴だ。

 だが少し……いやかなり、その真っ黒な体毛(たいもう)の体は臭(にお)いも強い。僕はそこまで接近(せっきん)したことは無いが 多分(たぶん) 口は……強烈(きょうれつ)にクサい。

 台座の美女を指差(ゆびさ)して 僕はデンに言った。


「デン! チュー 良し!」


「ウホホホぅッ❤︎」


 デンは喜(よろこ)び 台座に飛び上がらん勢(いきお)いで美女に寄(よ)った。

 途端(とたん)に美女の高い鼻がひくついた。

 デンがその突(つ)き出た丸い口を近づけると──

 美女は両眼(りょうめ)を開き、その青い瞳(ひとみ)がデンを捉(とら)えるや否(いな)や


「ひいぃっ………!!!」


 と台座から転がり降りた。

 それから彼女は整(ととの)った顔を険(けわ)しくして デンにシッシと手振りした。

 僕は慌(あわ)ててデンに


「ありがとう、デン。彼女を起こしてくれて。後で何か礼をするから」


 と伝えて退(さ)がらせた。

 やりとりを見ていた──目覚めた女性(ひと)は


「ねぇ、あなたは王子様ではありませんか?」


 と腰(こし)を揺(ゆ)らしながら近づいて尋(たず)ねてきた。僕は咄嗟(とっさ)に


「いや──下級貴族(かきゅうきぞく)の四男坊(よんなんぼう)だ。獣人族通訳(つうやく)なんだ」


 と嘘(うそ)をついた。

 鎧(よろい)装備一式(そうびいっしき)を着けていたのでバレるかと思ったが、その綺麗(きれい)な──だけの女性は


「あら、そうなの。残念。

 今日はこの城に第一王子が来るっていうからドレスを新調(しんちょう)して"罠(わな)"を張(は)ってたのよ。

 不運(ふうん)なことに あたしは準男爵(じゅんだんしゃく)家の次女なの。こんなに美人に生まれたのに! 勿体(もったい)ないって兄も父も言ってるのよ。だから自分で王太子妃(おうたいしひ)の地位を獲(と)りに来たわけ」


 とベラベラと話し出した。僕はスッカリ呆(あき)れ果(は)てて


「王子はもう帰国したんだ。2週間後には結婚式だし」


 と教えた。


「だから奪(うば)ってやろうってことよ!! なのにゴリラが来るなんて……つまんないわ。

 お兄さんカッコ良いから、キスくらいしてもいいわよ。そ(・)の(・)眼(・)帯(・)は(・)我(・)慢(・)し(・)て(・)あ(・)げ(・)る(・)」


 その物言(ものい)いと内容に 僕はムカっと来た。


「結構(けっこう)だ。さっさとここから出て行ってくれ。──おい、彼女を外に出せ!」


 途端(とたん)に兵士達が10数人駆(か)けて来て、美しいのは寝姿(ねすがた)だけの性格の悪い女を引(ひ)っ張(ぱ)って行く。

 彼女は


「ええ!? 獣人族通訳って結構(けっこう) 偉(えら)いの!? ねぇ、年俸(ねんぽう)を教えて!?」


 と まだ叫(さけ)んでいた。

 僕が うんざりして溜(た)め息(いき)をつくと、聞き慣(な)れた男の笑い声がした。


「"獣人族通訳"とは……よく ごまかせましたね、アルスレード王子。どう見たってあなたは武人(ぶじん)なのに」


 従者であるラダは腹を抱(かか)えている。


「心も頭もスカスカで見栄(みば)えだけの女だった。

 キスしなくて本当に良かったよ。大間違(おおまちが)いをするところだった」


「揺(ゆ)れた気持ちは分かりますよ。あれはオレも1人身(ひとりみ)で酒場なら口説(くど)いていたでしょう。それに……」


 笑いを抑(おさ)えつつ ラダは再び口を開いた。


「挙式なんてものを控(ひか)えてると、かえってああいうのに魅力(みりょく)を感じてしまうものですよ──男なんて」


「その結婚式なんだが………」


 あの絶世(ぜっせい)の悪女からの言葉で、僕には気付かされたこともあったのだ。


「破談(はだん)になるかもしれない」


 ラダの方を見て 自分の左眼(ひだりめ)を覆(おお)っている革製(レザー)の眼帯(がんたい)を叩く。その所作(しょさ)を不思議(ふしぎ)そうに彼は凝視(ぎょうし)した。僕は説明を加(くわ)えた。


「一度も見せたことが無かったんだ、ミュリエルには────この眼帯の下を」


 長年仕(つか)えて来た従者は、瞳を見開(みひら)いただけの反応を示(しめ)した。


「初顔合(はつかおあ)わせの時にはもう眼帯をした状態(じょうたい)で、即(そく) 婚約になったから──気にしていなかった、僕(・)は(・)。

 だがミュリエルは気にしていたかもしれないし、傷のある顔が嫌(いや)かもしれない」


 眼帯の下の左眼は見えてはいるものの 眼の上から斜(なな)め下に火翼竜(ワイバーン)の爪痕(つめあと)がある。火翼竜の火が宿(やど)る爪での怪我(けが)は 治癒魔法(ちゆまほう)でも消せない火傷痕(やけどこん)となるのだ。

 僕は更(さら)に続けた。


「準備のためにミュリエルは本城(ほんじょう)に もう入ってる。帰ったらすぐ…………彼女にこの傷を見せようと思う」


 年上で既(すで)に所帯持(しょたいも)ちのラダは賛同(さんどう)はしなかった。


「傷があったって見て暮らしているうちに夫婦は慣(な)れてくるものです。

 何もこの式 直前に──見せなくても良いのでは?」


 隠(かく)していたとか騙(だま)されたとか、相手が騒(さわ)いだら厄介(やっかい)なことになるかもしれない。

 迷ったが、どうしても──


 "その眼帯は我慢(がまん)してあげる"


