黒き輪の目覚め
その会議は、月が昇りきった深夜に行われた。
場所は、北方山脈地下――かつて帝国戦争期に使用された軍用要塞の跡地。
現在は地図にも記されず、国家の記録からも抹消された**“存在しない場所”**。
長く伸びる石造りの円卓。
その周囲に集う黒衣の者たち。
顔を仮面で隠し、名前ではなく“記号”で呼び合う集団――
《黒き輪》。
かつて旧帝国の技術と信仰を結びつけ、“選ばれし者による世界制御”を掲げた禁忌組織。
その名は長らく忘れられていたが、いま――再び目を覚ました。
「報告を」
首座に立つ“輪の一番”が命じる。
すぐに応じたのは、“七番”。
「――王都での暴走は成功。装置は処分されたが、“反応”は得られました。
連盟の中核が自ら乗り出し、技術と倫理の拠点が一体であることを証明しました」
「理想と現場が分離できない連盟は、“理念の破綻”と共に自壊する」
「はい。すでに複数の国が“中立性に疑念”を抱き始めています。
特に帝国議会は、“連盟主導の技術体系”に対し、明確な牽制姿勢を見せました」
次に口を開いたのは、“三番”。
「――ミルト・ガーランドは健在。現在は《旧エリアン帝》の地下研究施設にて再構成に従事。
彼の知識を利用し、《制御核》の“後継体”を準備中です」
その言葉に、一番がゆっくりと手を挙げる。
「……このまま、“理想”という虚像を利用し、
民衆に“秩序の輪郭”を渇望させろ。いずれ自ら求めて膝を屈する」
「“完全な制御”こそが、世界の安寧であると証明せよ。
“蒼”が揺らげば、“赤”は復活する」
その言葉の裏で、ひとりの仮面が小さく笑う。
彼――“五番”だけが、ミュリエのある人物に“個人的な興味”を抱いていた。
「……それにしても。
あのエリス・フォン・ベルグランド。思った以上に、壊れない女だ」
「壊れないなら、“救ってあげればいい”。
願わくば、彼女自身に気づかせてやるといい。
“理想の行き着く先”が、誰も守れなくなることだとな」
会議は静かに終了し、部屋が暗転する。
その頃、ミュリエ村。
何も知らぬ村人たちは、日常を取り戻しつつあった。
だが、アリアはふと、強い不安を口にする。
「……妙な既視感があるの。
平和な時ほど、世界のどこかで“正しさ”が歪んでいく音が聞こえる気がして」
その声に、リィナが短く応えた。
「なら、私たちがその音を“正しい名前”で記録すればいい。
何が間違っていて、何が歪んでいるか、示し続けるしかない」
エリスは蝋燭の火を見つめ、静かに答えた。
「……なら、消えないように灯し続けよう。
たとえ影が深くなっても、私たちは――“選ぶ”側に立ち続ける」
その瞬間、遠くの空に――
赤黒い鳥影のような偵察式の魔導ドローンが一瞬だけ光を反射し、夜の闇に消えた。
それが、“黒き輪”の観測者だったとは、まだ誰も気づいていなかった。




