006 眠れない魔女たちの寝室
風呂、というにはまだ遠い。
湯船に肩まで浸かれるわけでもないし、浴室の床はひび割れたままだ。魔石炉も壊れたまま。排水口も怪しい。
それでも、温かい水で身体を拭けた。
たったそれだけで、灰羽寮の夜は少し変わった。
フィリアはいつもより目を開けていたし、ノエルの周りの冷気も少し弱かった。ミアは湯沸かし装置の改良案を紙いっぱいに描き始め、リゼロッテは何度も浴室の方を振り返っていた。
まるで、そこに本当にお湯があったことを、まだ信じきれていないみたいに。
俺も同じだった。
異世界に来て二日目。
コンビニ夜勤明けの大学生が、魔法学院の落ちこぼれ寮で、桶一杯のぬるま湯を作って喜ばれている。
冷静に考えると、かなり変な状況だ。
ただ、嫌ではなかった。
「ユーマさん、本当にここでいいんですか?」
リゼロッテが心配そうに聞いてきた。
厨房の椅子に毛布を置き、俺のための簡易寝床らしきものを作ろうとしている。
「昨日もここで寝たしな」
「でも、椅子では身体に悪いです」
「それはもう実感してる」
首はまだ痛い。
異世界召喚のダメージより、椅子で寝たダメージのほうが分かりやすく身体に残っている。
リゼロッテは少し考えてから言った。
「でしたら、空いている寝台を使ってください。物置き部屋に古いものがあります」
「古い寝台?」
「はい。少し軋みますけど」
「少し?」
俺が聞き返すと、リゼロッテは目を逸らした。
「……かなり」
「またそれか」
灰羽寮では、少し、という言葉がだいたい信用できない。
俺は苦笑しながら立ち上がった。
「じゃあ、寝台を見せてもらえるか。ついでに、みんなの寝室も少し確認したい」
「寝室を、ですか?」
「ああ。図鑑が寝具の乾燥って出してたし、風呂の次は寝る場所だと思う」
リゼロッテは一瞬だけ戸惑った顔をした。
それから、小さく頷く。
「分かりました。ただ、あまり綺麗ではないので……」
「灰羽寮でその前置きが出ると怖いな」
「すみません」
「謝らなくていい。見ないと分からないし」
俺たちは厨房を出た。
廊下は夜になるとさらに冷える。
窓の隙間から風が入り、壁にかかった古い布がゆらゆら揺れている。床板は歩くたびにきしみ、どこか遠くで水滴が落ちる音がした。
リゼロッテがランプを持って先を歩く。
その火が、細い廊下に小さな光を作っていた。
少し進んだところで、彼女は一つの扉の前に立ち止まった。
「ここが、私たちの寝室です」
扉を開ける。
中を見て、俺はしばらく黙った。
四つの寝台が並んでいた。
いや、寝台と言っていいのか迷う。木の枠に薄い敷物が載っているだけのものもある。毛布はどれも古く、端がほつれていた。
窓は閉まっているはずなのに、カーテンが揺れている。
隙間風だ。
壁の角には黒いカビのようなものが浮き、床には古い布や本、工具、縫いかけの服が置かれている。
空気が湿っていた。
風呂上がりの湿気ではない。
ずっと乾いていない部屋の匂いだ。
「……これは寝室じゃないな」
俺は思わず呟いた。
リゼロッテが少し肩を縮める。
「やっぱり、ひどいですよね」
「いや、怒ってるわけじゃない」
俺は部屋の中に一歩入った。
足元の床がぎし、と鳴る。
「ただ、これは身体を休める場所じゃない。体力を少しずつ削る装置だ」
「装置……」
リゼロッテが困ったように笑った。
でも、笑いきれていない。
俺は順番に寝台を見ていった。
一つ目。
枕元に分厚い本と、召喚術のノートが積まれている。紙には細かい文字がびっしり並び、何度も書き直した跡があった。
たぶん、リゼロッテの寝台だ。
「いつ寝てるんだ、これ」
「寝ています。ちゃんと」
「ちゃんと寝てる人の枕元じゃない」