 という さっきの毒女の言葉が刺(さ)さった。

 それに何か……外見だけの女性にキスできたらと乗り気になったことに罪悪感(ざいあくかん)も感じた。

 ミュリエルは静かで小柄(こがら)で──平凡(へいぼん)な顔の女性だ。では 彼女は僕の顔をどう思うのか。


 消えぬ竜の爪の火傷痕が顔にある男をどう思うのか。


 突然《とつぜん》 気になり出した──多分、結婚直前だからこそ。






           ◇◾️◇





 リオルナント本城へ────魔城制圧を終えて翌日の夜には帰ってこれた。

 帰り道では兵士達と花も摘(つ)んで、ミュリエルへ贈る花束も用意(ようい)した。


 ゴリラ獣人族達とは途中(とちゅう)の森で別れる。

 彼らの大好きなバナナンを渡して又 共闘(きょうとう)しようと約束(やくそく)した。

 デンもウホウホと喜んで握力(あくりょく)600キロ超えの黒い手をブンブン振っていた。


 暗くなっているのに入城前の城下町では 脇(わき)に並ぶ人々から声をかけられた。


「ご苦労様でございます! 王子様、騎士団様」

「ご帰還(きかん)、ご結婚、誠におめでとうございます!!」

「アルスレード王子様! ご結婚おめでとうございます!」


 もう結婚への言葉も結構(けっこう) 混(ま)じっている。……参(まい)ったな。







 城では両親である国王夫妻が両手を広げて迎えてくれた。


「アルスレード、此度(こたび)の活躍(かつやく)も見事(みごと)であった。しかし武勇(ぶゆう)の功績(こうせき)はもう充分(じゅうぶん)だ。

 そろそろ第一王子としての立場も思い出してくれ。伴侶(はんりょ)となる女性も迎(むか)えるのだから」


 父上はそう言って、視線を自分達の後ろに立つ ほっそりとした王女──ミュリエルに目を向けて言った。

 彼女は記憶にある通り背筋(せすじ)を伸(の)ばしてキッチリと立っていたが、こちらと目を合わせようとはせず 両手の指を前に組んで絡(から)ませている。

 情熱的(じょうねつてき)に出迎えてくれているとはとても思えない。やはり眼帯も外見(がいけん)も不満(ふまん)があったのかも。

 今になって察(さっ)しがつくなんて自分は本当に無骨者(ぶこつもの)だ。


「父上母上、ミュリエル王女と2人で話をしてきたいのですが」


 視界(しかい)の端(はし)で彼女が俯(うつむ)いていた顔を上げたのは分かった。

 両親はヨシヨシと肩を叩いて送ってくれた。

 僕は片手を差し出して そこに乗せられた婚約者の小さな手をとって歩きだしたが……気は重(おも)かった。







 2人で1階の陽(よう)の間(ま)に入った。扉は開けたままに──

 挨拶(あいさつ)やら労(ねぎら)いの言葉やらは簡単(かんたん)に交(か)わして、僕は本題(ほんだい)に入った。


「ミュリエル王女、僕はこの3年……眼帯をした顔しか あなたに見せていなかった。思慮(しりょ)が及(およ)ばず申し訳ありませんでした。

 式を挙(あ)げて婚姻届(こんいんとどけ)に署名(サイン)する前に、あなたは夫となる男の素顔(すがお)を知るべきだと気付きました。それでどうか……見てほしいのです、今──僕の顔を」


 彼女は赤のさし色のある黒茶の瞳を少し丸くした。

 18歳の若い肌には沢山(たくさん)の そばかすが散(ち)っている。小さな口はしっかりと結(むす)ばれていることが多い。赤銅色(しゃくどういろ)の光沢(こうたく)豊かな髪はひっつめてまとめ結(ゆ)われている。

 そこに色気(いろけ)や艶(あで)やかさはない。だが落ち着きと知的(ちてき)さ、素朴(そぼく)な好感(こうかん)は確(たし)かに──以前からあった。


 僕は思い切って眼帯を外(はず)した。

 昨夜(さくや) 自分でも改めて確認したが、左の瞳(め)の上をギザギザと走る痛ましい傷痕(きずあと)がさらされているはずだ。今、彼女の前に。

 ミュリエルの言葉を待つ僕に、彼女は────全(まった)く予想(よそう)していなかった一言(ひとこと)を述(の)べた。


「今(・) 私に傷痕を見せる気を起こされたのは何故(なぜ)ですか?」


 思わず僕は瞳を閉じた。

 彼女はやはり"魔女王(まじょうおう)"と言われる母親の娘だから、何か感じ取れるのか。それとも世の中の女性は皆(みな) 男の不義(ふぎ)にはこうも鋭(するど)いものか。

 僕はただ 事実(じじつ)を話すしか無かった……








「……そのようなことがあったのですね…………」


 姿勢良(しせいよ)く佇(たたず)んでいたミュリエルは僕の──結局(けっきょく)キスはしていないと言う弁明(べんめい)やら謝罪(しゃざい)やらを散々(さんざん)聞いたあと、それだけをポツリと呟(つぶや)いた。

 続く沈黙(ちんもく)の中で 僕は最悪の予想(よそう)を巡(めぐ)らせていた。

 怒(おこ)られるか? 泣かれるか? 破談(はだん)や慰謝料か?

 やはりヴェルルーラの魔女達の呪怨(じゅおん)か?


