真なる王の影
王都グランフェルト。
かつての帝国最大の栄光を誇ったこの都市も、今は静かな混迷の中にあった。
中央議会の一角、皇室資料庫へと続く扉が重々しく開く。
中にいたのは、一人の青年――レオナルド・フォン・グランフェルト。
かつて王国の正統なる後継者と謳われた“王太子”であり、
同時に――エリスを失脚させた直接の決定権を持った男。
書架を歩きながら、彼は数枚の古文書を取り出す。
その指先は迷いなく、そして、どこか痛みに満ちていた。
「……父の政策を支え、母の教えを守り、王族として正しく生きたつもりだった」
誰に聞かせるでもない独白。
「だが――彼女を追放したあの日から、王国は変わり始めた。
いや……変わったのは、“私の中の正義”の方だったのかもしれない」
エリスはあの日、確かに法と秩序に背くように見えた。
彼女の発明は神の領域を冒し、人心を惑わせる危険な光とされた。
だから、守らなければならなかった――“王国の形”を。
だが、今――
彼女は、その力で“命を救い”、世界を動かしている。
正しかったのは誰か? 間違っていたのは、何だったのか?
その問いは、レオナルド自身の胸を焼いていた。
「……殿下」
宰相が姿を見せた。
「“調査団”の任務は終了。報告書は多少の誤魔化しで整えました。
ミュリエへの圧力は、今後“国教庁”経由で続けてまいります」
レオナルドは答えない。
彼はただ、一冊の本を閉じ、ふと窓の外を見やった。
彼の視線の先――それは、かつてエリスと一緒に歩いた宮廷の中庭。
彼女が笑っていた日、怒っていた日、泣きそうになりながら夢を語った日。
全部、焼き付いていた。
「宰相。ミュリエへの“次の使者”は、私が行く」
その言葉に、宰相は表情を変える。
「殿下……それは危険です。王国の正統性を揺るがしかねません」
「ならばなおのこと、私自身の“罪”として受け止めるべきだ。
私は、彼女を追放した“加害者”だ。……あの日の誤りを、終わらせる責任がある」
宰相が強く諫めようとしたその時、扉の外から別の声が割って入った。
「レオナルド殿下。ようやく“自分の足で歩く”気になられたようですね」
現れたのは――
かつて王宮内にいた“穏健派の改革貴族”であり、現在は表舞台から姿を消していた男。
名はセヴラン・ヴァイスハルト。
「あなたと彼女が並んでいた日々を、私は忘れておりません。
……もう一度、“未来”を選びませんか? 殿下」
その言葉に、レオナルドは瞳を閉じる。
「私はもう、“王”として彼女に会うつもりはない。
ただ、一人の人間として……一度だけ、償いに行く」
こうして、“王国”そのものを象徴していた男が――
自らの意思で、ミュリエへ向かおうとしていた。
過去を越えるために。
そして、未来に向き合うために。
その頃、ミュリエ村。
エリスは空を見上げていた。
遠くに見える、小さな飛行船の影。
それが、かつて“決別したはずの誰か”を乗せているとは――
まだ、誰も知らなかった。