「少しだけ復習してから眠るので」
「少し?」
「……かなり」
「だろうな」
二つ目の寝台には、工具と金属片が置かれていた。
枕の横に小さなハンマーがある。
寝返りを打ったら普通に危ない。
「これはミアか」
「はい。何度言っても、寝る前に思いついたことを書き留めるので」
「工具を抱えて寝るのか?」
「本人は抱えていないと言っています」
「置いてある時点でだいぶ近い」
三つ目の寝台は、窓際だった。
周囲だけ少し白くなっている。
霜だ。
毛布の端も固くなっていた。
「ノエルのか」
「はい。眠っている間に周りが冷えるので、窓際のほうがいいと本人が」
「いいわけないだろ」
「でも、本人は慣れていると」
リゼロッテの声が小さくなる。
慣れている。
この寮に来てから、何度も聞いた言葉だ。
冷たい水に慣れている。
固いパンに慣れている。
寒い部屋に慣れている。
期待しないことに慣れている。
たぶん、それが一番まずい。
四つ目の寝台には、縫いかけの服が山のように積まれていた。
その隅に、フィリアが座ったまま眠っていた。
「……寝てるな」
「寝ていますね」
フィリアは針と糸を持ったまま、こくりこくりと頭を揺らしている。
危ない。
普通に危ない。
「フィリア、起きろ。針持ったまま寝るな」
「寝てません……」
目を閉じたまま返事が返ってきた。
「その返事で通ると思うな」
俺が針をそっと取り上げると、フィリアはようやく薄く目を開けた。
「あれ……ユーマさん……?」
「おはよう、じゃなくて、まだ夜だ」
「少しだけ、服を直していました……」
「少し?」
「……たぶん、たくさん」
「正直でよろしい」
俺は縫いかけの服を見る。
ところどころ破れた制服や、ほつれた布。どうやら彼女は、みんなの服を直していたらしい。
「これ、全部フィリアが?」
「はい……ノエルさんの袖と、ミアさんのローブと、リゼロッテさんの手袋と……」
「自分の分は?」
フィリアは少し考えた。
「あとで」
「出たな、あとで」
俺はため息をついた。
フィリアがいつも眠そうな理由が、少し分かった。
単に体質だけじゃない。
夜にこうして、他人の分まで何かをしている。
寝室に問題がある。
布団も湿っている。
それで昼間に起きていろというほうが無理だ。
その時、視界の端に淡い光が浮かんだ。
【生活改善図鑑】
【診断:睡眠環境の悪化】
【主な影響】
・集中力低下
・疲労回復不足
・魔力制御の不安定化
・治癒魔法適性の低下
・召喚術式の精度低下
【推奨改善】
・寝具の乾燥
・窓の隙間風対策
・寝台の補強
・寝室内の整理
俺は文字を見つめた。
やっぱりだ。
彼女たちが落ちこぼれなのは、才能だけの問題じゃない。
眠れていない。
食べられていない。
身体が冷えている。
道具も環境も整っていない。
こんな状態で、魔法だけ上手くやれと言われても難しいに決まっている。
「まず、毛布を乾かそう」
俺が言うと、リゼロッテが目を丸くした。
「今からですか?」
「今から少しだけ試す。全部は無理でも、一枚くらいならできるかもしれない」
「でも、火の魔石は」
「小さい火でいい。燃やしたいわけじゃないからな」
その言葉に、フィリアがぼんやりと反応した。
「毛布が、燃えるんですか……?」
「燃やさない」
「よかったです……燃えると、寝るものがなくなるので……」
「そんな心配を日常的にするな」
俺は寝室の中央にある湿った毛布を一枚持ち上げた。
重い。
水を吸っている。
これをかけて寝たら、身体が休まるどころか余計に冷える。
「リゼロッテ、古い木材か、棒みたいなものはあるか?」
「物置きにあります」
「ミアも呼べるか?」
「たぶん錬金室にいます」
