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正義の名を纏う者

夜のミュリエ村。

 昼間の対話的な応対とは裏腹に、空気は張り詰めていた。


 研究棟では、通常通りの業務が続いていたが、

 その裏でエリスたちは警戒態勢を密かに維持していた。


「王国の“調査団”という看板を信じて、すべてを見せるわけにはいかない。

 でも、“見せない理由”を作れば、それも口実になる」


 クラウスが地図を指しながら説明する。


「実験棟BとCを“整備中”として閉鎖し、機密資料はエリスの旧診療室へ移送。

 マリーとアリアには各拠点の記録担当。万一、工作員が動いた場合は――」


「拘束して記録。そのまま提出用にログを残します」


 アリアが即座に応じる。


「連盟各国への報告は?」


「準備済み。何かあれば即時送信。

 “正義”を語る者には、“記録”という事実で対抗する」


 


 そして、深夜。


 調査団の副官が密かに送り込んだ男が、研究棟裏手の通気口から侵入を試みていた。


 黒衣。顔を覆い、足音一つ立てずに廊下を進む。


 だが――その先で彼を待っていたのは、白衣の影だった。


「……ようこそ。正義の騎士さん」


 アリア・レーヴェント。


 彼女は手に魔導防壁具を構え、扉の前に立っていた。


「こちらは神の意志に基づく調査である。貴様に拒否する権利はない!」


「その神が、“記録を奪え”と命じたの?」


 アリアの目は揺るがなかった。


「あなたの正義は“命令”の中にしかない。

 でも私は、“誰かを守るため”にここにいる」


 


 交錯する魔力。

 短くも鋭い交戦の末、男は拘束され、警備班に引き渡された。


 


 その翌日。

 クラウスは会議室に王国騎士団の団長を呼び出し、証拠映像と記録を提示した。


「これはあなた方の“正式な調査”と、どのような関係にあるのか、ご説明いただきたい」


 静かに、だが決して逃れられぬ問いだった。


 


 団長は一瞬だけ目を伏せ、そして言った。


「我々は、“技術の暴走”を恐れている。信仰と秩序が揺らげば、国家は崩れる。

 だが……この行動は、過ぎたものだった。認めよう」


「では、今後は“秩序の名のもとに他国を操る”ことはしないと?」


 クラウスの追及に、団長はわずかに口を引き結ぶ。


「……保証はできん。だが、少なくとも今回は手を引こう。

 我が隊は明朝、村を離れる。後は、議会に委ねられる」


 


 会議が終わったあと、フェルナーがぽつりと呟く。


「やつらは“正義”という鎧を脱がない。

 ただ、こちらがその中身を暴けるかどうかだけの話だ」


 


 夕暮れ、研究棟の屋上。


 エリスとアリアは並んで風を浴びていた。


「本当に去るかな?」


「去るわ。少なくとも今は。でもまた来る。

 “正義”は一度否定されただけじゃ止まらない。

 でもそれでも、私は信じたい。“人の正義”は、作り変えられるって」


 アリアがふっと目を伏せる。


「それでもあなたは、戦うんですね。信じた世界のために」


「一人じゃないもの。あなたたちがいてくれるから」


 


 その時、空を一筋の光が走った。

 遠く、王都を目指す伝令鳥の姿。


 それは――王国の次なる一手が、すでに動き始めていることを告げていた。

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