3.〝方舟〟
「フッフ。素直な子じゃなあ、ソフィは」
「やめてよ、子ども扱い……。シャーロットの方が絶対年下でしょ」
「何を言うておる。わしは四十じゃ。お母さんと呼んでくれても構わん」
「うっそ……」
ソフィの愕然とした表情にシャーロットは笑い……ふと気づいてしまった。
なにゆえ、ソフィが年下と見たのか。なにゆえ、エルフと知ってなおそう判断したのか。
シャーロットは自分の身体を見て、悟ってしまった。
愉快な気持ちがムッとしたもので立ち消えていき……ソフィが先手を打って話題を変えてきた。
「よ、良かったら、私と一緒に来ない?」
「……」
「う~……ごめんって。怒らないでよ。だって、エルフってもっと大人っぽいイメージがあるから……」
「……まあ。他より子どもっぽいところが多々あることは認めよう。それで、人里があるんじゃな?」
「そうそう。シュレーゲルってとこ。この辺りをナワバリにしてる国でね。何でも揃ってる上に、〝終末難民〟の受け入れも積極的にしてるから、超オススメなの!」
「ほう? 国はすべて滅んだものと聞き及んでおるが……もうそこまで発展しておるのか?」
「シュレーゲルは都市国家ってやつかな。街一つで完結してるからさ。本当の意味での国は、エグバート王国とベルナンド教国くらいじゃない?」
「ふうむ……? その二つは、ここから遠いのか?」
「うん。だって、別の大陸だもん。海を渡らなきゃいけないから……大変ってもんじゃないと思う」
「でかいほうが〝方舟〟への手がかりがつかめると思うたが……。今はとにかく、シュレーゲルとやらに向かうほかないの。ソフィや、案内を頼めるか」
「いいけど……。〝方舟〟って言った?」
「お? 知っておるのか?」
「知ってるも何も……。全世界の〝王様〟たちが探し求めてる理想郷だよ」
「……なんじゃと?」
あの〝扉〟が言及した〝方舟〟とやらは、おとぎ話のそれとはまったくの別物らしい。
しかもそれが明確に実在しているらしいと分かり……シャーロットは少しばかりワクワクした。
「理想郷とはどういうことじゃ? おとぎ話では大きな船と記憶しておるが、その〝方舟〟にちなんだ場所なのか? なぜ王たちが目指しておる?」
「ぎゃ、逆に私はそのおとぎ話を知らないんだけど……。ちょっと、興奮しすぎ! 漂流してここまでとぼとぼ歩いてきたんじゃないのっ?」
「森に住むエルフを舐めるでない。そら、答えよ」
「わかった、わかったから! 道すがら話すから!」
「? なぜ恥ずかしがる?」
「だ、だって……! こういうとき、男女関係なくにおいがキツいんだけど……シャーロットってば、超いいにおいするんだもん!」
「おお? そういうのは最低限気を付けておるが……。森育ちだからかのう?」
「て、天然ものってこと……? 世の女がどれだけ苦労してるか……!」
「な、なんじゃ、恐ろしい」
「――はあ。いいわよ、もう。ほら、行きましょう。シュレーゲルはこっち」
どうやらソフィは、シュレーゲルの傭兵団に属しているらしい。
一人でうろついていたのも、最近この辺りで野盗やら山賊やらとの戦闘が続いたため、何か金目になるようなものが残っていないかと見て回っていたかららしい。
「傭兵団とやらに属していれば、とりあえずは困ることはないんじゃろう?」
「そうはいっても贅沢はできないのよ。武器と鎧はお金かけなきゃ出し、手袋は可愛いのがいいし、普段着はおしゃれでいたいし……。流行ってる香水だってほしいもん」
「欲張りじゃのう。どれか一つでいいじゃろ」
「シャーロットはエルフの生活しか知らないからそう言えるの。今に私と同じ末路をたどるわよ」
「ほう? ということは、ソフィももともと〝終末難民〟とやらじゃったのか?」
「まあね」
ソフィは詳しいことは言わず、シャーロットも問いただすようなことはしなかった。里一番の嫌われ者だが、それくらいの配慮はできる。
「しかし、暴力のもとに人が集い、国ができるとはのう。そうして出来上がった国が、路頭に迷う人々の受け皿となる……。巡り巡って乱暴者が弱者を助けるとは、随分と奇妙な構図じゃ」
「乱暴者も一人じゃ乱暴もできないって、笑い話があるくらいだから」
「なんじゃ、その感性……。全然笑えんわ」
ソフィが道中見つけた野盗のテントで、物資をあさる。
そうはいっても、野盗を殲滅した傭兵団が回収した後であり、残ったものはほとんどない。
せいぜい、テントの布をポンチョのようにして被るだけ。
「ぬう……。靴が壊れた。藁編みは寿命が短い……革のが欲しいのう」
「靴は見たとこないわね……。賊の遺体は持ち帰って火葬するから……その時に身に着けてたものは根こそぎ回収して再利用するのよ」
