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007 落ちこぼれ魔女寮で、何が起きているの?

学生会から来たという女子生徒は、灰羽寮の厨房を見て、ほんの少しだけ眉を動かした。

たぶん、驚いたのだと思う。

理由は分かる。

この寮は古い。寒い。壁にはひびがあり、床はきしむ。王立魔法学院の寮というより、閉店前の古い民宿みたいな雰囲気がある。

けれど、今朝の厨房には湯気があった。

鍋には薄い豆のスープ。

テーブルには昨日より少しまともに切れた野菜。

隅には、俺が作った簡易保温箱。

そして、全員が一応起きている。

灰羽寮基準では、かなり奇跡に近い朝だった。

「学生会、ですか」

リゼロッテの声は硬かった。

女子生徒は姿勢を崩さないまま頷く。

「はい。私は学生会書記補佐、クラリス・ヴァレンシュタインです。本日より、月末考査に先立つ各寮の中間確認を行っています」

クラリス。

金茶色の髪をきっちり後ろで結び、制服も皺ひとつない。胸元の徽章は磨かれていて、靴まで綺麗だった。

この寮の床を歩かせるのが少し申し訳なくなるくらい、整っている。

たぶん、優等生だ。

いや、絶対に優等生だ。

俺のバイト先にもいた。

シフト表を三色ペンで管理するタイプの人間だ。

クラリスは手元の書類に目を落とした。

「灰羽寮は、直近三回の寮別総合評価で最下位。月末考査の結果次第では、寮の統廃合対象となっています」

「……承知しています」

「本日の確認は、処分を決定するものではありません。あくまで現状把握です」

言い方は丁寧だった。

けれど、空気は柔らかくない。

リゼロッテの指先が、少しだけ震えている。

フィリアは椅子に座ったまま、眠そうな目を開けていた。ミアは図面を後ろに隠している。たぶん、見られたらまずい線が書いてあるのだろう。ノエルは窓際に立ち、いつもより少しだけ冷気を抑えている。

