1.エルフのシャーロット
シャーロットは、エルフである。
だが、魔法を使えない。
正確に言えば、魔法を封印されたのである。
「フン……。この程度か……」
事の始まりは一時間ほど前。
里一番の魔法の使い手をシメたことから始まる。
「何の……つもりだ……!」
「なんじゃ……話を聞いておらんかったか? わしの実験に付き合ってもらうと言ったろう」
「それが何のつもりだと聞いている……!」
「――馬鹿につける薬はこれかと、つい浮かれてしもうてなァ」
「貴様……!」
シャーロットは、美少女だった。
長く美しいブロンド、世にも珍しい黄金色の瞳、尖った耳に小柄ですらりとした体つき。
その容姿は端麗で、笑えば可愛らしく、真面目なところは格好良く、悩むと美しさが際立つ。祖父を真似したことから始まったクセのある口調すらも、彼女の美しさの一つとなっていた。
何をしても、どんな顔つきをしても、誰からも愛されるエルフ。時代が時代であれば、女神として扱われていただろう。
だが、そうはならなかった。
そもそも、シャーロット自身がそんなものを望んでいなかった。
苛烈な性格ゆえに。魔法の才能があるゆえに。日を追うごとに、里になじむのが難しくなっていたのである。
「――本当に、大馬鹿者ばかりじゃ」
里一番の美少女でありながらも、里一番の暴れ者で、里一番の嫌われ者。それが、シャーロットというエルフである。
「はあ~~! やはりここがわしの楽園じゃあ!」
嫌われ者には、里に居場所はない。だがそんなことも気にならないくらい、シャーロットにはお気に入りの秘密基地があった。
家出をして森をさまよっていた時に発見した古代の廃墟……その地下に、広い部屋が埋め込まれていたのである。
そこは知識の宝庫だった。たくさんの書物があり、たくさんの知見があり、たくさんの物語がある。一冊手に取り、椅子に深く座って、紅茶を飲みながら、ランタンを頼りにじっくり読む。
それがシャーロットにとって、なにより心安らぐ時間だった。
「しかしまあ……頭をいじくりまわしてもダメじゃったなァ。馬鹿は死なんと治らんというのは本当じゃったか」
魔導書で学ぶ、あるいは、小説から着想を得る。
そうして出来上がったオリジナルの魔法を試しに里へ向かうのが、シャーロットのルーティンだった。
「さて、次はどの書物を読むか……。参考になりそうなものは……」
廃墟の下に広がる地下室。ここをシャーロットが『古代の廃墟』と感じたのには、明確な理由がある。
地下室の奥で待ち受ける、大きな両扉。
石造りで、門のように大きく、重苦しい雰囲気漂う扉である。
押しても引いても、びくともしない。
いっそのこと魔法で壊そうとしたこともあるが、どんなに強力な魔法をどれだけぶつけても、傷の一つもつくことがない。
これほどに頑強なものを、シャーロットは他に知らない。
再現できるような代物ではなく……そうなると、はるか昔の超文明の時代に造られたものと考える方が自然だった。
「――む?」
超文明の全容を解き明かして魔法の真理を手に入れ、さらにその先へ至る。
それがシャーロットの〝夢〟である。
そのためにも、この知識の宝庫から多くを学ばねばならない。
その過程で〝扉〟を開けることができれば、超文明の贈り物のような廃墟の正体がわかるはず。
――そう思っていた。
「なんと、なんと……!」
だがこの日。
一つとして隙を見せることのない〝扉〟が、僅かに開いていた。
「このところ触れもしてないというに……。何が起こったんじゃ……?」
扉は、拳一つ分、開いていた。見る限り真っ黒な空間がのぞいている。
ここを秘密基地としてから、初めての異常事態。シャーロットは何が起きてもいいように、魔力を練って魔法を使えるようにしていた。
――なのに。
「……ぬぅっ!」
扉から出てきた真っ黒な手に、反応できなかった。
避ける間もなく、魔法を使う間もなく、首をつかまれる。それだけでシャーロットの小柄な体は浮き上がってしまった。
「離せ、無礼者……!」
先手は取られた。
だが魔法は使える。
得意の〝炎の魔法〟をぶち込もうとして――。
「魔法が……! 使えん……ッ!」
まるで砂をつかんだかのように、魔法の感覚がぽろぽろと零れていく。
そんなことは今までなかった。魔法を失敗したとしても、打ち損じたとしても、体の中から消えゆくことはない。
「……ッ!」
何より、首をつかむ黒い手の冷ややかさに、シャーロットは生まれて初めて死の恐怖を覚えた。
黒い手から何とか離れたくて、身をよじって暴れる。
〈力を欲するか〉
地を這うかのような〝声〟が、頭の中に直接響いた。
