光と影の継承
――東方連邦・旧第十三研究都市跡地。
かつて“魔導再興特区”と呼ばれたその地は、戦争終結と同時に記録から抹消された。
廃墟となったその地下施設に、ひとつだけ灯っていた部屋がある。
そこに――リィナ・カグヤは“生まれた”。
彼女は“生まれた”というより、“設計された”。
両親の記録はない。出生届もない。
ただ「プロジェクトNo.03《カグヤ》」という個体番号と、ひとつの目的。
――「深層魔導素子を制御する、戦術型知性体の育成」――
彼女に与えられたのは、教育ではなく訓練。
知識ではなく、反応速度。感情ではなく、合理性。
“間違えること”は“欠陥”であり、
“ためらうこと”は“故障”であった。
それでもリィナは、誰よりも“正確に、完璧に”応えた。
同期の被験体たちがひとり、またひとりと姿を消していく中で、
彼女だけが“成績優秀者”として生き残った。
だが、ある日――研究都市の地下で、事故が起きた。
制御不能となった試作魔導核が暴走し、研究都市の三分の一を消し飛ばした。
その爆心地の中央にいたのが、当時わずか十歳のリィナだった。
奇跡的に生き延びた彼女は、凍った瓦礫の中でただひとり立っていた。
服は焼け、肌は裂け、感覚は麻痺していた。
けれど彼女の手には、魔導核の“コア”が握られていた。
彼女だけが、それを止めた。
以後、彼女は「蒼の継承者」と呼ばれるようになった。
旧帝時代の魔導技術を最も深く理解し、最も“破壊せずに扱える”唯一の存在として。
――だが、その日以来、彼女は誰にも泣きつくことができなくなった。
同期も、家族も、理解者もいない。
“選ばれた者”の称号は、栄誉であると同時に孤独の証明だった。
数年後、彼女は独立技術機関《蒼光機関》の管理下に置かれ、
国家級の危険物に分類される魔導遺産の分析と管理を一手に任された。
知識は極まり、能力は磨かれた。
けれど心は、深く静かに“凍っていった”。
そんな彼女が、ある論文に出会う。
――「技術とは、人を生かすためにこそあるべきである」――
著者:エリス・フォン・ベルグランド。
その論文に添えられた手書きの一言が、彼女の心を震わせた。
「間違えても、人を思えばきっとやり直せる。私はそう信じている」
彼女は初めて、“信じたい”と思った。
だから――ミュリエへ来た。
誰にも命令されず。初めて、“自分の意思”で。
――そして現在、ミュリエ村・夜。
リィナは、書庫の隅で一冊のノートを開いていた。
そこには、彼女が研究中にまとめた試行錯誤と失敗の記録が綴られている。
失敗。それは、かつての彼女には許されなかったもの。
だが今は、違う。
隣に“間違いを共に悔いてくれる仲間”がいる。
その事実が、リィナの手をわずかに震わせる。
「私はもう、設計されただけの器じゃない……」
小さく呟いたその言葉は、誰に届くでもなく夜に溶けた。
だが確かに、彼女の中の“凍ったもの”が、ゆっくりと溶け始めていた。