俺は厨房の端で、できるだけ目立たないように立っていた。

無理だ。

普通に目立つ。

この世界の服ではなく、コンビニ制服だからだ。

クラリスの視線が、当然のように俺へ向いた。

「そちらの方は?」

来た。

この質問、何回目だ。

昨日からずっと、俺は自分が何者なのかを説明できていない。

異世界召喚されました。

使い魔の代わりに出ました。

魔法は使えません。

料理と掃除と修理なら少しできます。

怪しすぎる。

リゼロッテが一歩前に出た。

「彼は、灰羽寮の臨時管理人です」

昨日より少しだけ、言い方が自然だった。

俺の就職が、リゼロッテの中で定着し始めている。

「臨時管理人?」

クラリスの眉が動く。

「学院の正式な職員名簿にはありませんが」

「灰羽寮内の生活補助です。設備の修繕や厨房の管理を手伝ってもらっています」

「許可は?」

リゼロッテが一瞬止まった。

俺も止まった。

ミアがまた小さく「あ」と言った。

フィリアがぼんやり手を上げる。

「お湯を作ってくれました……」

全員がフィリアを見る。

フィリアは眠そうなまま続けた。

「あと、スープも作ってくれました……毛布も乾かしてくれました……」

「フィリア」

リゼロッテが慌てる。

クラリスは俺を見た。

その目は、さっきより少し鋭い。

「あなたが?」

「まあ、少しだけ」

「魔法設備に触れたのですか?」

「壊れた魔石炉には触ってません。別の簡易装置を作っただけです」

「簡易装置?」

「桶一杯のお湯を作る程度のものです」

クラリスは黙った。

たぶん、余計に怪しくなった。

俺は言い方を間違えたかもしれない。

いや、どう言っても怪しいか。

ミアが横から明るく言った。

「爆発してないよ」

「それは安心材料になるんですか?」

クラリスが冷静に聞き返す。

ミアは少し考えてから、胸を張った。

「灰羽寮では、かなり」

「胸を張るところではありません」

クラリスの返しが早い。

この人、真面目だ。

でも、会話ができない相手ではなさそうだ。

クラリスは小さく息を吐いた。

「詳細は後ほど確認します。まずは中間確認を行います。対象は、召喚術、治癒魔法、氷結制御、錬金基礎。通常授業の範囲内で、現状を確認します」

リゼロッテの顔が、はっきり強ばった。

中間確認。

つまり、今の彼女たちの力を見られる。

昨日までの状態なら、かなり厳しかったはずだ。

けれど、今日は違う。

少しだけ。

本当に少しだけだが、灰羽寮は変わっている。

問題は、それが魔法にまで出るかどうか。

「場所は?」

ノエルが短く聞いた。

「寮内の小訓練室を使用します」

「小訓練室……」

リゼロッテが小さく呟く。

俺は嫌な予感がした。

「リゼロッテ」

「はい」

「小訓練室って、使えるのか?」

「……使えます」

「今の間は何だ」

「少し、散らかっています」

「少し?」

「かなりです」

「分かった。行こう」

もう驚かない。

いや、驚くけど。

小訓練室は、灰羽寮の一階奥にあった。

扉を開けると、まず古い木箱が見えた。次に、割れた的。倒れた練習用の杖。隅には使われなくなった砂袋。

訓練室というより、物置きだった。

クラリスが無言で室内を見回す。

リゼロッテが小さくなった。

「すみません。すぐ片づけます」

「確認に支障が出ない範囲で構いません」

クラリスの声は淡々としていた。

俺は黙って木箱を端に寄せた。

ミアも手伝おうとして、箱の中から金属片を見つけて目を輝かせる。

「これ、使えるかも」

「今は拾うな」

「あとで」

「あとでも怪しい」

フィリアは倒れた杖を拾おうとして、そのまましゃがんだ姿勢で眠りかけた。

「フィリア、寝るな」

「拾っています……」

「止まってる」

「考えています……」

「寝る前の言い訳が増えてきたな」

ノエルは床に広がった霜を指先でまとめて、部屋の隅へ寄せていた。

リゼロッテは古い的を立て直す。

数分後、小訓練室はどうにか確認に使える状態になった。

どうにか。

クラリスは書類を開いた。

「まず、リゼロッテ・エーレンベルクさん。召喚術の基礎確認を行います」

「はい」

リゼロッテが一歩前へ出る。

その背中が少し硬い。

俺は壁際に立って見ていた。

召喚術。

つまり、俺がこの世界に来る原因になった魔法だ。

リゼロッテの顔色を見るに、得意とは言えないのだろう。

いや、召喚事故で人間を呼んだ時点で、だいぶ難しい立場か。

クラリスが説明する。

「小型の魔力灯を召喚してください。持続時間は十秒。形状は問いません」

「分かりました」

リゼロッテは杖を構えた。

深呼吸。

俺は昨日の彼女を思い出す。

火の魔石を安定させていた時、リゼロッテの集中は悪くなかった。

むしろ、かなり丁寧だった。

失敗ばかりしているというより、緊張で崩れているように見えた。

リゼロッテの足元に、小さな魔法陣が浮かぶ。

青白い光。

最初は少し揺れた。

彼女の指先も震える。