「───では、こう致(いた)しましょう!!」


 ミュリエルは顔を輝かせて細い指をはじいたが、音は鳴らなかった。なんだか愛らしいような光景(こうけい)でもある。

 しかし僕には余裕(よゆう)が無い。戦々恐々(せんせんきょうきょう)聴き入った。


「私は変化(へんげ)の魔法が得意(とくい)なのです。

 結婚式まで2週間ありますから、何度か2人でお会いしましょう。私はワザと……どんどん醜(みにく)いものに姿を変えますから、それでも────王子にキスをして頂きたいのです!!」


 言った彼女の瞳は赤い色味(いろみ)が強く輝き、活(い)き活(い)きとしていた。そんなミュリエルの顔は初めてだったが──僕はまず話の内容があまり理解(りかい)できないでいた。


 キス? 醜(みにく)くなっていくものへ?


 これが彼女から僕への罰(ばつ)?

 美女にキスしたくなった罪(つみ)の罰には、醜いものにキスしなさいと言うことか?

 しかし実際にあちこちにキスして歩く立場ではないから、変化(へんげ)したミュリエル(じぶん)にしろと──


「あなたの言う通りにしましょう」


 こちらは そう答えるしか無い。

 未来の妻はニッコリと笑顔で うなずいてくれたが、僕にはそれはどこか怖(こわ)いものにしか感じられなかった。






             ◇






 ミュリエルが自室(じしつ)に行くと アルスレード王子からの花が花瓶(かびん)に生けられていた。

 彼女はその花たちを両手で抱(かか)えて花瓶から取り出し、嬉しそうにクルクルと回った。

 茎(くき)についていた花瓶の水がドレスを濡(ぬ)らし汚(よご)す。


 でも彼女は構(かま)わなかった。

 もうすぐ寝間着(ねまき)に変えるし、例(たと)えそうでなくても……構わなかったのだ。


 クルリクルリと花と回る王女を、部屋の壁に備(そな)えつけられている豪奢(ごうしゃ)な楕円形(だえんけい)の全身鏡(ぜんしんかがみ)が映(うつ)していた。

 鏡は一度だけ──怪(あや)しく煌(きら)めいたが ミュリエルは全(まった)く気付いてはいなかった。






           ◇◾️◾️◇






 翌朝のことだった。

 いつも通りに剣技(けんぎ)の朝練指導(あされんしどう)をして戻ってくると、階段に赤毛(あかげ)に黒い瞳の小さな女の子が座っていた。


「お待ちしておりまちた!!」


 僕を見るなりシャンと立ち上がり、ピンと背筋を伸ばすその姿に──


「…………ミュ、ミュリエル王女……???」


 と僕は思わず指を差して尋(たず)ねていた。


「あい!! 本日はこちらでお願い致ちますっ」


 見ため3歳くらいのミュリエル王女は深々(ふかぶか)とお辞儀(じぎ)をした。僕もそろえてお辞儀をしたが、傍目(はため)には滑稽(こっけい)に見えていただろう。


「えーっと、それでは…………」


 ブーツを履(は)いた自分の膝丈程(ひざたけほど)の女の子に、いかにしてキスすべきか……とりあえず跪(ひざまず)いてみた。

 視線の合わさるところに来たからか 黒い瞳の幼児(ようじ)は少し困(こま)ったように


「お…お口以外でお願いちますっ」


 と言ったものだから──僕は笑(え)みが こぼれてしまった。


「了解(りょうかい)致しました、ミュリエル王女」


 そして 僕はその小さな赤い頭の天辺(てっぺん)に口づけた。









 1日置いて2回目は午後のお茶の時間の頃だった。

 その庭園(ていえん)に 場違(ばちが)いな平民姿の若い女が現れた。


「アルスレード王子、本日はこちらでよろしくお願い致します」


 姿はまさに城下のどこかにはいる娘という風体(ふうてい)だったが──足の運びや背筋、お辞儀と言い方で分かった。


「了解しました。ミュリエル王女」


 僕はその平民姿の娘の額(ひたい)にキスをした。








 3回目は貧(まず)しい汚(よご)れた身なりの中年女だった。

 そろそろ僕も気付き始める。

 なるほど、どんどん醜(みにく)くなるとはこういうことか……

 けれども不思議(ふしぎ)なことに、それほどにはこの罰を辛(つら)くは感じない自分がいた。

 次は何が出てくるのだろうと面白(おもしろ)さすらあった。





 ◇◾️◾️◾️◇






 ミュリエルの姿のままで、2人で出歩いたり式の打ち合わせもした。

 そして魔城奪還(だっかん)の祝勝(しゅくしょう)舞踏会(ダンスパーティ)の日は、当然 国王夫妻や弟王子達と共に僕とミュリエルも出席していた────



「結婚祝賀会(けっこんしゅくがかい)では あなた達がトップで踊りなさいな」


 国王夫妻が主催(ホスト)として踊(おど)ってきたダンスから戻ってきた時に、王妃はミュリエルと僕にそう声をかけてくれた。

 僕は陽気(ようき)に うなずいたが、ミュリエルは表情が固くて……なんだか青ざめてさえいる。

 席は隣同士だ。彼女に少し砕(くだ)けた口調(くちょう)で尋ねてみた。親しくはなってきているし式も近づいているのだから。


「大丈夫かい、ミュリエル? ダンスが苦手ならそう教えてくれ。まだ変更(へんこう)だってできるよ」


 ミュリエルは首を振って 小声でだが説明(せつめい)してくれた。


「ダンスは好きです。ですが……あの……」


 彼女は言いづらそうに言葉を切ったが 僕は続きを待った。


「私とアルスレード王子とは身長も歩幅(ほはば)も違(ちが)います。きっと……合いません。

 なるべくヒールの高い靴を履(は)くつもりですが、それで転倒(てんとう)したら…………あなたも巻(ま)き添(ぞ)えにしてしまうかもしれません。それが 怖(こわ)いです」


