未来に届く声
救出された少年は、ミュリエ村の医療棟・第七区画に安置されていた。
エリスの指示で特別な隔離処置が施され、同時にリィナとクラウスがその“脳の中”にある古代制御術式の解析を進めていた。
その少年は、何も語らなかった。
だが、彼の中には確かに“何か”があった。
名もなく、記録もない。
だが、彼の存在は――ただの実験体ではなかった。
解析の中で、リィナは異常な反応に気づいた。
「……この制御構造、古い。けれど“誰かの手で継ぎ接ぎされた痕跡”がある。
しかもこれは……ミュリエ式の制御律に、部分的に酷似してる」
クラウスが唸る。
「つまり……俺たちの技術を誰かが“解体・模倣”して、それを少年の脳に組み込んだってことか?」
「いいえ。これは模倣じゃない。
――本物です。“初期の、未発表のミュリエ制御技術”そのもの」
その言葉に、場が凍る。
ミュリエ創設以前の、まだエリスが追放されたばかりの頃。
彼女が開発し、外部に公開する前に封印した試作技術があった。
それは“心を持たない器に、選択の概念を与える”ための制御素子――
通称、《イリス・コード》。
それが、なぜこの少年の中に?
すぐにエリスが呼ばれ、隔離室のモニターを前に立った。
彼女は、目の前の少年を見つめて、つぶやいた。
「あなた……もしかして、“あの計画”の残骸なの……?」
“あの計画”。
かつて王都で進められていた、人工生命体研究《フォース・セントラ計画》。
倫理規定に触れるとされて、王国上層部が極秘裏に葬り去ったもの。
だが、そこには――エリスが“完全には関与しなかった”はずの設計図があった。
その設計図の一部、彼女の私的研究記録から漏洩したものだった。
ふと、モニターの脇の心電図が変動する。
それと同時に、少年が、ほんのわずかに唇を動かした。
「……エ、リ……ス……?」
全員の呼吸が止まる。
少年は、目を開けた。
焦点はまだ合わず、声も弱い。だが、彼は確かに言った。
「……“声”、きこえた……あなたの、言葉が……」
エリスは、ゆっくりと近づき、そっと問いかけた。
「どうして、私の名前を……?」
「……ずっと、流れてた。闇のなかで、
“選んでいい”“生きていい”って、誰かが……何度も、言ってた……
それが……エリス、って名前だった……」
彼の脳内には、遠隔発信されたエリスの声明データが埋め込まれていた。
“理想”を語る言葉が、彼の制御機構を突き破り、“選択”の力を目覚めさせたのだ。
まさに、理想が届いた瞬間。
エリスは、そっと彼の手を取った。
「……名前、つけてもいい?」
少年は、かすかに微笑んだ。
「うん……もらえる、なら……」
エリスは、少しだけ悩み、やがて言った。
「――“ネイ”。
この世界で、もう一度“選ぶ”ことを始めるあなたに、ぴったりの名前だと思う」
その瞬間、医療モニターの数値が安定し、
ネイと名づけられた少年の意識は、ゆっくりと現実へ戻りはじめた。
この出会いが、ミュリエにとって、
やがて訪れる“最大の試練”の突破口になるとは――この時、まだ誰も知らなかった。




