06 正しい魔道士
翌朝、二日酔いの頭で師長室に出向くと、ユマが事務員の後輩に指導していた。
「提出書類の間違いはわざわざ書き直す必要はないの。"文字浮かせの魔法"が用紙に正しくかけられれば、誤字を呼べば剥がれて浮いてきてくれるのよ」
"文字浮かせの魔法"は基礎魔法と呼ばれるもので、大抵の魔法使いは習得している。これが発展させられれば空間に魔法詠唱を描いて、立体魔法陣を創ることにも繋がる。
「へぇー!あの魔法ってこういう使い方もできるんですね!初めて知りました!」
魔法学校を出たばかりの16才のハミルは感心してきいている。
「勿論 推奨されてる方法じゃないわよ。だけど提出書類は山ほどあるし、国王様に訂正線ばかりの書類は見せられないし、紙は貴重だから。──結局、魔法省だと誤字訂正に みんなやっていることなの」
その通りだった。僕はまだ頭が痛くて気分も悪かったから、挨拶もせずに2人の前を通り過ぎた。
ユマは
「おはようございます、カルヴァン様。王室特例印の書類を持ってきてあります。是非ご覧下さい」
と今朝も元気に話しかけて来た。──頭に響く。
「おはようございます、カルヴァン様」
ハミルはおずおずと小声で挨拶した。頭を抑えてた僕が不機嫌そうにしているからだろう。
「おはよう、ユマ。ハミル」
声は出したが顔は机の書類に向いていた。王室特例印入りのものは即時重要案件として扱わなければならない。手に取ってなんだろうと目を走らせる。そして──
「………………クソッ」
と思わず声が出たので、ユマとハミルはびっくりしてこちらを見ていた。
書類は僕の家族の身上調査書だった。
ロドルフ国王陛下がこれも用意しておいたのだろう。もう……本気であの人を殺す準備を始めよう。
身上調査書を見ても──こちらの予想通りだった。
ドルトン王国の外れ──辺境地帯の没落貴族らしい。
住所と屋敷の外観が絵で描かれているが、それなりの大きさはありそうだった。
息子が1人────僕には4歳下の弟がいるようだ。
一体いつ没落したのか──没落したから僕を売ったのか、僕を売ったお金を得ても尚 浪費して没落したのか。
弟はどんなヤツなのか──きっとわがままで贅沢者だ。1人で甘やかされて、1人で可愛がられて、あの人達に……
昨日受付で見た夫婦の姿が思い出される。
一見優しそうで身なりだけは良くして、会えた喜びに瞳を輝かせていた。
だが彼らは僕を愛してなどいない。
彼らの愛情は弟に向かい、僕は忘れ去られたんだ。
どうせ金目当てか何かだ。
魔道師長になったから会いに来た。もしくは王の呼びかけがあったから。
奴隷の小さな子供には助けに来なかった。
22年間──22年間、探してもいなかった。
その事実が押し寄せてくる。
苦いものが込み上がってきて吐き気すらした。
口元を抑えると、ユマが
「あの……大丈夫ですか」
と心配そうに聞いてきた。
「……昨晩 陛下と飲んだんだ。飲み過ぎたみたいだ。……午前は休ませてくれ。午後は予定通り孤児達のいる教会に向かう」
告げて僕は調査書をゴミ箱に入れた。その所作に驚いてユマはゴミ箱を見つめていた。
僕はハミルに
「ハミル、図書室から古代魔法書を借りて来ておいてくれ。必要な禁呪がある」
と命じて部屋を出た。
自室に戻る廊下で、朝陽を浴びながら紫水晶のペンダントはキラキラと輝いて揺れた。
だがその光はどこか妖しい。
────なんだよ? いいだろう? 本人が望んでいるのだから。
愛のためなのかどうかは もう どうでも良くなっていた。
国王の命令に従うだけだ
充分 "正しい宮廷魔道師長"────じゃないか