けれど、昨日より呼吸が整っていた。

ちゃんと眠った。

温かいものを食べた。

身体を冷やさずに済んだ。

乾いた毛布で寝た。

たったそれだけ。

でも、それだけで、指先の震えは少し小さくなる。

「――灯りよ」

リゼロッテが呟いた。

魔法陣の上に、小さな光の球が現れる。

ふわりと浮かぶ。

一秒。

二秒。

三秒。

光が揺れた。

リゼロッテの肩が強ばる。

クラリスが静かに見ている。

俺は思わず口を開きそうになったが、何も言わなかった。

ここで声をかけたら、逆に邪魔だ。

リゼロッテは唇を結び、もう一度息を整えた。

光の球が、持ち直す。

六秒。

七秒。

八秒。

九秒。

十秒。

光は、消えなかった。

「終了です」

クラリスが言った。

リゼロッテが杖を下ろす。

光の球はゆっくり消えた。

リゼロッテ本人が、一番驚いた顔をしていた。

「……できた」

小さな声だった。

クラリスが書類に何かを書き込む。

「以前の記録では、三秒以上の維持が困難とありました。改善しています」

改善。

その一言で、リゼロッテの目が少し揺れた。

ミアが後ろで小さく拍手する。

「リゼ、すごい」

「静かに」

クラリスに注意され、ミアは口を押さえた。

でも、リゼロッテは少しだけ笑っていた。

俺は胸の奥で、静かに息を吐いた。

一つ目。

ちゃんと変わっている。

「次に、フィリアさん。治癒魔法の基礎確認です」

「はい……」

フィリアが前に出る。

眠そうだ。

でも、立っている。

それだけで、昨日までとは違う。

クラリスは小さな訓練用の魔法布を取り出した。

布にはわざと裂け目が入っている。そこに治癒魔法をかけて、修復の精度を見るらしい。

「裂け目を閉じてください。途中で眠らないように」

「はい……今日は、たぶん大丈夫です」

「たぶん?」

クラリスの眉が動く。

俺は小さく咳払いした。

フィリアは布に手をかざした。

淡い金色の光が広がる。

柔らかい光だ。

見ているだけで、少し眠くなる。

いや、これは危険だ。

本人が眠くなるのも分かる気がする。

フィリアのまぶたが、一瞬だけ下がった。

俺は内心で身構えた。

だが、彼女はすぐに目を開いた。

「まだ、起きています……」

「自分で実況しなくていい」

俺が小さく言うと、ミアが肩を震わせた。

布の裂け目が、ゆっくり閉じていく。

完全ではない。

少し歪んでいる。

でも、途中で止まらなかった。

フィリアは最後まで手を下ろさなかった。

「終了です」

クラリスが布を確認する。

「精度は標準未満。ただし、術式の継続は前回より改善」

「やりました……」

フィリアは小さく微笑んだ。

そして、その場で眠りかけた。

「座れ。今すぐ座れ」

「はい……」

リゼロッテが慌てて椅子を引く。

フィリアは椅子に座った。

眠ってはいない。

ぎりぎり。

だが、ぎりぎりでも起きている。

クラリスの目が少しだけ細くなる。

次はノエルだった。

「ノエルさん。氷結制御の確認です」

「はい」

ノエルは静かに前へ出た。

クラリスは机の上に、水の入った小さなガラス杯を置く。

「この水を凍らせてください。ただし、杯の外側に氷を広げないこと」

ノエルの表情が変わった。

ほんの少しだけ。

たぶん、苦手な課題だ。

彼女の魔法は強い。

でも、広がりすぎる。

いつも周囲まで冷やしてしまう。

昨日、管の冷却では少し制御できた。

乾いた毛布に触れても、すぐには凍らなかった。

でも、試験となれば別だ。

ノエルはガラス杯の前に立った。

指先を伸ばす。

空気が冷える。

俺の腕に鳥肌が立った。

杯の水面が揺れる。

白く濁り始める。

同時に、机の上にも霜が広がりかけた。

ノエルの眉がわずかに寄る。

まずい。

そう思った瞬間、彼女は指先を少し引いた。

直接水を凍らせるのではなく、杯の周囲の空気を細く冷やす。

昨日、管を冷却した時と似ている。

強くではなく、細く。

ゆっくり。

水の表面が凍る。

氷は杯の中だけに留まっている。

机の霜は、広がらなかった。

ノエルが手を下ろす。

部屋の空気が戻る。

クラリスはガラス杯と机の表面を見比べた。

「……制御範囲、前回より大きく改善」

ノエルは黙っていた。

けれど、指先を見つめる目は、少しだけ違っていた。

「できています」

クラリスが言った。

短い評価。

でも、その言葉はノエルに届いたようだった。

「できている……」

ノエルは小さく繰り返した。

俺は何も言わなかった。

言わなくてもいい気がした。

最後はミアだった。

「ミアさん。錬金基礎確認です」

「はい!」

やけに元気な返事。

クラリスが少し警戒した顔をする。

「今回は爆発物ではありません。基礎溶液の安定化です」

「爆発しないやつですね」

「爆発させないでください」

「了解」

ミアは机の前に立った。

材料は三つ。

青い液体。

粉末。

小さな魔石片。

クラリスが淡々と説明する。