 彼女の瞳(ひとみ)は暗く沈(しず)んでとても悲しそうに見えた。

 見知らぬ土地に来て、始まりとなる大舞台(だいぶたい)で失態(しったい)をしたらとプレッシャーなのだろう。


「分かった。──それならやってみよう。本番の前の練習だ」


 僕は彼女の手を取って立ち上がった。ミュリエルは 戸惑(とまど)いながらもついて来てくれた。


 フロアにエスコートしながら 僕は強引(ごういん)だったかと反省(はんせい)した。


「無理(むり)に連れ出してすまない。実際に踊ってみないと分からないと思ったんだ。だが気が乗らなければ、すぐに抜(ぬ)けよう」


 ポルカの曲が始まる。ミュリエルは


「いいえ、大丈夫です。今日あなたと踊れると思っていなかったので その……驚いたんです」


 と頬(ほお)を赤らめて言った。

 ミュリエルはダンスがとても上手だった。

 彼女はオルゴール人形のようにクルクルとよく回った。タイミングがズレることもあったが、大体(だいたい)が僕が歩幅を狭(せば)めれば改善(かいぜん)できた。

 3曲目のワルツのラストで 僕達はピタリと息を合わせて終えることができた。2人の合わせていた手に同時に力がこもり、目が合う。


「今のは良い感じだった!」

「私、"できた"って思いました……!」


 感想を述べ合って2人でフロアを出た。

 通常(つうじょう)は男女が続けて踊るだけでも不適切(ふてきせつ)とされる。僕らは婚約者同士で結婚間近(まじか)でも、もう終わらなければならなかった。

 ミュリエルも息が上がっているようだったので、飲み物を取って庭へと彼女を誘(いざな)う。

 そこには数組のカップルがいるようだが静かだった。

 月の無い夜に 窓からの明かりだけが照(て)らしている────


「ありがとうございました、王子」


 彼女は僕から受け取ったスパークリングワインを勢(いきお)いよく飲んだが、やはり背筋はピンと伸ばして姿勢よくお辞儀をして礼を言った。


「どういたしまして。不安が少しでも解消されれば何よりだ」


 僕もやはりお辞儀をして、それからワインを喉(のど)に流し込んだ。

 ミュリエルはその間に指を動かして空中に陣(じん)を描(えが)き、瞳を閉じて何やら呪文(じゅもん)を唱(とな)えていた。


 ポンッ 


 と小さな音と共にミュリエルの姿は若い男へと変わった。

 だが、いつもとは違って装(よそお)いがミュリエルのドレスのままだ。

 赤の入り混(ま)じる瞳をキョロキョロさせてその男は


「失敗してしまったわ……! お酒のせいかも……!」


 とミュリエルの声で慌(あわ)てふためいた。

 僕は何もかもが可笑(おか)しくなって笑い出した。

 そして困(こま)り果(は)てているその男の頬(ほお)に、笑いながらもキスをした。 






          ◇◾️◆◆◾️◇






 5回目ともなると いよいよギョッとするものが現れた。殴(なぐ)られたように腫(は)れ上がった顔の女だ。

 一瞬(いっしゅん) 医者を呼ぼうとしてしまいそうになったが、背筋の伸ばし具合(ぐあい)や潰(つぶ)れているとはいえ瞳(ひとみ)の色で、僕はミュリエルだと見抜(みぬ)けた。


「王子、本日は こちらでよろしくお願い致します」


 もう結婚式は3日後に迫(せま)っていた。

 彼女は紫の肌(はだ)を垂(た)れ下げてお辞儀をする。僕はお辞儀は忘れて、魔法のかかった彼女の風貌(ふうぼう)を まじまじと見ていた。


「よくできているものだなぁ。────何にでも見た目を変えられるなら、僕も変えてもらえたら……この顔の傷(きず)も無くせるんだろうか」


 何気なく呟いたつもりの言葉だった。

 だがミュリエルは、腫れて膨(ふく)れ上がった肉が被(かぶ)さる瞳を こちらに真(ま)っ直(す)ぐに向けて言った。


「馬鹿(ばか)なことを仰(おっしゃ)らないで下さい! あなたは完璧(かんぺき)です!

