5.三将
「お? なんじゃ? 催し物か?」
ソフィととともに出たのは〝東方大通り〟。
想像した通りに人が多かったが、皆端の方に寄っていた。何かを待ち構えるように、一様に同じ方向を向いている。
「あ~! そういえば、シュレーゲル騎士団の遠征日だった! そのパレードだよ」
「シュレーゲル……軍? 傭兵団とは違うのか?」
「〝炎王〟ボーベルガー様に忠誠を誓った正規の騎士団でね。きちんと試験を受けて、実力と知識を兼ね備えたエリートたちなの」
「えんおう……ぼー……?」
「ボーベルガー様。このシュレーゲルを建国したお方で、同時にこの国で最強の戦士なんだよ」
「ほう……。〝炎王〟というのはなんじゃ? 異名か?」
「私も詳しく知ってるわけじゃないんだけど、噂じゃ〝神の力〟を授かってるんだって。〝炎の神力〟……って言ってたかな」
「神の力……〝神力〟。魔法とは違うんじゃな?」
「らしいよ。で、〝炎の神力〟を使って、この辺りをまとめ上げたんだって。シュレーゲルがこの五年で急激に発展したのも、色んな集落とか村とかを取り込んでいったからなんだよ」
「興味深い話じゃのう。〝神の力〟を持つ者が、力によって支配をするか……。〝終末難民〟のことを考えると、それも一概に悪とは言えぬが……」
「シャーロットってば、神様嫌いだもんね~。ま、私もビミョーな気持ちではあるんだけど。――あ、ちょっと見えてきたかも。ほら、あれ」
遠征パレードとやらは、まだ始まったばかりらしい。
わっと歓声が聞こえるものの、まだ距離が遠く、その先頭集団が少しばかり見える程度。
「遠征日というたか? なんの遠征じゃ?」
「〝方舟〟を探すための遠征よ。正確には、その場所を特定するための〝コンパス〟探し」
「〝コンパス〟……?」
「いくつか集めると〝方舟〟への道筋を教えてくれるんだって。それだけじゃなくって、〝方舟〟に入るためのカギにもなってるらしくって……。だからボーベルガー様は、有力な候補地に遠征隊を派遣してるの」
「ふうむ……? シュレーゲルはいくつ所持しておるのじゃ?」
「今のところ収穫無し。そもそも、〝コンパス〟探しを本格的に始めたのはここ一年くらいなのよ。それまでは情報収集に力を入れてて……で、国もようやく安定してきたから、本格的に遠征に力を入れ始めた、ってカンジ」
「それにしても、一年も成果なしとは……。先が長いのう。何か手掛かりはないのか?」
「〝コンパス〟は魔法の〝気配〟を放ってるんだって。近づいたらそれってわかるくらいに独特……って聞いてる」
「魔力を持つ道具とな……っ?」
シャーロットとしては、興奮せざるを得なかった。
通常、魔力は生物にのみ宿るもの。剣であろうと服であろうと、心臓も脳みそも持たない道具が魔力を持つことはない。
その常識を覆しているのだとしたら……そんな非常識が本当に実在するのだとしたら。〝扉〟の試練云々を抜きにしても、是が非でもこの目で拝みたい代物であった。
「こっそりついていってはダメかのう……?」
「ばっ……コワイこと考えないでよっ! そんなことしたら追放ものだよっ?」
声と顔つきで忠告するだけではなく、ガシッと手首まで掴んでくる。ソフィのあまりの迫力に気圧されて、シャーロットは口を突いて出そうな冗談を飲み込んだ。
そうこうしているうちに、遠征隊が間近にまで迫ってきていた。
「遠征隊というのは一つしか出さないのか?」
「今回は特に力を入れてるみたいだからね。シュレーゲル騎士団最強の〝三将〟がそれぞれ遠征隊を率いるんだよ」
「〝三将〟……? 将軍が三人もおるのか?」
「まあ、そういうカンジ。で、ほら、一番先頭の。赤い布地に巨剣〝デュランダル〟を刺繍した旗を象徴とするのが、〝豪剣〟のカッセル」
遠征隊のトップを飾るのは、見たこともない巨漢。
ゆうに二メートルを超える身長といい、巨体を支える筋肉といい、背中に携える幅広の巨剣といい、その存在自体が凶器のような男だった。
騎士というのに鎧の一つもつけておらず、その風体は蛮族のよう。
いかにもがさつそうな顔つきに、もじゃもじゃの黒ひげを蓄えているため、一層野蛮に思える。
だが、その人気はすさまじいものだった。本人はいたって普通に歩いているだけというのに、いろんなところから声援が飛んでいた。
「見るからに野蛮人じゃが……。そうでもないのかのう?」
「いいえ、とんでもないノンデリカシー親父よ。シラフのときと戦いが絡まないときは寡黙だから……みんな騙されてんのよ」
「辛辣じゃのう。何があったのかは聞かんでやる」
〝豪剣〟カッセルがのっしのっしと通り過ぎ、その後ろを〝巨剣の旗〟を掲げる旗手が続く。