「規定手順通りに混合し、色を緑で安定させてください。前回は赤変後、発煙しています」

「煙だけだったよ」

「煙が出る時点で失敗です」

「はい」

珍しく、ミアが素直に頷いた。

俺は少し驚いた。

彼女はまず、机の上を整理した。

青い液体は左。

粉末は中央。

魔石片は右。

使う順番に並べている。

昨日、錬金室を見た時の混乱とは違う。

まだ雑ではある。

でも、本人なりに整えようとしていた。

ミアは小さく呟く。

「粉は半分。魔石は最後。混ぜすぎない。火力いらない。爆発させない」

「最後の大事だな」

俺が小さく言うと、ミアは振り向かずに親指を立てた。

青い液体に粉を入れる。

ゆっくり混ぜる。

液体が少し濁る。

ここまでは大丈夫。

魔石片を入れる。

液体が一瞬赤くなりかけた。

クラリスが身構える。

リゼロッテも身構える。

俺も身構える。

ミアは慌てなかった。

棒を止める。

深呼吸。

それから、ゆっくり一回だけ混ぜた。

赤みが消える。

液体が、淡い緑色で止まった。

「……できた」

ミアが呟いた。

煙は出ない。

爆発もしない。

ただ、緑の液体が静かに揺れている。

「できた!」

今度は大きな声だった。

クラリスが液体を確認する。

「安定化を確認。基準には達しています」

「基準!」

ミアが両手を上げた。

「私、基準に達した!」

「声が大きいです」

「でも基準!」

「落ち着いてください」

クラリスは冷静だったが、少しだけ困った顔をしていた。

ミアはリゼロッテに抱きつき、フィリアが眠そうに拍手する。ノエルも小さく頷いた。

灰羽寮の小訓練室に、久しぶりの明るい声が響いた。

俺は壁際で、その光景を見ていた。

劇的な逆転ではない。

誰も天才になっていない。

最下位がいきなり首席になったわけでもない。

リゼロッテの召喚灯は十秒。

フィリアの治癒はまだ歪みがある。

ノエルの氷は小さな杯ひとつ。

ミアの錬金は基礎溶液。

でも。

昨日までできなかったことが、今日は少しできた。

それだけで十分だった。

クラリスは書類を閉じた。

そして、四人を順番に見た。

「記録と違います」

リゼロッテが緊張した顔になる。

「悪い意味ではありません」

クラリスは言った。

「直近の授業記録と比較して、全員に改善が見られます。大幅とは言えませんが、短期間での変化としては不自然です」

不自然。

その言葉に、室内の空気が少し固まった。

やっぱり来たか。

改善したらしたで、今度は怪しまれる。

世の中、なかなか面倒くさい。

クラリスの視線が俺に向いた。

「臨時管理人さん」

「悠真でいいです」

「では、ユーマさん」

「はい」

「灰羽寮で、何が起きているのですか?」

静かな問いだった。

責める口調ではない。

けれど、誤魔化しを許さない声だった。

リゼロッテが何か言おうとする。

俺はそれより先に答えた。

「飯を作って、風呂を少し直して、毛布を乾かしました」

クラリスが無言になる。

リゼロッテも無言になる。

ミアが頷く。

「本当だよ」

フィリアも頷く。

「お湯がありました……」

ノエルも静かに言った。

「毛布が乾きました」

クラリスは俺たち全員を見た。

そして、たぶん初めて、少しだけ本気で困惑した顔をした。

「……それだけですか?」

「今のところは」

「食事と、浴室と、寝具」

「はい」

「それで、魔法の状態が改善したと?」

「たぶん」

俺がそう言うと、リゼロッテがこちらを見た。

たぶん禁止、と言いたそうだった。

でも、今は仕方ない。

俺にも確信があるわけじゃない。

ただ、目の前の結果は出ている。

「魔法のことは分かりません。でも、眠れてなくて、冷えてて、腹が減ってたら、何をやってもうまくいかないと思います」

クラリスは黙って聞いていた。

「だから、まず普通に食べて、温まって、寝られるようにしただけです」

「普通に」

クラリスはその言葉を小さく繰り返した。

彼女の視線が、リゼロッテへ向く。

リゼロッテは少しだけ背筋を伸ばした。

「灰羽寮は、まだ問題だらけです。でも、ユーマさんが来てから、少しずつ変わっています」

その声は震えていなかった。

昨日までなら、きっともっと自信なさそうに言っていた。

でも今は、自分の目で見た変化を話している。

クラリスは書類に何かを書き込んだ。

「分かりました。本日の確認結果は、学生会および教務へ提出します」

「それは……」

「現時点で処分が早まることはありません。むしろ、月末考査まで経過観察となるでしょう」

リゼロッテの肩から力が抜けた。

ミアが小さく「よかった」と言う。

フィリアは安心したのか、椅子の上で眠りかける。

「フィリア、まだ寝るな」

「少しだけ……」

「確認終わったらな」

クラリスはそんなフィリアを見て、少しだけ表情を緩めた。

本当に少しだけ。

「ただし」

彼女の声が戻る。

やっぱり優等生だ。

「不自然な外部干渉、禁術、無許可の魔法設備改造が確認された場合、灰羽寮の評価は取り消されます」

