第17話 魔界の面々
静かな執務室に、カリカリとペンの音が響く。
意匠も豪華な広々とした机には、これまた広々と書類が広げられていた。
ひたすらペンを動かし、時折ペンをひっくり返して押印をする。
微動だにせず同じ作業を進めていた男性は、ピタッと動きを止めると、
「だぁーーーっっ!」
と叫んだ。
すると、部屋の扉が開き、別の男性が手に書類と飲み物を持って入ってきた。
「陛下、お静かに。」
「今日は!もう!寝る!」
「大丈夫です。眠気に効くポーションを持ってきました。」
「そういうことではないわ!」
フーフーと荒い息を吐きながら、入ってきた男性をギロッと睨む、陛下と呼ばれた男性。
しかし、入ってきた男性は全く気にした様子もなく、淡々と机の上に書類と飲み物を置いた。
「一つ報告を持ってまいりました。」
「ん?」
「お嬢様のことです。」
「おお!ウィステリアのことか!何かあったのか?」
「はい。家出しました。」
「ふむふむ、家出家出……は?」
ポカンとした表情を浮かべるのは、陛下、こと現皇帝であるハクタンユ・オーギュスタン。
淡々と不穏な報告を寄越した男性は、その筆頭秘書であるダラス=サイスである。
「ですから、家出しました。」
「はあ?!何があった?喧嘩か?イジメか?息子の暴力か!」
「いえ、ちょっと人間界に行ってくるという置き手紙がありましたので、これは家出と報告しようかと。」
「人間界?!家出どころではないではないか!からかっとるのか!」
「はい。」
「きー!」
立場的に言えば、圧倒的に上であるはずのハクタンユだが、小さい頃からあしらわれ続けてきたダラスとは、未だに昔のような会話が展開される。
もちろん本当に不敬だとは思っていないが、いつか見返してやるとは思っている。
「まあ無理でしょうけどね。」
「モノローグに突っ込むな!」
「では真面目にご報告いたします。ウィステリアお嬢様は、人間が繋いだ召喚陣に自ら飛び込んだようです。細かい動機は不明ですが、おそらく【行ってみたかったのじゃ!】ということかと思います。」
「ううむ。ありそうな動機のうえに魔力お化けだからな…。」
孫であるウィステリアはひたすら可愛い。
ただ、行動が多少浅はか…いや短絡的…いや、それも含めて、可愛い。
そう、可愛いは…ジャスティス!
「お顔がだらしなくお崩れになっておりますよお爺さん。」
「誰がお爺さんだ!」
いつものように会話が中々先に進まない二人。
ただ、流石にそろそろ落ち着かなければ、と理解しているハクタンユは、「それで、他には?」と話の続きをダラスに促した。
「はい。先日訪問した隣国から、貢物が届いておりますが、いったん倉庫に保管しています。」
「うむ。まあ、少し様子を見て、援軍の規模に見合う分以外は戻しておけ。」
「畏まりました。それと、遠見の鏡を使いますか?」
「ん?何故だ?」
「お嬢様の様子が見れますよ。」
「!!それは、その…プライバシー的な…。」
「人間界で暮らすお嬢様のご様子を確認するのもお役目の一つでは。」
「いや、しかし…。」
遠見の鏡とは、大量の魔力を消費するものの、事前に登録した人物の様子を確認できる魔法具である。
以前、孫可愛さが暴走して、こっそり登録して執務の間に除いていたところ、ウィステリアにボッコボコに殴られたうえ、「二度と使うな!」と啖呵を切られた代物である。
そりゃあ、いくら何でも年頃の娘の私生活をニタニタと覗いていたのだ。
ド変態である。
地獄の業火に焼かれつつ海の藻屑になればよかったのに。
「本当にむっつりエロジジイは救いようのない…」
「全部口に出とるではないか!」
と相変わらずの会話だが、ハクタンユ自身は心が揺れ動いている。
見てみたい。
ウィステリアが、人間界で何をやらかすのか?
やらかす前提?当然!
また怒られるかも。
ああ、でも見てみたい。
…。
「ということで、持って参りました遠見の鏡。」
「手回しが良すぎる!」
「あちらの世界を除くには通常の魔力結晶では難しいので、こちらをご使用ください。」
「準備が良すぎる!」
「皇后陛下の部屋からこっそり持ってきた【ブラックアルロン】の純結晶です。」
「ひぃ〜!」
使えるかこんなもん!俺を殺す気か!と切れるハクタンユ。
そのとき、部屋の扉が「コン、コンコン、コン」とノックされる。
このノックの仕方は…。
絶望の表情を浮かべるハクタンユ。
そんなことは全く気にしない素振りで、ダラスは部屋に入ってきた女性に、
陛下の命令で遠見の鏡とブラックアルロンをお持ちしました。
お嬢様の私生活を覗く行為が忘れられないようです。
では私はこれで。
というと、サッサと退室していった。
その後しばらく、甲高い悲鳴が室内外に響いていたが、筆頭秘書を始めとした面々は「またやってますね」と、特に動じることもなかった。




