念願のフロル
朝まで泥のように眠り、朝焼けになる頃目が覚めた。
染み付いた習慣はそう簡単には抜けない。むしろ、決まったルーティンを崩す方がなんだか、違和感がすごい。
静かにベッドを出て、足音を立てないように廊下を歩き宿の外へ出た。
宿の脇には小さな小屋があり、そのにハンナを繋いでいた。繋いでいた綱と馬銜は宿の店主に相談し、要らなくなったものを貰った。相当使い古されていたが、ないよりかはましだ。鞍も同様で処分したいからと貰い受ける。
どうやらハンナももう起きていたらしく、私を見るなり目を細める。
「ご飯、食べに行こっか」
まだ村は寝静まっていて、ほとんど人通りのない中を行く。
小さな村だ。一歩出れば田畑が広がり、幾らかの原っぱが広がっている。その先は森。
昨日のこともあるから、出来るだけ森には近づかずにしておこう。
ハンナもそれは分かっているようで、警戒しながら草を食む。その証拠に、耳はさっきからぴこぴこと動きっぱなしだ。
私もハンナができるだけゆっくり食事に専念できるように、辺りを見回す。
幸い、誰もいないようで静かな時間が流れるだけだった。
やがて食事を終えたハンナが、ゆっくりと宿の方へ歩いていく。
どうやら、もういいみたいだ。
「本当に、賢い子だね」
隣を歩きながら、宿の方へと戻ると徐々に店が開き始めていた。と言っても、飲食関係の露店でばかりで、朝食を摂ろうとした人たちで賑わっている。
「私も何か買おうかな」
お財布と相談し、スクランブルエッグが焼きたてのバケットに挟まれたサンドイッチを買った。
すぐさま宿に戻り、食事を摂ってから私は直ぐに出発した。
ハンナを連れて歩くつもりだったが、それをハンナは頑として譲らず、背中に乗れと押し問答が続いた。
私もハンナに無理をさせたくない一心だったのだが、あまりの頑固さに折れるしか無かった。
「分かった、でもハンナがダメそうだったら降りるからね?」
ハンナに跨り、フロルを目指した。
フロルへと続く道中、近づけば近ずくほど人は多くなる。
教会や隣村との活気はまるで違う。
乗り合いの馬車、行商人……様々な人が通る。
それだけで、もう少しでフロルに着くこと、ローレル様との約束が果たせると心が弾む。
行き交う人の波に乗り、とうとうフロルの中へと踏み入れた。
きょろきょろと辺りを見回す。
さすが城下町。道の両端には店が立ち並び、野菜や果物、魚、肉、日用雑貨から何まで品揃えがいい。
この国の中心なのだから当たり前と言ったら当たり前なんだけど、さすがしか言いようがない。
比べ物にならない都会の様相に、私は目を奪われる。
ハンナから静かに降り、並べられている品物を見る。
どれもこれも興味深くて、辺りを気にするのを疎かになっていた。
この時私は、気が付かなかった。私を見る、複数の衛兵がいたことを。
そんなことは露知らず、私はどんどん前へ進む。
すると、噴水が真ん中に設えてある広場へと出た。
どうやら市民の憩いの場らしく、ベンチがいくつか並び、そこで話す人、噴水を眺める人、など各々過ごしていた。
「そこの女、止まれっ!」
私も休もうと、ベンチに近づいた時背後から大声で呼び止められた。
びくっと体が跳ねる。ゆっくりと振り返るとそこに居たのは白い隊服を着た衛兵が剣を私に向けた。
にわかに広場が静まり返る。思わず後ずさりすると背後にもいつの間にか衛兵がいたようで、囲まれていた。
逃げられない。そう思った時には既に遅かった。