「無許可の魔法設備改造はしてません」

「簡易湯沸かし装置は?」

「魔石炉には接続してません」

「後で確認します」

「はい」

逃げられなかった。

クラリスは俺をじっと見る。

「ユーマさん。あなたの立場も確認が必要です。正式な身分がないまま寮内作業を続けることはできません」

「ですよね」

「ですが、灰羽寮の生活環境改善に効果が見られるのも事実です。学生会預かりとして、一時的な補助員登録を申請することは可能かもしれません」

補助員。

臨時管理人の次は補助員。

異世界での肩書きが少しずつ増えていく。

「それ、俺がいてもいいってことですか?」

「正式には、まだです。ですが、灰羽寮が月末考査までに一定の改善を示すなら、申請理由にはなります」

リゼロッテの顔が少し明るくなった。

「本当ですか?」

「可能性の話です」

クラリスはすぐに釘を刺す。

「月末考査で結果が出なければ、灰羽寮の廃寮方針は変わりません」

部屋の空気が、また少し重くなる。

でも、さっきまでとは違った。

完全に閉ざされた扉ではない。

細い隙間ができた。

そこに手をかけられるかもしれない。

クラリスは書類を閉じた。

「本日の確認は以上です。三日後、再確認に来ます」

「三日後?」

俺は思わず聞き返した。

「はい。短期間で変化があった以上、継続性を確認する必要があります」

つまり、今日だけの偶然かどうか見られるわけだ。

ミアが小さく笑う。

「三日あれば、湯沸かし装置改良できるね」

「そこじゃない」

「乾燥棚も三倍に」

「まず爆発しないように」

ノエルが静かに言う。

「窓の隙間も、まだあります」

フィリアが眠そうに手を上げる。

「ベッドも、ぎしぎしします……」

リゼロッテが俺を見る。

「ユーマさん」

俺は肩をすくめた。

「やることだらけだな」

クラリスはそんな俺たちを見て、ほんの少しだけ目を細めた。

「三日後を楽しみにしています」

そう言って、彼女は小訓練室を出ていった。

足音が遠ざかる。

扉が閉まる。

しばらく、誰も話さなかった。

最初に声を上げたのはミアだった。

「基準に達した!」

「そこに戻るのか」

「だって初めてだよ! 基準!」

ミアは本当に嬉しそうだった。

フィリアも小さく拍手する。

「おめでとうございます……」

「フィリアも寝なかった!」

「はい……少ししか……」

「少し寝てたのか?」

「心の中で……」

「それは寝てないことにしておこう」

ノエルは机の上の凍った水を見ていた。

リゼロッテは、自分が作った光の球が消えた場所をじっと見つめている。

俺は四人を見た。

少しずつ。

本当に少しずつだ。

けれど、変わっている。

その時、視界に淡い光が浮かんだ。

【中間確認:一部改善を確認】

【灰羽寮 快適度:26 → 29】

【新規目標】

三日後の再確認までに、灰羽寮の生活環境をさらに改善してください。

【推奨改善】

・窓の隙間風対策

・寝台の補強

・錬金室の整理

・朝食の安定供給

【注意】

外部からの注目度が上昇しています。

外部からの注目度。

厄介な文字が増えた。

でも、悪いことばかりではない。

誰にも見られていなかった灰羽寮が、見られ始めたということだ。

見られるのは怖い。

失敗すれば、また落ちこぼれだと言われる。

けれど、見られなければ、変わったことにも気づいてもらえない。

俺は小訓練室の窓を見た。

隙間から冷たい風が入っている。

三日後。

それまでに、できることは多い。

多すぎる。

でも、やる順番は見えてきた。

「まずは窓だな」

俺が言うと、リゼロッテが首をかしげた。

「窓、ですか?」

「ああ。隙間風を止める。寝台を直す。錬金室を片づける。三日で全部は無理でも、見えるところから変える」

ミアが勢いよく手を上げる。

「錬金室は最後で」

「最初だ」

「えっ」

「一番危ない」

「そんなに?」

「そんなに」

ノエルが静かに頷いた。

「爆発します」

「ノエルまで」

フィリアが眠そうに呟く。

「でも、片づいたら、ミアさんも寝られます……」

「うっ」

ミアが言葉に詰まった。

リゼロッテが小さく笑う。

その笑い声を聞きながら、俺は思った。

学生会の中間確認は、たぶん偶然じゃない。

ここから先は、灰羽寮の中だけで完結しない。

俺たちが何かを変えれば、外の誰かが気づく。

気づかれれば、疑われる。

でも、認められる可能性も出てくる。

灰羽寮で、何が起きているのか。

クラリスはそう聞いた。

答えは、たぶんまだ大したものじゃない。

温かいスープ。

桶一杯のお湯。

乾いた毛布。

それだけだ。

でも、そこから始まるものもある。

俺は、窓から入る冷たい風を手で感じながら、次に直す場所を決めた。

三日後。

もう一度、彼女たちが変わったと言わせてみせる。

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