 顔の傷は武勇(ぶゆう)の証(あかし)で恥(は)じることも隠すことも無い。それが あなたなのですから」


 それは揺(ゆ)らぐことのない本心(ほんしん)の響(ひび)きを感じさせた。

 言ってくれたボコボコに顔の腫れた女性を 僕は見つめる。

 酷(ひど)い外見だけれど、何故(なぜ)だかそこに……確(たし)かにあの黒茶と赤の瞳のミュリエルが みえる気がした。

 僕は


「ありがとう」


 と告(つ)げると肩を抱き寄せて鼻頭(はなかしら)にキスをした。僕は──ミュリエルにキスをした。







 ◇◾️◆◾️◆◾️◇






 リオルナント王国アルスレード第1王子とヴェルルーラ王国ミュリエル第26王女の婚礼(こんれい)の日はやってきた。



 空は晴れ渡り 幸福の青い鳥が放(はな)たれ、ファンファーレが鳴り響く。

 貴族達は城内の聖堂に参列(さんれつ)し 城外にもぐるりと民衆達(みんしゅうたち)が祝いに集(つど)っていた。



 ミュリエルは朝早くから身体(からだ)を洗いお化粧をし、純白(じゅんぱく)のウェディングドレスに身を包(つつ)んでいた。

 彼女は部屋にある大きな全身鏡に何度も何度も自分の姿を映(うつ)して確認する。


「王女様、素敵(すてき)ですよ」

「とても愛らしい花嫁様でございます」


 メイド達はニコニコと褒(ほ)めてくれる。ミュリエルはその言葉にすがりつきたくなった。

 今日、あの方の隣に立つことに心臓(しんぞう)が破裂(はれつ)しそうだった。

 自分自身に大丈夫だと言い聞かせる。

 何もかも最高級をまとっている。それに 2週間かけて彼には……

 ミュリエルが思いを巡(めぐ)らせていた その時だった──


 鏡の中のミュリエルも背景(はいけい)もグニャリと曲がり、そこから声がした。


『ミュリエル、あなたは私との約束を破(やぶ)って結婚前に魔法を使った。とても残念(ざんねん)だけれど……罰を与(あた)えなくてはいけないわね』


 鏡の中に黒髪の妖艶(ようえん)な美女が現れた。豊満(ほうまん)な胸に長く細(ほそ)い脚(あし)。その大きな瞳(ひとみ)が火のように光る。


「お母様…………!!!」


 ミュリエルの叫(さけ)びと共に鏡は強い赤い光を放った。光を浴(あ)びたミュリエルは顔を覆(おお)う。

 お付きのメイド達はバタバタとその場に倒(たお)れた。

 次にミュリエルが目を開いたとき──視界に入った腕は骨(ほね)と皮(かわ)ばかりになっていた。背筋をシャンと伸(の)ばそうとするが、腰(こし)が曲がっていて伸ばせない。


 まさか……


 と皺々(しわしわ)の手を顔に伸ばすと、そこにも皺(しわ)とコケた頬(ほお)があった。


『あなたには罰として呪いをかけたわ。100歳の老婆(ろうば)になる呪い。愛する人から愛を込めたキスをしてもらえなければ、解(と)けない呪いよ』


 次の瞬間(しゅんかん)、城中に──どころか城外にまで ミュリエルの絶望(ぜつぼう)の悲鳴(ひめい)は響き渡った。





 ◇





 異変(いへん)が起こったのはミュリエルの眼前(がんぜん)の鏡だけではなかったのだ。リオルナント城の全(すべ)ての鏡と 来客達の手鏡(てかがみ)からまで 赤い光は放たれた。それは城外の民衆にも起こっていた。


 正装(せいそう)をしたアルスレード王子と国王夫妻がいる聖堂(せいどう)に至(いた)っては、なんと立ち並ぶ窓のステンドグラスが鏡のように煌(きら)めいて、そしてウェディングドレス姿の老婆を映し出していた。


『酷(ひど)いわ、お母様!!』


 老婆の発(はっ)した声にアルスレードは驚愕(きょうがく)する。


「ミュ……ミュリエル……!!?」


 彼は問(と)うように呟いた。


『私は"自分を美しく見せる魔法"は使っていない! 本当は使いたかったけれど……そ(・)れ(・)はお母様に禁じられたから』


『何故(なぜ)使いたかったの……? どうして自分を偽(いつわ)って嫁(とつ)ごうとしたの?』


 魔女王リルベラの声が響(ひび)く。


『お母様は知っているでしょう? 私にとってアルスレード王子は憧(あこが)れの方よ。

 5年前に彼がゴリラ獣人族の赤子を守るために顔に深い傷を負ったと聞いて──私は素晴(すば)らしいと思った。騎士(きし)の中の騎士、漢(おとこ)の中の漢だと。

 いつか彼のような男性の花嫁になれたらどんなに幸せだろうって……』


 ミュリエルは その老体(ろうたい)をフラつかせながらも話しを続ける。


『でも駄目(だめ)だった。国の──お母様の力で婚約者にはなれたけれど、私は……私は…全然(ぜんぜん) 駄目だった』


『あなたの何が駄目だったと思っていたの……?』


 アルスレードもステンドグラスに映るミュリエルを凝視(ぎょうし)する。


『私はお母様みたいに魔力が強くは無い。だけど彼のためとなる王太子妃(おうたいしひ)になろうと学習し練習を重(かさ)ねたわ。

 彼にふさわしい妻であるためにマナーもダンスもピアノもヴァイオリンも乗馬も言語も身につけたし、領地管理(りょうちかんり)や農地耕作(のうちこうさく)、灌漑用水路(かんがいようすいろ)について──それに地政学(ちせいがく)、算術(さんじゅつ)、帳簿付(ちょうぼづ)け、チェスやダーツ、カードゲームまで習得(しゅうとく)した。

 これからだってリオルナントに役立つ妃(きさき)であるために、自(みずか)ら望(のぞ)んで努力する覚悟(かくご)です………!』


 国王夫妻から感嘆(かんたん)の息が聞こえた。しかしミュリエル自身は首を横に激(はげ)しく振(ふ)る。


『だけど……だけどだけど、それでも私は全然 駄目だった…………!!!!』


 何が駄目なのか……


 アルスレードも民衆達も首を伸ばして窓や鏡を見つめる。

 老婆のミュリエルはとても苦しそうに顔を歪(ゆが)め、何故(なぜ)分からないのかというように拳(こぶし)を振(ふ)った。そして言葉を振り絞(しぼ)った。


『私はチビで脚(あし)が短くて髪の色も顔も地味(じみ)だわ!! 胸(むね)なんかペッタンコ!!!!』


 その嘆(なげ)きの叫びはリオルナント全土(ぜんど)に届(とど)くかのようだった。


『脚を長くしたいけど そもそも背が伸びないの。ミルクを浴(あ)びるほど飲んでも無駄(むだ)だった。

 鶏胸肉(とりむねにく)をいくら食べても胸も出てこない! そういう体操(たいそう)やマッサージをしても ちっとも効果(こうか)なんて無かった!