「たぶん爆発してないといいな」
フィリアが小さく手を上げた。
「ノエルさんは、窓の外にいました……」
「何してるんだ?」
「月を見ていました……たぶん」
灰羽寮の夜は自由すぎる。
数分後。
俺たちは寝室の隣にある小さな空き部屋に集まった。
ミアは眠そうな顔ではなく、むしろ目を輝かせていた。
「乾燥装置作るの?」
「装置というほど立派なものじゃない。乾燥棚だ」
「棚!」
「食いつくところそこか?」
「棚っていいよね。何かを並べられる」
「君の部屋に一番必要なものかもしれないな」
ミアは少し目を逸らした。
ノエルは窓際に立っていた。
「私も必要ですか?」
「ああ。湿気をどうにかしたい。強く冷やすんじゃなくて、湿った空気を少しだけ集める感じでできるか?」
「やってみます」
「無理ならすぐ止めていい」
「はい」
材料は多くない。
古い木の棒。
布。
火の魔石の欠片。
壊れた箱。
金属板。
昨日使った保温の知識。
それだけで、簡易乾燥棚を作る。
理屈は単純だ。
下に小さな熱源を置く。
その上に空気の通り道を作る。
毛布を直接火に近づけず、暖かい空気だけを当てる。
湿った空気は上へ逃がす。
ノエルが冷たい板を作り、その近くで湿気を結露させる。
完璧ではない。
でも、濡れたまま放置するよりはずっといい。
俺は木の棒を組んで、簡単な枠を作った。
ミアが金具で固定する。
リゼロッテは火の魔石を小さな台に置き、弱く光らせた。
ノエルは少し離れて、指先に薄い冷気を集めている。
フィリアは毛布を抱えたまま、立った状態で寝そうになっていた。
「フィリア、毛布を落とすなよ」
「落としてません……持っています……」
「目が閉じてる」
「心で見ています……」
「目で見ろ」
リゼロッテが小さく笑った。
灰羽寮の空気が、昨日より少しだけ柔らかい。
作業は順調に見えた。
最初の五分までは。
「ん?」
ミアが鼻を動かした。
「焦げ臭い」
「止めろ!」
俺は慌てて火の魔石から毛布を離した。
毛布の端が、ほんの少し茶色くなっている。
リゼロッテが青ざめた。
「燃えます! 燃えています!」
「まだ燃えてない!」
ミアは真面目な顔で頷いた。
「乾燥と炭化の境目って難しいね」
「炭化は目標じゃない」
「じゃあ、乾燥だけにする」
「最初からそうしてくれ」
火の魔石と毛布が近すぎた。
熱が一点に当たっている。
俺は台の位置を変え、間に金属板を置いた。直接熱が当たらないようにする。さらに布を二重にして、暖かい空気だけが上に流れる形に調整した。
「リゼロッテ、火力はもう少し弱く」
「はい」
「ノエル、上に逃げた湿気を少し冷やせるか?」
「やってみます」
「ミア、枠が倒れないように見てくれ」
「任せて。倒れたらすぐ分かる」
「倒れる前に分かってほしい」
第二回。
今度は焦げない。
毛布の下を、ゆっくり暖かい空気が通っていく。
上のほうでは、ノエルが作った冷たい金属板に小さな水滴がつき始めた。
「おお」
ミアが声を上げる。
「水が出てる」
「湿気が冷えて水になってるんだと思う」
「空気の中に水があるの?」
「ある」
「空気、思ったより中身あるね」
「言い方」
ミアは真剣に頷いていた。
たぶん、新しいおもちゃを見つけた顔だ。
リゼロッテは火の魔石に集中している。
昨日より、火の揺れが少ない。
ノエルの冷気も強すぎない。
フィリアは椅子に座らせた。
座らせたのに、毛布が乾くのをじっと見ている。
眠いはずなのに。
しばらくして、俺は毛布に触れた。
まだ完全ではない。
でも、最初よりずっと軽い。
湿った冷たさが抜けている。
「いけそうだな」
俺は毛布を外し、軽く振った。
フィリアの目が少しだけ輝いた。
