王都と悪役令嬢
ミュリエ村の午後は、薄曇りだった。
空を切り裂くように降り立ったのは、王都発の特使便――“王家紋章付きの飛行船”。
それは明確な外交的意味を持ち、村の誰もがその存在に緊張を隠せなかった。
エリスは静かに上着の裾を直し、玄関口で待っていた。
飛行船のタラップが降り、数名の護衛に続いて降りてきたその人物の姿を、彼女はまっすぐに見つめる。
背筋の通った細身の青年。
かつて王太子と呼ばれた男――レオナルド・フォン・グランフェルト。
その瞳は、エリスの記憶の中と変わらない。
真っ直ぐで、誰よりも“正しさ”を信じていた瞳。
だからこそ――彼女は、たった一言で迎えた。
「ご無沙汰しています、殿下」
レオナルドはほんのわずかに眉を寄せた。
「……今日は、“殿下”ではない。私はただの使者として来た。
一人の人間として、あなたに“償い”に来たんだ」
村の応接室。
二人きりの空間で、しばしの沈黙が流れた。
先に口を開いたのはエリスだった。
「あなたが来るとは、思っていませんでした。
てっきり、誰かの言葉で動く人のままだと」
「否定できない。
……あの日、私は“王国のため”という言葉に逃げた。
君を追い出せば秩序が保たれると、勝手に信じた。
でも、それはただ、“君の可能性を恐れた”だけだった」
エリスは、静かに相手を見つめていた。
「私を裁いたことを、後悔しているのですか?」
「後悔している。“王”としてではなく、“人間”として。
君の研究も、君の信念も、あの時きちんと向き合うべきだった。
……私は“正義”を語りながら、君を守る勇気がなかった」
エリスの瞳に、一瞬だけ揺れが走った。
それは怒りでも、悲しみでもなく――ただ、痛みだった。
「私は、あの時あなたに見捨てられて、たくさんのものを失いました。
でも、そのおかげで得られたものもあります」
「……ミュリエ村、そして今の君の仲間たちか」
「ええ。彼らは、私がどんな過去を持っていても、そばにいてくれました。
“王国が捨てた娘”じゃなく、“いま、ここにいる私”を見てくれたんです」
レオナルドは、ゆっくりと立ち上がる。
「君が築いたこの場所を、壊したくはない。
王国も、いずれ君に向き合うべき時が来る。
……その時、もし可能なら――もう一度、並んで歩かせてほしい。君の隣を」
エリスは立ち上がり、ほんのわずかに微笑んだ。
「それは、あなた自身が“私を信じられるようになった”時に、考えましょう。
……私はもう、あなたの後ろでは歩きません。あなたが、私の“隣”を選べるかどうかです」
その言葉に、レオナルドは深く頷いた。
「わかった。……次に来る時は、“謝罪”ではなく、“対話”のために来よう」
「それなら、歓迎します。今度は、“お客様”ではなく、“仲間”として」
やがてレオナルドは村を発ち、空へ戻っていった。
けれどその背には、もはや“王国の鎧”ではなく――一人の男としての覚悟があった。
残されたエリスは、しばらく窓の外を見つめていた。
かつて、自分を裁いたその人が。
今、言葉を尽くし、自ら“正義の形”を見直そうとしている。
――それだけで、救われるものもある。
そしてその夜。
エリスは書きかけの研究記録に、ふと一行だけ添えた。
「いつか、あの日と違う未来を語ることができたら。」
それは彼女が、ようやく“過去”と和解する第一歩だった。