 何よりも小さな目、この、この目……! パッチリした大きな瞳(め)に生まれたかったって……どれほど願ったか……』


 聖堂内の女性達からも、城外の女性達からも同情の溜(た)め息が重(かさ)なった。


『お化粧で一生懸命(いっしょうけんめい)そばかすも消してる。コルセットには詰(つ)め物もしてる!

 瞳を大きく見せたくて研究まがいのことだって。だけど結局(けっきょく)、どんな化粧品達も…………時間が経(た)てば崩(くず)れてしまうのよ! 使えば使った分、ひどい有様(ありさま)に…………っ!!』


 ミュリエルの訴えに女性はうなずき、男性も悲壮(ひそう)だ。


『髪を染(そ)めようとしたけれど、傷(いた)んでボサボサになるばかり。

 瞳の色に至っては変えようが無い。

 だからせめて……せめて痩(や)せてウェストを細くしたの。そうしたらいくらかは……胸が出ている気がするから。

 ────駄目な私は……変われないけれど』


 腰を曲げた老婆は下を向く。

 あちこちからは鼻をすするような音が混(ま)じりだした。王妃もハンカチを取り出す。

 顔を上げたミュリエルは再び語(かた)りだした。


『私は3年間私に出来(でき)る最高の姿で彼の前に立っていた。でも……彼の心はやっぱり……私には向かなかったの』


 その言葉にアルスレードは衝撃(しょうげき)を受けた。

 確かにそれは事実(じじつ)だった。衝撃なのは、それをミュリエルがこんなにもハッキリと分かっていたことだった。

 ────あぁ、そうか……分からないはずもない。

 式の2週間前に花婿(はなむこ)は他の女性にキスしたくなっていたのだから──しかも馬鹿なことに それを打ち明けてしまった。


『この先もあの方の愛がもらえるとは思っていません。それはいいの。伴侶(はんりょ)として彼の隣(となり)に立てることが──立ち続けられることが とても幸せだから』


 とても寂しいけれど


『私が愛していくから』


 その言葉は切なく──静けさの中に染(し)み渡(わた)る


『では あなたがこの2週間したことは何だったの?』


 リルベラの質問は続く。


『…………望(のぞ)んだの………少しだけ。ほんの少しだけよ』


 滲(にじ)んでいた涙が溢(あふ)れて くぼんだ頬(ほお)を伝(つた)う。

 辺(あた)りは水を打(う)ったように静かだ。


『今日の式では……花嫁姿の自分はいつもよりずっっと綺麗(きれい)にみえて欲(ほ)しいと……心から願ったわ……。

 彼の記憶(きおく)にそんなふうに残りたい……って。

 だから魔法を使った。でも美しくなる魔法なんかじゃなかった』


 ギュッと瞑(つむ)った両眼(りょうめ)からは涙が後から後から流れ落ちる。


『どうして分かってくれなかったの? お母様。私はそう望むことも許されなかったの………?』


 ミュリエルの前で鏡に映る魔女王は思案(しあん)していたが、やがて重(おも)く口を開いた。


『…………確かに、厳(きび)しすぎる罰をあなたに与えてしまったのかもしれない。…………ごめんなさいミュリエル。私の魔法は強力すぎて、かけてからは私でも解くことはできないの。

 その魔法を解くことができるのは、あなたの愛する人からの愛のこもったキス──それだけなのよ』


 それはミュリエルにとっては 全(まった)く救(すく)いのない言葉だった。

 100歳の老婆はウェディングドレスと共に崩(くず)れ落ち、伏(ふ)して むせび泣いた。







 ◇






「花嫁の準備の部屋は!!!?」


 花婿に知らせてはいけない通例(つうれい)になっていたので、アルスレードは周囲(しゅうい)に尋(たず)ねた。それはほとんど怒号(どごう)に近い。


「……み、緑の間です。3階の」


 返された答えにアルスレードは走り出す。その背に甲高(かんだか)い声がかかった。


「お待ちなさい!! 緑の間なら庭を突(つ)っ切(き)った方が速いわ! こっちの扉(とびら)よ!!」


 立ち上がった王妃が 彼が向かう方向とは反対の扉を指差(ゆびさ)している。


「ありがとうございます母上!!」


 母親はうなずいて息子に叫んだ。


「あなたにしかできないことを して来なさいな!──彼女のような妃を取り逃がしたら、大馬鹿(おおばか)ですよ!!」


 息子も母親の前を通り過ぎながら言った。


「僕もそう思ってます!!」

 

 参列兵達は王子の向かう扉を両脇(りょうわき)から開ける。礼装(れいそう)の彼は白いマントを翻(ひるがえ)して駆(か)け抜(ぬ)けた。


 ヴェルルーラ王国からミュリエルに付(つ)き添(そ)って来た6人の高位魔女(こういまじょ)達は、顔を見合わせて──使い魔の黒鳥と紫蝶を飛ばした。彼らはアルスレード王子の後を追って飛んだ。

