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揺れる王都と帝国の使者

 ミュリエ村の北丘で、新たな研究棟の建設が進む中――

 遠く離れた王都エルステリアでは、かつてない波紋が広がり始めていた。


 


 王宮議会室。

 円卓の周囲に集うのは、王国の上位貴族たち。皆一様に表情を曇らせ、重い沈黙をまとっていた。


「……帝国との共同研究? しかも、王都を追われたエリス嬢が中心となっているとは……」


「王太子殿下、これは一体どういうことです? “あの件”は終息したと伺っていたはずですが」


 冷ややかな視線が、議長席に座るレオナルドへと向けられる。

 だが彼は、唇を噛みしめたまま返答しない。


 帝国とエリスの共同声明、そして“魔導薬品研究”の動き。

 それは王国の医療技術・軍事魔法・外交資源のいずれにおいても直接的な“脅威”となる。


「……放置できませんな。このままでは帝国に主導権を奪われるだけだ」


「いっそ、正式な帰還勧告を出しては? “誤解による追放だった”とでも声明を出して……」


「いや、今さら王都に戻したところで、エリス嬢が従うとは思えぬ」


 彼女はもう“あの頃の貴族令嬢”ではない。

 今や、クラウス王子と並び立ち、国境を越えて動く知識と信念の象徴――。


 その存在を王宮がどう定義するか、全員が探りかねていた。


 


 同じころ、帝国の首都アルシアでは一人の男が馬車に揺られていた。


「……まさか、あのクラウス様が“心から手を組んだ”相手が、王国出身の追放令嬢とはな」


 男の名はリヒト・フォン・エルネスタ。

 帝国皇族に連なる名門公爵家の嫡子であり、クラウスの“腹心にして政敵”とも呼ばれる人物である。


「だがまあ……面白いじゃないか。もしそれが本物なら、利用する価値はある」


 彼は今回、“帝国からの特使”という立場でミュリエ村を訪れることになっていた。

 表向きは研究機関への視察と、帝都大学との技術協定。だがその裏に、別の思惑を隠していた。


(王都も焦っている。帝国貴族の中にも不安はある。ならば――“揺さぶる”にはちょうどいい頃合いだ)


 


 ミュリエ村――夕刻。


 エリスは魔導薬品の試験調合に没頭していた。

 慎重な分量と魔力調整が求められる工程だったが、彼女の手際はすでに熟練の域に達していた。


「これで、第三試作。魔力応答時間を少しだけ延ばせたはず……」


 息を吐いて振り返ると、マリーが小さく頷いた。


「やっぱり、エリス様はすごいです。研究員たちも、口を揃えて“あなたが本当の指導者だ”って……!」


 その言葉に、エリスはわずかに照れたように微笑んだ。


「でも、まだ完成には程遠いわ。副作用の抑制が一番の課題よ」


 そこへ、クラウスが歩み寄ってくる。


「エリス、客人が来ている。帝国より、公爵家のリヒト殿だ」


「……公爵家?」


 エリスは瞬時に緊張を覚えた。

 王族に次ぐ権威を持つ帝国の貴族。それが“ここ”に来るということは、ただの視察ではない――。


 


 応接室。


 リヒト・フォン・エルネスタは、ひと目で“ただ者ではない”と分かる男だった。

 整った金髪に、琥珀色の瞳。微笑の裏に鋭さを隠したその姿は、政敵と目されるクラウスと真逆の“外交の化け物”と呼ばれていた。


「初めまして、エリス嬢。貴女の名は、もはや帝国の街角でも囁かれておりますよ。“追放された才女”が“未来を創る令嬢”になったとね」


「過分な評価です。私はただ、目の前の課題に取り組んでいるだけです」


「――それが“恐ろしい”んですよ。王都にとっても、我々にとっても」


 言葉の裏にあるものを、エリスは即座に読み取った。

 この男は“試している”。自分の言葉で、自分の反応で、何を得られるのかを。


「では、何のご用件で?」


 エリスが問いかけると、リヒトは一枚の書簡を机に置いた。


「帝都大学との共同技術開発契約。内容は――貴女の研究を帝国正式機関に登録し、国の枠組みの中で展開するというもの」


「つまり……“帝国のものになれ”ということですね?」


「否。“貴女の発言力と地位を帝国内で保障する”という提案です。王都が手を出せぬようにする、安全な選択肢としてね」


 そのとき、クラウスが静かに口を開いた。


「リヒト。それは“善意”の仮面を被った“管理”だ。エリスは、誰のものにもならない」


 リヒトは笑った。


「なるほど。……では、エリス嬢。どちらを選びますか? “守られる地位”か、“貫く孤独”か」


 


 応接室に、沈黙が落ちる。

 エリスはゆっくりと席を立ち、机の上の契約書を見つめた。


「私は、“創る人間”でありたい。だから――どちらにも属さず、“道そのものを創る”方を選びます」


 その声は静かで、確かだった。


 リヒトは、しばし目を細めた後、苦笑するように立ち上がった。


「……やはり、クラウスが惹かれるだけのことはありますね。

 私は敵ではありません。ですが、“観察者”であることはお許しください」


 そう言って去っていく背中は、敵か味方か――まだ測れない。


 


 その夜、クラウスとエリスは並んで研究棟を見上げていた。


「選んでくれて、ありがとう」


「私はただ、私を信じる人たちを、信じ返しただけ。……でも、これからが本当の勝負ね」


「ええ。帝国の中にも、王都の中にも、これから貴女を“引きずり下ろそう”とする者は増える」


「だったら――その度に、私は“登って”みせる。どれだけ誰に見られても、“正しいこと”を積み重ねて」


 エリスの言葉に、クラウスは静かに頷いた。


 新しい挑戦、新しい敵、新しい未来。

 すべては、“信じる意志”とともに、いま動き始めていた。

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