2.終末難民
「戦いの跡……。何か手掛かりでも掴めるかのう」
森を抜けて、草原へと足を踏み出す。
里一番の嫌われ者といっても、シャーロットも立派なエルフ。慣れ親しんだ森から離れるのは、一抹の不安と悲しさがあった。
だが……。
ひとたび草原に立つ心地よさを覚えると、それも瞬く間に消え去った。
「やはり新しい世界に触れるのは心躍るのう……!」
端的に言って、シャーロットは新しいもの好きである。あの秘密基地を見つけたときはひどく興奮したし、ぎっしりと詰まった蔵書を見て興奮もした。
だからこそ、伝統や掟に従うエルフという種族自体に飽き飽きしていたといえる。そういう意味では、あの珍妙な〝扉〟に感謝すべきだった。
「しかし、〝方舟〟か。あの蔵書の中にそんな話があったような……。じゃがおとぎ話に出てくるものをどう探せというんじゃ……?」
戦闘の跡地は、随分と荒れていた。
あたりは草原が生い茂っているというのに、その一帯だけ地面がはだけている。
だけでなく、大穴が開いていたり、線状に深く掘り返されていたりと、戦闘の激しさを物語っていた。
どうやら、両軍は拮抗した争いを繰り広げたらしい。
遠めに見えていた剣と槍以外にも、割れた盾や鎧の破片がいくつも散乱している。どれを見ても血でまみれていた。
「ふうむ……。手がかりは無しか……。剣は貰っておこう……使ったことないが」
地面に突き刺さった剣の柄を握って、引き抜こうとする。
が、思いのほか深く刺さっていたらしく、全く持ち上がらなかった。
両手で握り、抱えるようにして踏ん張り、そうしてようやく地面から引き抜く。
「お、重い……! 小説じゃあわけもなく軽々と振るっておったが……こうも重いか……っ」
魔法を使えないということもあって、シャーロットの筋力では持ち上げるのも精一杯。
地面と平行に構えるのもやっとで、数秒もすれば切っ先で地面をたたいてしまう。
「せ、せめて〝身体強化〟を取り戻さんと、話にならんな……。いや、その前に筋肉をつけねば……。はあ……あの扉め」
忌々しいことこの上ないが、試練を与えられた理由は理解できた。
エルフの中心にあるのは、魔法である。生活をするにも戦いに挑むにも、まずは魔法がなければ始まらない。
ゆえに、魔法を取り上げられると無力となる。
生きる価値すらない畜生に成り下がったとさえ言える。
そう突き付けられたところで、〝扉〟への怒りは収まらず、感謝などするはずもない。
ただ、それはそれとして、貴重な機会を得たことには若干の興奮を覚えていた。
「筋肉はつけるとして……。なぜ魔法が封じられたんじゃ? 魔力は練れるが、そこから先がどうにもうまく繋げられん……。――そもそも、わしは何に合格したんじゃ? いつから見定められてた? 何のための試練よ? あの扉の先には何があるんじゃ?」
疑問は尽きない。ゆえに、頭がよく働く。
心地の良い感覚に没頭し、時間も忘れてぶつぶつと呟いていると――。
「――ねえ」
誰かの声が聞こえた気がした。
だが、周囲に誰もいないのは確認済み。
そう思い込んでいたため、剣でざくざくと地面をつつきながら、ぶつぶつと続ける。
「〝方舟〟……〝方舟〟。伝承だか神話だか、どういう話じゃったか……。人の世が悪に染まってしもうて……神が人を滅ぼそうとしたんじゃったか? じゃがそんな世の中でも真っ当なのがいて……。そやつは〝方舟〟で助かった……?」
「ねえ」
「神も傲慢よのう。ただ力を持て余した化け物ではないか。で、最終的には神を信じればよかったのじゃと、くだらん教訓が続くんじゃろう。あるいは、神を信じる敬虔な心を持て、か? ――紛い物を作り話で信じさせようとは、何たる不敬。そもそも……」
「ねえ!」
「……む?」
存在もしない偽物の神に悪態をついたところで、シャーロットはようやく声をかけてくる存在に気が付いた。
すぐそばに、びっくりするほどの美少女がいた。
ひどく目立つ赤髪に、それに負けないようなハッキリとした顔立ち。目も鼻も口元も、キリリとして強気な性格が垣間見れる。
身長もかなり高い。百四十前後のシャーロットに対して、赤髪美少女は百七十ほど。
