4.都市国家シュレーゲル
美しく広がる草原を少しばかり歩くと、なだらかな丘に行き当たる。
風を感じながら緩やかな傾斜を登りきると、巨大な街を見下ろすことができた。
「想像以上に栄えておるんじゃな……!」
「ふふ。私も、おんなじこと思った。街中はもっとすごいんだよ?」
「ほう……ほう……!」
シュレーゲルは、確かに都市国家だった。
防壁があり、街並みがあり、城がある。そして何より、今まで目視出来なかったのが不思議なくらいに、広がりがあった。地平線を隠すほどの広大さである。
小説の挿絵よりも、文字から浮かび上がる想像よりも、はるかに立派ではるかに壮大。
シャーロットは、人生で初めて見る街に感動を覚えた。
「多分だけど、フードはかぶっといたほうがいいと思う。エルフの耳は目立つから」
「? 目立ってはいかんのか?」
「エルフなのに魔法使えないって知られたら、ちょっとした騒ぎになるよ?」
「そういわれてものう……。ずうっとフードをかぶっておったら、それこそ不自然じゃろ?」
「〝終末難民〟には色んな人がいるから。じろじろ見られるだろうけど、詮索する人なんてほとんどいないわよ。それに、傭兵団に入るんだったら、そういうマイナスなところは見せないようにしなきゃ」
「……? そんな話があったか?」
「シャーロット、あのね……。働かないと、街には住めないんだよ」
「……! し、小説で読んだとおり……。金とやらがなければメシも食えぬのかっ?」
「もちろん。そうはいっても〝終末難民〟向けの雇用はたくさんあるし、何なら傭兵団はほとんど落とされることないし」
「出自は問わんのか。……まァ、こんな時代じゃしのう」
「そういうこと。街に入るのも問題ない……はず。私もいるんだし」
シャーロットは、言われた通り、尖った耳が隠れるようにフードをかぶる。
ソフィにも確認してもらい、少しばかり手直ししてもらってから、シュレーゲルへと向かった。
「名前は?」
「シャーロットじゃ……です」
「年齢は?」
「四十じゃよ……です」
「そうは見えないが……。もしやエルフか?」
「うむ……です」
「ふ、ンン……。失礼。では先ほどの話を確認すると……エルフの森を出立後、船が大破。上陸後、当てもなく歩き、彼女に出会った」
「そうじゃ……です」
「結構。〝終末難民〟と認定する。これを」
「む……? なんじゃ、この板は?」
「難民と証明する認定札だ。それを持っていれば、様々な施設から一定の恩恵を受けられる。詳しいことは都度聞くといい」
「ほう……。こんな簡単な問答で渡していい代物とは思えんな?」
「君には身元保証人がいる。それに、その札は時に命よりも重いものとなる。この国の住人は、皆、何かしらの認定札を持ち歩いている。もしも君がそれを失くした場合、理由に関係なく即時牢獄へ入ることとなる。場合によっては死罪もありうる。くれぐれも気を付けることだ」
「甘い話には毒がある……」
「まあ、そういうことだ。難民に対する罪と罰は、とかく重い。寛容なぶん、余計にな」
「気をつけるとしよう……です」
「ふっ、ンン……。失礼。通って良し。――シュレーゲルが歓迎する」
五分ほどの検問を受けて、シャーロットはソフィとともに都市国家シュレーゲルに足を踏み入れた。
「おお……! 麦畑とやらではないか?」
「そう。防壁に沿った〝一周目層〟は、主に畑が広がってるの。麦類のほかにも、キャベツ、タマネギ、ニンジン、ジャガイモ……。他にも果樹園があったり、牧場があったり」
「じゃから驚くほどに広いのか」
街に入ったとは思えないほど、牧歌的な光景が広がっていた。
右も左も黄金の麦畑。収穫時期なのか、何人もがせっせと麦を刈り取っている。ところどころに倉庫らしき家屋が設けられ、それもまた一つの風情であった。
「足が……ドロドロじゃあ……」
歩いているのは土道で、草原とは違い泥が足裏にまとわりつく。若干の心地よさと酷い不快感とを同時に感じ、シャーロットは総じて顔をしかめる。
「宿を取りたいけど、まずは服装を何とかしなきゃね」
「むう……。金はどうするつもりじゃ」
「〝終末難民〟の認定札があれば無料になるのよ。下着でしょ、服の上下でしょ、靴でしょ、あと靴下。それから鞄も、ものによっては無償になるわね。あ、もちろん、それぞれ一着ずつだから、きちんと選ばなきゃだけど」
「外套はないのかのう? 耳を隠さねばならんのじゃろ?」
「アウターは季節によるのよね~。まだ寒くない……っていうか、どっちかっていうと暑くなっていく時期だから、売り物自体ないかも」
「ふん……。当面はこのテントマントでよいか」