そして何十人と本隊が二列にならび、全員が歓声に左右されず気合を入れて遠征に臨んでいた。
「次が……見えた。黄色い布地に赤いバラの旗が、〝美鬼〟のカーラ」
「ビキ……? 外海には鬼の種族がおるのか?」
「え? いないよ、いない。ものの例えよ」
「……鬼に例えられるのか?」
「美しくて、それでいて強いから……っていうのは表向きの理由。本当のところは……」
ソフィがしりすぼみになって最終的に口を閉ざしたのは、その〝美鬼〟が近くにまで来たためだった。
馬に乗るその女性は、確かに美しい女性だった。
ふわりとたなびくブロンドに、美しく整った容貌、己の美しさを熟知した所作。
鎧を着てなお、そのプロポーションが抜群だとわかる。男はもちろん、若い女性たちもその振る舞いに黄色い歓声を上げる。
だが当のカーラは、周囲の反応に一つとして応えない。終始つまらなさそうに通り過ぎたカーラを見やって、シャーロットはつぶやいた。
「なんじゃ……。ずいぶん冷たい女じゃのう」
「塩対応も人気の一つなのよ」
「ようわからん……。鬼と例えられる所以はあの態度か?」
「それもそうなんだけど、もう一つあってね。ボーベルガー様のことになると人が変わるの。特に女がらみ」
「聞くだけで面倒じゃ……。それでも女性人気が高いとは世も末よ」
「騎士団なり傭兵団なりに属してないと、まず関わることがないもん」
カーラ隊が粛々と通り過ぎ、最後の〝三将〟の隊となる。
というのに、パレードを見に集まっていた人々が散り散りになる。
みな、満足したかのように帰っていき、喧騒に包まれていた大通りが途端に静まり返った。
「おお……? 〝三将〟はまだ一人おるんじゃろ? 炎王とやらは全員を遠征に向かわせるという話じゃなかったのか?」
「まあ……。最後の一人は地味というか、花がないというか……。人気がない……っていうより、みんな興味がないんだよね」
「そんな悲しいことがあるか……?」
「もっとも、当人はその方がいいんだろうけど」
観客がほぼいなくなったところで、最後の遠征隊が静かに行進する。
隊を先導するのは、黒染めのマントで全身を覆い隠した〝三将〟。
小柄なのは確かだが、フードを目深にかぶっているため、男か女かすらもわからない。ともすれば、そういう人形が馬の上に乗っていると勘違いしてしまう。
「〝黒狐〟のヴィクター。見ての通り、人目を嫌う人なの」
「クロコ……。見たところ子どものように見えるが……」
「ここだけの話……美少女みたいな少年なのよ。何度か素顔を見る機会があったんだけど、ああやって隠してるのがもったいないくらい」
「まァ、顔面一つで世渡りできるほど、今の世は甘くないからのう。ちやほやされれば目立ち、目立てば狙われる……隠すのも処世術の一つということじゃろう。しかし……〝三将〟の一人に数えられるのならば、どうでもいい気もするが」
「優秀な魔法使い……らしいんだけど、あんまり詳しくは知らないのよね。〝三将〟の任命はボーベルガー様の独断だから、確かな実力はあるはずなんだけど」
「ふん……。魔力量は人並みじゃったが……。ならば、相当に魔法の使い方がうまいのか」
「ま、傭兵団に入れば機会はおのずと巡ってくるから。その前に、早いところ宿を確保しなきゃ。ついてきて」
ヴィクター隊が通り過ぎるのを待つことなく、ソフィは案内を再開した。
宿もある程度場所がかたまっているらしく、住宅地区である〝三週目層〟と軍人地区である〝四週目層〟の境目に集まる傾向にあるという。
そのほとんどが〝終末難民〟に向けたもの。
良くいえば行き場を失った人々の受け皿、悪くいえばよそ者の寄せ集め……ほかのどんな場所よりもトラブルが多く、そのため騎士や傭兵がすぐに駆け付けられるような配置となっているのだ。
だから治安が悪いかといえば、そういうわけでもない。
人が集まるところに商機あり。ということで、商魂たくましい商売人たちが、酒なり飯なりを持ち寄って露店を開いている。
難民たちだけでなく、騎士や傭兵も多く立ち寄り、それが必然的に監視の目を担うのだ。
そのため、トラブルが頻発するといっても、酒が回って互いにヒートアップしただの、軽い冗談が巡り巡って殴り合いに発展しただの、その程度。
トラブルの多さから考えると、刃傷沙汰はないと言っていいほどだった。
「そういえば、ソフィも〝終末難民〟なんじゃな?」
「まあね。孤児になっちゃったもんだから……仕方ないよねえ」
「ふん……。ここらあたりは騒々しいが……一人ではないというのは、案外、気が楽なのかもなあ」
「ふふ、それは本当にそう思う」
次回投稿は未定です。