 さらに魔女達は魔力を合わせて聖堂の天窓(てんまど)と城壁(じょうへき)に、それぞれ王子を追う使い魔からのビジョンを映(うつ)し出した。


 国王夫妻、臣下兵士達、貴族達、民衆が映し出されたアルスレード王子の背中(せなか)を食(く)い入(い)るように見つめる。






             ◆





 大広間(おおひろま) 横の庭を突っ切っる時、アルスレードはダンスをした時のミュリエルを思い返した。




 何故(なぜ)気づかなかったんだろう、僕は……


 彼女は ずっと伝えてくれていたのに



 あのダンスのことも──ミュリエルは自分の評判(ひょうばん)や失敗を怖(こわ)がったんじゃない

 僕(・)の(・)恥(はじ)になることを恐(おそ)れたんだ



 渡(わた)り廊下(ろうか)に駆け込み そのまま進むと、庭を眺(なが)められるティータイム用のテーブルと椅子が置かれていた。

 平民の服装や貧相(ひんそう)な身なりになりながらも、真っ直ぐ背筋を伸ばして凛(りん)として歩いてくる彼女の姿が浮(う)かぶ。



 城内に入り上に行く階段に向かう──

 階段で座っていた赤毛の 小さな少女を思い出す。




 舞踏会(ぶとうかい)で酔(よ)いが回った時以外────

 彼女はいつも"お願いします"と僕にキスを頼(・)ん(・)で(・)い(・)た(・)。


 腫れ上がった顔の時でさえも

 そして僕は"ありがとう"とお(・)礼(・)の(・)よ(・)う(・)な(・)キスをした




 ────愚(おろ)かなことをしていた




 婚約者なのに

 妻となる人だ

 伴侶として共に人生を歩む女性(ひと)




 階段を2段飛ばしに上がっている最中(さいちゅう)、アルスレードは眼帯に手を掛けて引きちぎった。投げ捨ててそのまま駆け上がる。




 何を気にして

 何を見ていたんだ

 目の前に明確(めいかく)に それはあったのに  



 会うたびにそらされていた瞳(ひとみ)

 きっちりと整(ととの)えられた身なり

 緊張(きんちょう)して組まれていた両手



 3年前にヴェルルーラ王国の玉座(ぎょくざ)の間(ま)で交(か)わした婚約の儀(ぎ)───あの時 跪(ひざまず)いて口づけた彼女の小さな手は震(ふる)えていた



 

 ……ああ、そうだったのか….………


 顔合わせなどする前からあなたは

 ちゃんと"僕"を見ていてくれたんだ


 





 ◾️






 美人になれることなんてないし

 もう元に戻れることさえもない



 彼のためにもっと綺麗になれていたなら……

 あの人を幸せにできただろうか



 輝く黄金の金髪や吸い込むような青い瞳なら

 誰でも振り返るようなスタイルなら


 あの人の隣にふさわしかったんだろうか




 この自分にできることは全(すべ)てやった


 それでも 愛は 遠くて




 諦(あきら)めて

 得られる幸せに満足するべきだと分かっていた




 ほんの少し欲張(よくば)っただけ


 彼の花嫁になれるこの素晴らしい日に

 あの人が私を 少しでも美しいと感じてくれたなら──

 それは2(・)人(・)に(・)と(・)っ(・)て(・)幸せな日になる……と

 夢見てしまった



 ただ それだけだったのに





 ミュリエルは魔女王リルベラに泣きはらした顔を上げて言った。


「魔法は解けることはないわ、お母様。……100歳の老婆では跡継(あとつ)ぎも望(のぞ)めない。

 この姿を彼に見られたくもないわ。

 ヴェルルーラに私を今すぐ連れて帰って。

 お母様ならそれができるんでしょう?」


 ミュリエルがそうして鏡に手を伸ばすと、黒光りした爪の白い腕が鏡から出た。






 聖堂と城壁では、それを観(み)て悲鳴や怒号で大騒(おおさわ)ぎだ。


「だめよ!! だめ!! 帰らないで!!」

「魔女め! 自分の娘の結婚をぶち壊(こわ)す気か!?」

「その手を取らないで────!!」

「ああ、諦めないで。お願い……!」


 王妃はハンカチを握りしめ、国王も固唾(かたず)を飲(の)んで見入っている。


 ミュリエルの手に黒い爪の手が届(とど)くその時──


「あ! 王子様が来た────────────!!!!」


 母親に抱かれた女の子の声が澄(す)んだ青空に響き渡った。





             ◆





「ミュリエル……………!!」


 アルスレードの声が背後(はいご)に聞こえたが、ミュリエルは振り返りたくなかった。


 彼に今の自分を見て欲しくなんかない

 それがこの人に残る最後の自分の姿だなんて

 こんな残酷(ざんこく)なことがあるだろうか──?


 ああ……でも……


 ミュリエルの右手は母親の手を握(にぎ)った。その手からは何かが流れ込んで来て誘(いざな)う。



 彼のためにできることが まだ私にあるなら


 今の私にあるのなら それは──



 意(い)を決(けっ)してミュリエルは振り返った。

 最愛(さいあい)の人と瞳(め)が合った時に、心は引(ひ)き裂(さ)かれたかのような痛(いた)みに悲鳴を上げる。

 それでも告(つ)げる。告げなくては


「アルスレード王子、私とあなたは結婚できなくなってしまったわ」


 構(かま)わずにアルスレードは緑の間に大股(おおまた)で踏(ふ)み込(こ)んだ。

 ミュリエルはもう背筋を伸ばせず、瞳も白濁(はくだく)している。握った左手は皺(しわ)だらけだ。

 それでも──彼には視(み)えた──彼のミュリエルが。


 彼に左手を取られて彼女は驚(おどろ)いていたが、言葉を続けようとした。


「私達は婚約解…」


 続けさせない──────── !