「触ってもいいですか……?」
「もちろん」
フィリアは両手で毛布を受け取った。
そして、そのまま顔を埋めた。
「……ふかふかです」
「いや、そこまでふかふかではないと思うけど」
「灰羽寮基準では、ふかふかです」
「基準が低すぎる」
でも、彼女は本当に嬉しそうだった。
目を閉じ、乾いた毛布に頬を寄せている。
風呂の時もそうだった。
温かい、というだけで。
乾いている、というだけで。
それは彼女たちにとって、ちゃんとした喜びになる。
ノエルも近づいてきた。
「触っても?」
「ああ」
彼女は慎重に指先で毛布に触れた。
霜はつかなかった。
少なくとも、すぐには。
ノエルは少し驚いたように、自分の指先を見る。
「凍りにくいです」
「湿気が少ないからかもしれないな。濡れてるものは冷えやすいし、凍りやすい」
「乾いていると、違うんですね」
「たぶん」
「たぶん禁止では?」
「今のは研究中ということで」
ノエルは少しだけ口元を緩めた。
笑った、ような気がした。
リゼロッテはその様子を見ていた。
手元の火の魔石は、まだ淡く光っている。
「私は……」
彼女が小さく呟いた。
「こんなことにも、気づけませんでした」
その声は、毛布よりずっと重かった。
俺は彼女を見た。
リゼロッテは乾いた毛布を抱くフィリアと、静かに指先を見つめるノエルを見ていた。
「お風呂が壊れていることも、寝具が湿っていることも、みんなが眠れていないことも……分かっていたつもりでした。でも、何をすればいいのか、分かりませんでした」
責めているのは俺じゃない。
たぶん、彼女自身だ。
召喚に失敗したこと。
灰羽寮が落ちこぼれと呼ばれていること。
月末考査で結果を出せなければ廃寮になること。
その全部を、彼女は自分の力不足と結びつけているのかもしれない。
「一人で全部気づくのは無理だろ」
俺はそう言った。
リゼロッテが顔を上げる。
「え?」
「この寮、問題が多すぎる。飯、風呂、寝床、窓、厨房、道具。たぶんまだある。そんなの一人で全部見るのは無理だ」
「でも、私は」
「今は気づいた。それでいいんじゃないか」
俺は乾燥棚を指さした。
「それに、火を安定させてるのはリゼロッテだ。俺だけじゃ乾かせなかった」
「それは……」
「できてることまで、なかったことにしなくていい」
リゼロッテは黙った。
青い瞳が、少し揺れている。
ミアが横から明るく言った。
「そうそう。リゼがいなかったら、今ごろ毛布は炭だったよ」
「それは慰めになっていますか?」
「なってるなってる」
「炭にしないために頑張ったんですね、私……」
リゼロッテは困ったように笑った。
少しだけ、肩の力が抜けたように見えた。
その夜、俺たちは乾かせるだけ毛布を乾かした。
全部は無理だった。
火の魔石も弱いし、時間もかかる。
でも、フィリアの毛布と、リゼロッテの毛布。
それからノエルの霜で固くなっていた薄い布を少し。
それだけでも、寝室の空気は変わった。
ミアは乾燥棚に夢中になり、さっそく改良案を書き始めた。
「風を通せばもっと早いよね。風魔石の欠片、どこかにあったかな」
「また錬金室を漁るのか?」
「大丈夫。今度は目的がある」
「目的があっても爆発はするだろ」
「する時はする」
「しない方向で頼む」
ノエルは自分の寝台の位置を少し変えた。
窓から少し離す。
最初は拒んだが、乾いた布を一枚敷いてみると、霜の広がりが少し抑えられた。
フィリアは乾いた毛布に包まって、すぐに眠った。
ただし、今日は針を持っていない。
それだけで十分だ。
リゼロッテは枕元のノートを少し減らした。
全部は片づけなかった。
でも、寝る場所と勉強する場所を少し分けた。
これも一歩だ。