〈すべてを手に入れる力が欲しいか〉
その気味の悪さに顔をゆがめ、シャーロットはがなった。
「力じゃと……っ? わしを甘くみよって……!」
シャーロットは、天才である。
卓越した魔法のセンスを持っている。
そう自覚しているからこそ、努力を惜しまなかった。
自惚れることなく、慢心することなく、だからと言って謙ることなく。丁寧に、丁寧に、自分の力をピカピカに磨いていくのが楽しくて仕方がないのだ。
それを。
どこの馬の骨とも知れぬ愚か者に、穢されたくなかった。
「わしは、世界を統べる魔法使いとなる女傑よ――恥を知れ俗物!」
魔法使いは冷静でなければならない。
魔法を習う際に戒めのようにして言い含められるが――シャーロットはそうは思っていない。
時に、激烈な感情こそが、路を切り開くこともある。
それを、シャーロット自身が証明した。
死への恐怖を押しのけてしまうほどの怒りを以って、強引に魔力の感覚を引き寄せる。
ボッ、ボッ、と二つの炎の塊を生み出す。
間髪入れずに扉の隙間へぶつけ――すると、黒い手が引っ込んだ。
その隙に、シャーロットはバックステップで飛び退り、もう一度魔法を練り上げる。
――と。
〈合格だ!〉
扉から、ひどく嬉しそうな〝声〟が響き渡った。
その〝声〟こそが、何かの魔法だったらしい――シャーロットは、思うように体を動かせなくなっていた。もはやうめき声の一つも出ない。
そうしているうちに、扉の隙間から再び黒い手が迫り――。
〈喜べ――貴様に試練を与える〉
「……ッ!」
〈〝方舟〟を探せ。さすれば貴様のその望み、叶えてやろう〉
舐めるなと。ふざけるなと。願望まで穢すつもりかと怒鳴りつけてやりたかった。
だが。怒りが頂点に達したところで、ぐにゃりと視界が歪んだ。
〈我々の領域にまで到達してみよ。そして――〉
頭に響く〝声〟の言葉が、徐々に理解できなくなっていく。
何か煽りを受けているような気はしたが、それどころではない。
視界が歪み、平衡感覚がなくなり、唸るような頭痛が存在感を増していく。
気絶なぞするものかと、その根性だけで意識を保ち……ふと、その苦しみ全てが消え去った。
「ここは……?」
シャーロットは、森にいた。
しかし、秘密基地から放り出されたわけではない。
慣れ親しんだ故郷の森ではなかった。
木々の合間を流れてくる風の音も、落ち葉に隠れる土の感触も、それらがより合わさったにおいも……何もかもが違う。
シャーロットは立ち上がり、ふらりと木の幹によりかかった。足を一歩踏み出すのも苦労しそうで、自分に魔法をかけようとした。
簡単な〝身体強化の魔法〟を使えば、ふらつくこともないはず――そう思っていたが、そもそも魔力すら練れずに失敗した。
「魔法を封じられたか……」
忌々しくて、憎たらしくて。しかし怒鳴る体力はなく、舌打ちをするにとどまる。
まずは深呼吸をして気持ちを落ち着かせ……そこで、森とは違うにおいが混じっていることに気が付いた。エルフの森では感じたことのないものである。
シャーロットは木々を伝って、においのもとへヨタヨタと向かう。
そして――。
「木々がない……草原のみとは……」
シャーロットが目にしたのは草原。森が晴れて、空が広がり、太陽に照らされた草はらが輝くさまである。
吹き抜ける風は心地よく、遮るもののない青空に胸が晴れやかになる。
鬱蒼と木々が生い茂るだけのエルフの森とは、何もかもが違っていた。
「なんと美しい光景か。滅びに向かう世界とは思えんのう」
――百年前、世界は一度終わりを迎えた。
世界を揺るがす大地震が襲ったのだという。それは、一つだった大陸が幾つもに分断されるほど大きなもので……この星に住む命全てが、被災者となった。
大地が割れて、あるいは隆起し、あるいは沈む。
それだけでなく、歴史上最悪の大地震は異常気象をも呼び込んだ。
ある地帯は明けることのない冬が到来し、ある地域は雨の来ない砂漠に変貌し、ある海域は竜巻が尽きることなく暴れるようになった。
この天変地異を前に、文明は崩壊。
国は等しく滅び……ゆえに人は、国という文化の外へ投げ出された。
「伝え聞く悲惨さを鑑みるに、人里が残っておればいいが……。あの扉め、無茶苦茶やってくれる」
エルフの森ではまず見ることのできない、見渡す限りの草原。
先ほどはその美しさにばかり気を取られていたが、ふと我に返ると現実が見えてくる。ところどころに廃墟があったり、槍やら剣やらが地面に突き刺さっていたり。
見晴らしがいいだけに、人の世の荒れ具合がくっきりと浮き出ていた。
「戦いの跡……。何か手掛かりでも掴めるかのう」




