04 偽りの言葉たち
"お前を愛しているよ"
"あなたを愛しているわ"
何故そんな言葉を僕にかけていたのだろう
今は腹立たしくてならない
あたりまえのように
最上級の呪文のごとく響いて
その耳に残る言葉を────
幼い僕は 信じていた
あの父親と思われる人がお金を受け取っている場面を見ていても、あの頃はその意味にも全く気付けずにいた
それに関係なかったんだ──
僕は "愛している"を 信じていた
小さくて
とても敵わなくて
蛮族の男達に踏みつけられて投げ飛ばされても
先の分からない恐怖と
明日息絶えるかもしれない苦しさと飢えの中でも
僕は ひたすらに 信じていたんだ
自分は "愛されている子供なんだ" と───
だから助けてくれると待っていた
助けが来ると期待していた
助けがあるはずだと希望を持っていた
だって 僕を愛してくれているんだ
必要として
探しているはず
いなくなって
心配して
悲しんでいるはずだ
助けはくる
愛してくれている人が来る
僕のためにきっと──
僕を助けに来てくれる人が この世界にきっといる
だから がんばろう
どんなに つらくても
あしたが こわくても
来る日も来る日も
重い手枷と足枷を引きずりながら、荷物を背負わされ掃除をし調理をし 毛布1枚無い冷たい土の上で震えて丸まりながら眠った
月を見て願い
星を見て祈り
雨の夜には念じた
"ぼくは ここにいるよ"
"ぼくを たすけて"
誰かが来てくれて救われる夢をみることもあった
力強い両手で包まれる温もり
朝になれば消えてしまう幻でも
みれれば嬉しくて 泣いていた
繰り返し繰り返し……繰り返し…
何もかもの記憶や思考を 維持する体力も気力も無くなり
夢も見なくなった頃────
痩せ細っていた足から足枷が抜けたのだ。両方ともだった。
夜は足枷は柱に繋げられていたが、それは突然に解かれた。
闇の中を 始めはフラフラとしていただけだった。
おかしなもので……数年ぶりに自由を得ると、本当にここを出て行っていいものかという…奇妙な不安に襲われた。
多分そう……森に入った。
その頃にやっと、駆け出していた。
右も左も上も下も分かっていなかったかもしれない。
でも振り返ることだけはせずに とにかく走った。転がるように走って、転んでも又走って走って………
辺りが明るくなって来た頃、走り続けていた僕の身体は山道に飛び出した。
それが偶然 進行中のドルトン王国正規軍の先頭だった。
僕は兵士達にすぐに取り押さえられたが、風貌や手枷から彼らは僕が蛮族の奴隷となっていた子供だと気付いたのだろう。
すぐに一際大きくて立派な黒馬に乗った甲冑姿の男性が僕の前に来た。
「自力でよくぞここまで逃れてきたな。褒めてつかわす、勇敢な子よ」
それがロドルフ国王陛下だった。
その時の僕には神のように見えた人だった。
助かったのだと思ったし、それが嬉しかった。
なのに僕は……枯れ果てて涙は出なかったけれど
心で泣いていた。
自力で助かったという事実は
助けが来なかったという事実だった
そこで僕は気を失った。その後は丸2日起きなかったらしい。
だが意識が遠のきながら誓っていた。
────ぼくは このかたに つかえて しのう
と。
誰にも必要とされていないのだと嫌というほど分かった自分は、この自らの誓いに……すがりつきたかったのだ。
それだけだった。それしかなくて────
20年経った今──
昨日に引き続いてロドルフ国王は、また僕に会いに部屋に来た。人払いまでして。
そうして
「私を殺してくれないか? その代わりに王妃を助けてくれ。頼む、カルヴァン。我々は主従であると共に親子のようでもあり、そして戦友だろう?」
と僕が"命をかけて仕えると決めた主君"は やはり言う。
果たして この状況をどうしたらいいものか────
「陛下、ナフィー王妃を……愛されているのですね?」
またしても僕が聞くと
「愛してはいない!! 助けたいだけだ!! そう思って死んでいこうとも何も悪くもないだろう!?」
と彼は頑なに否定した。
僕は今まで"愛してる"を信じたことを悔やんできた
僕も"愛している"を今後も否定し続けるだろう
それでも…………分からなくなってきた……
顔を赤らめながらも必死に懇願してくる主君に、それを認めさせることが大切な気がしてきた──どうしてか……ひどく……
どうしてなのかという理由は────僕自身にも分からないとしても