俺は物置きから出してきた古い寝台を見た。
軋む。
かなり軋む。
ただ、床で寝るよりはマシだ。
その時、視界に淡い光が浮かんだ。
【小改善達成:寝具の乾燥】
【灰羽寮 快適度:20 → 26】
【追加診断】
・フィリアの疲労回復効率に改善傾向
・ノエルの周囲冷却範囲に微弱な安定
・リゼロッテの集中力低下要因が一部軽減
・ミアの作業意欲がさらに上昇
【次の推奨改善】
・窓の隙間風対策
・寝台の補強
・寝室内の整理整頓
快適度、二十六。
まだまだ低い。
でも、数字以上に、寝室の雰囲気は変わった。
湿った毛布にくるまって震える場所から、少しだけ眠るための場所になった。
「ユーマさん」
リゼロッテが小さな声で言った。
フィリアとノエルはもう寝ている。
ミアは寝台の上で図面を描いている。寝ろ。
「ありがとうございます」
「今日は何回目だ?」
「すみません」
「謝るところじゃない」
俺は古い寝台に腰を下ろした。
ぎし、と音がした。
すごく不安な音だった。
「明日は窓と寝台だな」
「まだやるんですか?」
「やることだらけだろ」
リゼロッテは少し驚いた顔をしたあと、静かに笑った。
「はい。やることだらけです」
その言い方は、昨日までとは少し違った。
重い現実を前にしているのに、少しだけ前を向いている。
俺はそれを見て、安心した。
その夜、灰羽寮は昨日より少し静かだった。
寒さは残っている。
床も軋む。
窓から風も入る。
でも、寝息が聞こえた。
フィリアの穏やかな寝息。
ミアが図面を抱えたまま寝落ちする音。
ノエルの周りに広がる冷気は、いつもより少しだけ小さい。
リゼロッテは、ノートを閉じてから眠った。
それだけのことが、少し嬉しかった。
翌朝。
俺は古い寝台の軋む音で目を覚ました。
首は昨日より痛くない。
それだけで勝利だ。
厨房へ向かうと、フィリアが椅子に座っていた。
寝ていない。
座って、ちゃんと起きている。
「おはようございます、ユーマさん」
「おはよう。起きてるな」
「はい。今日は、起きています」
彼女は少し誇らしげだった。
その後ろでは、リゼロッテが火の魔石を使って湯を沸かそうとしている。昨日より火が揺れていない。
ノエルは窓際の氷を指先で小さくまとめていた。いつもなら広がっていた霜が、今日は一か所に収まっている。
ミアは寝癖のついた髪で、乾燥棚の改良図を持って走ってきた。
「ユーマ! 思いついた! 風を通せば三倍早い!」
「まず朝飯な」
「朝飯のあとで三倍!」
昨日より少しだけ、みんな動きが軽い。
たぶん劇的な変化ではない。
でも、確かに違う。
食べて、温まって、乾いた毛布で眠った。
それだけで、人は少し戻る。
俺がそう思った時だった。
廊下のほうから、硬い足音が聞こえた。
昨日の管理局の男とは違う。
もっと軽い。
でも、迷いのない足音。
リゼロッテの表情が少し強ばった。
「この時間に、誰か来る予定は?」
「ありません」
扉がノックされた。
灰羽寮の厨房に、全員の視線が集まる。
リゼロッテが立ち上がり、扉を開けた。
そこに立っていたのは、学院本棟の制服を着た女子生徒だった。
背筋が伸びていて、胸元には学生会の徽章がある。金茶色の髪をきっちり結び、手には書類を持っていた。
「リゼロッテ・エーレンベルクさんですね」
「はい」
「学生会より通達です。月末考査に先立ち、本日より各寮の中間確認を行います」
リゼロッテの顔が、はっきり固まった。
ミアが小さく「え」と言う。
ノエルは黙る。
フィリアは目をぱちぱちさせた。
俺は、乾いた毛布を畳みながら思った。
生活を整えるだけで、本当に魔法は変わるのか。
その答えを、思ったより早く見せることになりそうだった。




