試される覚悟
エリスが“帝国の申し出”を保留とした数日後――
ミュリエ村には、再び予期せぬ訪問者がやってきた。
「エリス様……お、お城から、お客様が……!」
リーナが顔を青ざめさせて飛び込んできた時、エリスはちょうど薬草の調合を終えたところだった。
落ち着いた声で問い返す。
「城……というと、王宮から?」
「は、はい。しかも、王太子殿下の御名代とのことです」
一瞬、空気が凍った。
王太子レオナルド。かつて自らを“悪役令嬢”と断じ、追放した当の相手。その使者が、今になって――
「応接室に通してちょうだい。すぐに行くわ」
エリスはゆっくりと立ち上がる。
震えるような感情は、もうなかった。ただ、冷たく沈んだ決意だけが胸にあった。
応接室には、背の高い壮年の貴族が座っていた。
黒の礼服に、王太子の紋章を刻んだ金のブローチ。王太子付きの重臣として知られる、カーネル伯爵である。
「これはこれは。お元気そうで何よりです、エリス嬢」
「ご機嫌麗しゅうございます、カーネル伯爵。あいにく薬草の香りが強くて失礼を。辺境では香水よりこちらの方が人気なもので」
にこやかに返すエリスの言葉の中には、明確な皮肉が滲んでいた。だが伯爵は眉ひとつ動かさず、話を続ける。
「殿下が、貴女のお力を再び王宮でお借りできないかと仰っております」
――きた。
予想していたとはいえ、あまりにも都合の良い物言いだった。
あれほど一方的に切り捨てておいて、今さら“力を借りたい”とは。
「殿下のお言葉には、何か具体的な内容が含まれているのかしら?」
「王都にて、貴女の開発された薬草を王立医院と提携して量産したいとのこと。もちろん、王室の後ろ盾のもとで」
「……なるほど。私を、また“王宮の道具”に戻したいと?」
エリスの声は静かだった。けれど、その瞳の奥にはかつてないほどの冷たい光が宿っていた。
「ご冗談を。我々は貴女に対し、正当な評価を持っております。ただ、過去の誤解があっただけで……」
「“誤解”で婚約破棄された私に、今さら評価ですか? 貴族社会とは、随分と薄情で、都合の良いこと」
エリスはゆっくりと立ち上がった。
「私には、私を信じてくれる人たちがいます。帝国の皇子クラウス殿下も、そのひとり。彼は、“貴族の義務”ではなく、“人の意志”として私を見てくれました。王宮に、同じ目があるとは思えません」
「それは……王太子殿下に対する侮辱と受け取られかねませんぞ」
「ご自由に。私は王都に戻るつもりはありません。ここで、私自身の力で、人々を救っていくと決めたのです」
言い終えると、エリスは一歩、伯爵に近づいた。
「伯爵。お引き取りください。私はもう、“あなたたちの舞台”には興味がないの」
その言葉に、カーネル伯爵の顔がさっと強張った。
だが、すぐに表情を戻し、深く一礼する。
「……残念です。ですが、殿下のご意向は今後も変わらぬでしょう。いつでもお戻りになられるよう、門は開けておきます」
「お気遣い、どうも」
伯爵が去った後の部屋に、静寂が落ちた。
エリスは深く息を吐き、額に浮かぶ汗を拭った。
「……来るとは思ってたけど、やっぱり、あの人たちは何も変わってない」
そこへ、マリーが駆け寄ってくる。
「エリス様、大丈夫ですか!? 王宮の名前が出ただけで、私、また何かされるんじゃないかって……!」
「大丈夫よ、マリー。あの人たちは、もう私を“追うこと”はできない。だからこそ、“取り戻そう”としてきた。滑稽だわね」
マリーは、安心したように笑った。
「エリス様って、本当に……強くなりましたね」
エリスは苦笑する。
「きっと、皆がいてくれたからよ。マリーも、リーナも、アルフも。クラウス殿下も……」
そして心の中で、かつての自分に静かに告げた。
(もう、私は誰かの許しを待つだけの“お人形”じゃない。私は、私自身の意思で生きる)
――その覚悟は、試された。そして、確かに通った。




