帝国の支援
帝国の第三王子――クラウス・フォン・アルヴィオンの宣言から一週間。
ミュリエ村には、明らかな“変化”が起こり始めていた。
まず最初に到着したのは、帝国から派遣された職人たちだった。
荷馬車に積まれた魔道具、耐魔性のある薬瓶、特注のガラス乾燥棚。それらはすべて、エリスの研究に必要とされる機材を“完全再現”するために送られてきたものである。
「これが……帝国の職人技……」
マリーは目を輝かせながら、器具のひとつを抱えた。
厚みのある瓶の表面には、魔力を拡散・遮断するための繊細な刻印が彫り込まれている。
「……この瓶だけで、保存効果が三倍に上がるわね。酸化も防げるし、成分の揮発も抑えられる」
エリスは瓶を手に取りながら、感嘆混じりに呟いた。
帝国の支援は、想像を遥かに超えていた。
ただの物資提供ではない。クラウスは明言していた。
「これは、援助ではない。“共闘”だ。貴女の意思がこの村を動かすのなら、私の責任は、その土台を支えることにある」
その言葉に偽りはなかった。
続いて到着したのは、帝国の錬金術師助手たちだった。
彼らはエリスの研究成果を共有し、逆に帝国の理論も提供するという、完全なる“技術交流”のために派遣された人材だった。
「こちら、帝都アルシア大学の研究生たちです。主に薬草の化学的性質と魔力共鳴に関する調査を担当してもらいます」
クラウスの紹介に、エリスはうっすらと目を見開いた。
アルシア大学は帝国随一の魔術・薬学の総合機関であり、その研究員たちが、この辺境の村に集っているという事実が、状況の重大さを如実に物語っていた。
「……正直、驚いています。まさか、ここまでの規模で動いてくださるとは」
「貴女の発想と技術は、それに値する。私の見る目に間違いはなかった、ということです」
クラウスは、どこか誇らしげに言った。
そして、村の住人たちにも変化が現れていた。
元々農業しか知らなかった村人たちは、今では温室や調合所の作業にも意欲的に参加し、新たな“生活の術”を学び始めていた。
「エリス様、ここの畝に植えた“スイートレイア”って薬草、すごくよく育ちました!」
「じゃあ、それは午後から乾燥室へ回して。魔力注入の準備も忘れずに」
子供たちも遊びながら、薬草の名前を覚え、収穫を手伝っている。
笑顔と活気に満ちたその姿は、かつての閉塞した農村とはまるで別物だった。
(これが……“変わる”ということ)
エリスは薬草園の中央に立ち、目を細めた。
この地が、彼女自身の手で確かに“希望”を得たのだと、実感として伝わってきた。
その夜。
別荘の応接室では、クラウスとエリスがふたり、これからの“未来図”について話し合っていた。
「帝国では、貴女の研究成果に関心を示す者が次々に出てきています。ですが、私はまだ正式な報告書を出していない」
「どうして?」
「王国がどう動くか、それを見てからでも遅くはないと判断しました。あまりに早く“結果”を出せば、かえって貴女を危険にさらすことになる」
エリスは、ゆっくりと息を吐いた。
「私が王宮の思惑に巻き込まれる可能性、ですね」
「そう。だが、私は貴女の背を守る。必要ならば、帝国は公的に支援を表明する覚悟がある」
その言葉に、エリスの瞳が揺れた。
まっすぐな信頼、そして、守ることを前提とした約束。それは、かつてどんな貴族の口からも聞けなかった言葉だった。
「……私の研究が、誰かの救いになるなら。私の選んだ村が、人々の居場所になるなら。私は、進みます」
「ならば、私は剣となろう。道を塞ぐすべてを斬り払い、貴女が進むべき“道”を守る」
クラウスが手を差し出す。
エリスはその手を、今度は迷いなく取った。
「よろしくお願いします、クラウス殿下――いえ、クラウス」
「ええ。エリス」
ふたりの“契約”は、もはや国境も、過去も、立場すらも超えたものとなりつつあった。
こうして、帝国の支援は正式に始動した。
それは、ひとりの“悪役令嬢”が、この世界の“未来”を動かす中心へと変わっていくための、第一歩だった。