 彼はミュリエルを抱き寄せて 彼女の唇を塞(ふさ)いだ──自身の唇で


 老婆のミュリエルの瞳が見開く。その黒みが強まり赤い煌(きら)めきが宿(やど)る。

 ミュリエルはポゥッと全身が赤く光り、その光がおさまった────そのとき



 彼女の姿は18歳に戻っていた。







            ◇◆






 ──瞬間、リオルナント城は揺(ゆ)れんばかりの歓声(かんせい)が轟(とどろ)いた!

 中からも外からもだった。

 握(にぎ)っていた拳(こぶし)は振り上げられ 子供達は走り回った。

 人々は拍手(はくしゅ)を贈(おく)り 女性達はほとんどが泣いていた。


 ラダは大きく息をついた。隣の泣き笑いしている妻と彼は抱擁(ほうよう)し、しっかりと抱(だ)き締(し)める。

 王妃はハンカチを投げて悲鳴を上げて喜び


「ああ……疲れたわ。あの子ときたら剣以外はとんだ朴念仁(ぼくねんじん)だったのね。全(まった)く、誰に似(に)たのかしら」


 と国王をチラリと見た。国王は黙(だま)って丸い下腹(したはら)を撫(な)で、頭をかいた。


 ヴェルルーラの魔女達とリオルナントの魔導士達は魔法を絡(から)めて空に放つ。祝いの2色花火が打ち上がった。

 それは次から次へと続いた──





 ◆◇





「……信じられないわ。アルスレード王子……本当に、本当にありがとう」


 僕の腕の中でその人は瞳(ひとみ)を輝かせて言ったけれど、僕は首を横に振った。


「助けに来たんじゃない。あなたにキスしたかったから来たんだ────愛(いと)しい人に」


 そうして 又泣きそうな花嫁に再び口づけた。さっきと同じように愛を込めて。愛する人に。

 ミュリエルの瞳には涙が光る。僕はもう彼女に泣いて欲しくなくて、その瞼(まぶた)にもキスを降(ふ)らせた。

 そんな僕らに 鏡の中からの声が届いた。


『もう! 手を繋(つな)いでいたから、こっちまで影響(えいきょう)を受けてしまったわ……!』


 2人で壁の全身鏡を見ると、でっぷりと太って背の低い化粧の濃(こ)いオバサンが、自分の身体(からだ)をあちこち触(さわ)りながらブツブツと文句(もんく)を言っている。


「お母様…………!」


 ミュリエルに呼ばれるとそのオバサンはビクリとして


『アラ、いやだ。まだ映されていたのね』


 と言ってこちらを見ると


『外見なんてね、どうにでもなるのよ!!!』


 と叫んでから消えた。後は普通の鏡に戻っていた。

 ミュリエルは真剣(しんけん)に


「私、歳(とし)をとったら皺(しわ)だらけだけじゃなくて、でっぷりと太ってしまうのかも……」


 と言ったので、僕は


「僕もその頃には間違(まちが)いなく下腹(したはら)が出てるよ、きっと」


 と言って頭をかいた。

 2人の周りを 黒い小さな鳥と蝶は楽しそうに旋回(せんかい)している。


 僕達は笑って────


 笑ってからまたキスをした。


 さあ、式も始めて 永遠(えいえん)を誓うキスもしよう。







 僕はあの魔城での選択(せんたく)を誤らなくて本当に良かったと……心から思った。


 あの時デンを呼んで正解だった。






 キスは愛する人とするものだ





 そして








 眠る見知らぬ美女には────────ゴリラを!!!!!













お読み頂きまして誠にありがとうございました。<(_ _)>

本作は清坂 正吾様主催『ゴリラパーティー』個人企画の出品作品でもあります。


もう、自作の中で1番泣いて書いた作品となりました。ʕTᴥTʔ

後半のミュリエルの心情が辛い……..箱ティッシュを持ち歩いて書いていました。

3年間会う度に彼女は彼の前で目一杯おめかしして立ってたんだよなぁと思うともう……°(ಗдಗ。)°アルスレードのアホ。アホンダラ。

結婚式には花嫁さんは、そりゃ、花婿に綺麗と思ってほしいよぉ……悪くないよぉ……母ちゃんひどいよー


ミュリエルはこの後、アルスレードや国王夫妻やラダやリオルナント国民が、たくさん甘やかしてくれるはずです!

小柄なしっかりした努力家さんが、頑張りましたっ

結婚式&祝賀会めちゃんこ盛り上がったことでしょう・:*+.


小さな赤毛の女の子が階段に座って待っている場面がなんだか好きでした。

アルスレードは顔に傷が出来る前は美形枠だったはずです。でも、ミュリエルは顔に傷を負ったから彼に惹かれたという……しかも、傷だろうが眼帯だろうがツボだったんですよね。

──分かりますともミュリエル!戦闘系イケメンの傷・眼帯は勲章⭐︎だ!!ʕ^ᴥ^ʔ


そんなこんなで、キャラクターに愛を込めて、泣きながらも楽しく書かせて頂きました。このような機会を清坂 正吾様 誠にありがとうございました。m(_ _)m

ゴリラワード、きらめいていることを祈ります。˚✧₊⁎ʕ•ᴥ•ʔ




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― 新着の感想 ―
軽快なゴリラブコメと思って読み始めたのに、 知らないうちに遠いところまで連れてこられたような気がしました。 泣きながらお書きになったのが分かる気がします。 場面が目に浮かぶような気がして、 ついつい…
ゴリラが出た時点で遠い目になってしまった・・・。
美女に傾きかけたのをゴリラで解決! ……からの「愛するとは何か? 愛されるとはどういうことか?」を問う物語に深く感動させられました。 絶世の美女でなくとも、好きな人の前では綺麗でありたい。懸命に努力し…
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