「そのままっていうのも不格好だから、私が交渉してあげる。お気に入りのお店があるから、行きましょ」
ソフィに手を引かれて案内された都市国家シュレーゲルは、想像以上に魔法的だった。
しばらく続く田園風景を抜けると、景色は一変。
道路は石畳で舗装され、両側にはレンガ造りの家屋が立ち並ぶようになる。
道行く人々もどんどんと増えて、エルフの森では考えられないくらい、見知らぬ誰かとすれ違うようになる。
人と当たらないように歩くので精一杯。どこをどう通ったのかもわからず、ソフィに連れられ二度三度道を曲がる。
道ごとに少しずつ風情が変わり、すれ違う人たちの様子も変わった。
収穫した野菜の選別をしていたり、職人たちが魔法を使って何かを作るのが見えたり、道端で数人が楽しくおしゃべりをしていたり。
そうしてたどり着いたのが商店街。幅広な道の両側に商店が軒を連ねていた。
「ここよ、私のイチオシ! 〝ネッサハウス〟!」
「おお! ……と紹介されても、服を売ってること以外にはわからんが。じゃが……どれもこれもヒラヒラしておるのう?」
「女性服専門だもん。……そういえば、シャーロットはどんな服が好みなの?」
「好みといわれてものう……。動きやすくて、面倒でないのがいいが……あれはどうじゃ?」
「ワンピース? ……確かに動きやすさだけで言えばいいかもだけど。そうしたら、下にもう一つ欲しいわね。ホットパンツとか。不意な時に下着が見えちゃうもん。でもそれだと太ももに興奮する変質者が……ロングブーツが吉かも」
「……? 想像以上に洋服とやらは奥が深いようじゃの……。ソフィに全部任せる」
「まかせて! ――あ、ネッサさん! 今いいですか?」
ソフィは店主のネッサと親しいのか、一緒になってコーディネートしてくれた。足も含めて採寸を済ませてから、改めて何がいいかを検討する。
二人とも他人事だというのに、ああでもないこうでもないと論議。当人であるシャーロットが置いてけぼりにされる始末で……しかしながら、結果的にシャーロットも満足するコーディネートが出来上がった。
基本構成は先ほどと変わらない。簡素で清楚なグレージュのワンピースに、デニム生地のホットパンツ、ひざ丈のロングブーツ。
これらに加えて、太めのベルトを腰に巻くことで、今後ポーチや剣帯を装着できるように備えておく。
それからテントマントだが、これをそのまま使うのはネッサが断固反対した。
職人魂に火が付いたのか、ものの三十分ほどでフード付きのマントを見繕ってくれた。紺よりも深い勝色で、傭兵団に入ることを知っての配色だった。
「ふうむ……。ソフィがふぁっしょんに入れ込むのもわかる……。楽しいのう……!」
「でしょ、でしょっ? お金がたまったら、今度はシャーロットが私の服を見繕ってよ」
「む? ネッサに頼むのが安定ではないか?」
「友達に、コーデしてもらいたいの。女の子の知り合いは何人かいるけど、こう……こんなに距離が近い友達って子は初めてで。……ダメ?」
「……ふっふ。わしはもう四十じゃが……。それでも友と呼んでくれるならば、喜んでいくらでも付き合おう」
「やった!」
〝ネッサハウス〟を出て向かうのは、ソフィも泊っている宿。
都市国家シュレーゲルは、円形状に築かれた巨大都市。
外周に沿うようにして築かれた〝一周目層〟が、農業地区。その内側である〝二周目層〟は商業地区……〝ネッサハウス〟もここに含まれている。
〝三週目層〟には住宅地区が続き、〝四週目層〟は軍人地区、〝五週目層〟にはシュレーゲル城がそびえる。
そうやってまとめれば随分とわかりやすいが、実際にはそうではない。
昔は小さな集落に過ぎず、街を拡張するたびに外周に家屋と道を増やしていったという。
そういう経緯であるため、まともに区画整理はされておらず、家の並びも道路の通り方もてんでバラバラ。
地元の住民も、慣れていない地区にはよほどのことがない限り向かわないのだという。
ただ、迷わないための簡単な覚え方がある。
都市国家シュレーゲルには、東西南北に門が設けられている。この門からは大通りが敷かれており、都市をクロスに切り分ける形となっている。
そのため、迷ったと思ったらまずはこの大通りを探せばいいらしい。
「――って言っても、実際に迷っちゃったらどこが大通りなのか、ほんっとに分かんないから。慣れるまで私と一緒に出歩くこと」
「感情が籠ってたのう……」
「夜に出歩いて何度朝日を見たか……」
「フッフッフ!」
「笑い事じゃないんだから! っていうか……シャーロットってば、ほんと可愛いわね」
「ム? じゃろう?」
「むかつく。――あ」
「お? なんじゃ? 催し物か?」