そして、シャーロットとしては妬ましいことに、抜群のスタイルだった。ボンッ、と出て、キュッ、と引き締まっている。
部分的に軽鎧をつけていることもあって、ある意味煽情的だった。前のめりになっていることで、谷間が目の前にまで迫っている。
「チチデカ妖怪……」
「なにそれっ?」
「それはこっちの台詞じゃ! なんじゃ、藪から棒にチチを見せびらかしよって! 当てつけか!」
「――えっち!」
「……わしの胸を見てから言え。当てつけかと、聞いておるんよ」
「ご……ごめんなさい」
「謝るな! みじめになるわっ」
「どうすればいいのよっ」
二人してにらみ合ったのち、何をやっているのかとため息をつく。
「で、なんじゃ、おぬしは?」
「それはこっちの台詞よ。〝終末難民〟かと思って声かけたのに……すごい元気なんだから」
「〝終末難民〟……?」
「だって、その恰好。大方、野盗にでもあって逃げ出してきたんじゃないの?」
「恰好……」
シャーロットは自分の格好を見返して、そこで思い至った。
エルフは、かつて〝天変地異〟の際、エルフの森ごと隔離された。
自然の恵みが豊かであるゆえに、飢えるような事態には陥らなかったが……かわりに、自然を大切にしすぎる習慣が生まれてしまった。
木を切るのも、土を掘り起こすのも、岩を砕くのも、最小限にとどめる。
そうやって森の豊かさを守っていくのだが、それは同時に、人間らしい生活に制限をかけることとなる。
服などはその最たる例だろう。
基本的に麻布で、胸元と腰元を隠す程度。小説に登場するような多種多様な服飾などない。外海の人間からすれば、追剥にでもあったのかと思うほど粗末なものである。
そこでシャーロットは、少しばかり考えた。
「わしはその〝終末難民〟とやらではないが、エルフの森からやってきてな。海を越える必要があったんじゃが、船は壊れるわ荷物はなくなるわ……」
「そう……。それは災難だったわね」
今、ここにこうして立っているのは、〝扉〟に飛ばされたため。
ただ、それを馬鹿正直に話したところで信じられるわけがない。
シャーロット自身、この身で体験しなければ、何を馬鹿なことをと一蹴していた。それくらいに、遠距離への瞬間移動……〝転移〟は非常識なことだった。
「でも、なんで〝新大陸〟から……あー、エルフの森から離れようと思ったの? エルフなんて、こっちじゃあ滅多に見かけないのに」
「フン。他は知らんが、わしにあの森は狭すぎる。それにここ最近、収まりつつあった争いがなって頻発するようになってなあ……わずらわしいことこの上ない」
「へえ……。エルフの森でも覇権争いが絶えないんだ?」
「まあのう。だが、どうやらこちら側も似たような状況と聞いておるが?」
「あー……ね。力こそすべて、って時代だから……。私が耳にする限りでも、いろんなところで王様が誕生してるみたいなの」
――国という規範がなくなったことで、人々はつながることを忘れた。
誰もが、今日を生きる苦しさに喘いでいる。力ある者も、富める者も、知恵ある者も、みな平等。
そんな中にあって、他者を気にかけろというのも無理な話……自分が生きるために他者を排するのが自然である。
ただ、誰しも一人では生きていけない。
飯を食うのも、居住を確保するのも、安全に夜を越すのも、一人では到底不可能。〝天変地異〟から百年がたって、人々はようやくそのことに気が付いた。
誰もが明日を憂うことのない安全を求め……その結果、力ある者のもとに集うこととなった。それが、赤髪の少女の言うところの〝王様〟という存在である。
すなわち〝王様〟とは、どんな形であれ、圧倒的な力を持つ個人のことなのだ。
「ねえ、あなた、名前は? 私はソフィ」
「シャーロット。見ての通り、エルフの女傑よ」
「ふふ、女傑」
「なんじゃ。本当のことをいうたまでよ。……魔法は使えんが」
「ええっ? なんでっ? エルフなのにっ?」
「……知らん。封印されたんじゃ」
「そんなことが、本当に……? 一体、誰に?」
「聞かぬほうが身のためよ。それでも知りたいのならば言うが」
「い、いい、やめとく。っていうか、不躾に聞いちゃって……ごめんなさい」
「フッフ。素直な子じゃなあ、ソフィは」