「随分と手厚いんじゃな?」
「人の骨も貴重な資源になるから。あんまり気持ちのいい話じゃないけど」
「ふん……。ま、所詮は賊じゃしな。死して役立ってもらった方が、大義はあるか」
「そういうこと。で……靴の代わりになるようなものもないし、背負った方がいい?」
「いや。せっかくの機会じゃ。自分で歩く」
「ふふ……」
「なんじゃ?」
「せっかくっていうの。いいなって思って」
「そうか? なにぶん、わしは何十年と森の中で過ごしたからのう。こういう開けた場所は新鮮なんじゃ。じゃから、自分で歩きたい」
広い空を堪能するべく、上を向いて歩く。
時折ちくりとした感触が足の裏に宿るが、それも気にならないほどに、青く広い空は美しかった。
「で? 〝方舟〟とはなんじゃ?」
「数年前にさ、お昼時なのに空が真っ暗になったことあるでしょ? その時にお告げを受け取った人たちがいてね。〝方舟〟に行けば永遠の安寧が手に入る……とかなんとか。どこにあるかも、実際どういう場所なのかもわかんないだけどね」
「ふうむ……? そんな話はエルフの間では噂にもならんかったぞ」
「んー……。あ。エルフってさ、宗教とかあったりするの?」
「いいや。全くと言っていいほど広がっておらん」
「だからかも。こんな終わりかけの世界でも……終わりかけだからこそ、信心深い人たちがいてさ。そういう人たちにお告げが降りたらしいの」
「ほう……。まさしく〝ノアの方舟〟……一人か複数人かという違いはあれど、あのおとぎ話をなぞったかのようじゃ」
「へえ、興味深いわね。さっきぶつぶつ言ってたのが、その〝ノアの方舟〟?」
「うむ。信心深いノアという人間が、〝方舟〟を造って助かるという話じゃ。で、世界は神の怒りとやらで海の底に沈んだ。神の御言葉を信じておれば……という、くだらん教訓付きじゃ」
「く、くだらないって……。そのおとぎ話、下手したら現実になっちゃうんじゃないの? 怖いんだけど……!」
「フン。おとぎ話はおとぎ話……説教なぞクソくらえ。わしは神が大っ嫌いなんじゃ」
「はぁ……。エルフって、みんなそうなの? だから宗教がないの?」
「わしは特別よ。――それに、宗教そのものは否定しておらんぞ。なにせ、わしは〝福音教〟の信奉者じゃしな」
「〝福音教〟……聞いたことないわね。どういう宗教なの?」
「〝英雄〟を祀る最古の宗教よ。これを世に広めるのが、わしの宿命にして宿願……! この命を燃やすべき願いなのじゃ!」
「へえ……。だから〝方舟〟を目指してるの?」
「まァ……そうじゃな。そう言える」
「なんか、含みあるわね……。〝方舟〟目指しても永遠の安寧ってのが手に入るだけでしょ? 〝福音教〟は広められないんじゃないの?」
「そうかもしれぬが、わしの目当てはそこではない。〝方舟〟には、きっとあるはずじゃ。〝英雄〟の遺した記録が……偉業が。わしはそれをこの目で確かめたい……!」
それは、確信めいた願望。
あの〝扉〟が、試練を超えた先に〝方舟〟を用意したのだ。癪に障るが、『〝福音教〟の復興』という望みが叶うことも明言した。
ならば、〝方舟〟は必ず〝福音教〟と繋がりがある。
気がかりなのは、お告げとやらを世界中に届けた存在。
仮に、同時多発的に〝方舟〟の存在を知らせたのだとしたら……そんなことができるのは〝神〟以外にはいない。
にわかに信じがたいが、だからこそ世界中の〝王様〟が目指しているのだろう。
「〝方舟〟争奪戦か……。ワクワクするのう……!」
「って言っても。シャーロット、今は魔法を使えないんでしょ?」
「あ……」
「で、剣の一本も持ちあげられないんじゃない?」
「み、見ておったのか……!」
「だからかわいそうな〝終末難民〟だと思って声かけたの。筋肉は自分でつけてもらうとして……接近戦なら私も教えられるけど、どう?」
ソフィは後ろ腰に二振りの短剣を携えていた。鞘や握りを見る限り、随分と長く使い込んでいるらしい。
「それはありがたいが……。短剣はなあ……。大剣で、ズバッ、と行きたいもんじゃ」
「それこそ魔法がないと無理よ。どんだけ重いと思ってるの? シャーロットってば小っちゃいから、一振りするだけで自分が吹っ飛んでっちゃうわよ」
「むう……。〝身体強化の魔法〟くらいは取り戻したいが……」
「そんなこと、出来るの? 魔法を封印されるっていうのも聞いたことがないのに」
「知らないから出来ない、という理屈は成り立たん。ありとあらゆる研究は、知らないことが原点となり原動力となる。見たことがないもの、聞いたことがないもの……そういう未知の存在を認知した時、探求心というやつが目を覚ますんじゃ」
「なんか……。深いこと言うわね」
「じゃろ」




