09 操気術
ダルインはアルカと共に、マリッサの街の冒険者ギルドに迷宮攻略と随伴した他メンバーの死亡の報告を終え、アルカと共に街を旅立っていた。Sランク冒険者の恩恵か特にギルドから攻められたりすることなく、報告は筒がなく完了した。
馬車に揺られ道路の凹凸により震動がお尻を痛めつける。何もやっていないと死んでしまった仲間のことを思い出す。良いチームだった、数年にわたり積み上げた連携は多種多様な魔物を倒し、周りからの尊敬と富を手に入れた。
「まだ気してるのかい?」
思わず口から出てしまったため息にアルカが声をかける。
「…はい」
「そうか、では気の紛れる話でもしよう。君の『ハードインパクト』という技は誰から習ったんだい?」
デスレイヴンを地に落としたり、ドールアルカネに杭を深く突き刺したダルインの技だ。
人智を超えた能力や技は、迷宮で手に入れるアイテムによって発現したスキルによるものだ。しかしアルカは誰かに習った事を見抜いている。つまりスキルによる技ではないことを分かっているのだ。
「実家に武術教師として来ていた先生に教わりました」
ダルインの実家はナディア国貴族のスココビ子爵家である。各分野の優秀な教師を招き子息に教育を施していた。武術もその一つで、ダルインはその教師から習った技を今まで修練を重ねハードインパクトという技として習得していた。
「武を極めし者は知らずしてそこへ至るか…。まったく尊敬に値するよその人は」
アルカは感心したように深くうなずいた。
「ダルイン君、Sランク冒険者にどうやったらなれるか。その条件は分かるかい?」
「冒険者ギルドはSランク冒険者になる条件を公開していません。ですが、Aランク冒険者よりも強く、大きな功績が求められるのではないでしょうか」
アルカはダルインの言葉に苦笑する。
「ごめんね、意地悪な聞き方したね。それが一般的な冒険者のSランク冒険者への認識だし、それも当たらずも遠からずって感じかな」
アルカが真剣な表情へと切り替わる。
「Sランク冒険者になる条件は”操気術”の習得だ」
「操気術…?」
「迷宮に入り手に入る魔力、それを使用する魔法・スキル。これら全て迷宮の恩恵による力だ。しかし、迷宮に抗い災害級の魔物と相対するにはそれだけでは不十分。そこで迷宮を根源としないエネルギーこそ”気”であり、それを操り自らの力とするのが”操気術”だ」
困惑しながらもダルインは一言一句聞き逃さないよう集中していた。
「操気術において、気の使い方は四つに分けられる、それを”四法”と呼ぶ。この四法すべてを習得すればSランク冒険者として認められる」
アルカの話を聞いてダルインはピンと来る。
「もしかしてハードインパクトは…」
「察しのとおり、四法の一つ錬身に当たる。気を体内で練り上げて身体能力を飛躍的に高める、それが錬身」
錬身か。気なんて感じたことがないが、ハードインパクトを撃つ瞬間にそれができているらしい。
「重要な事だが気が空っぽになれば死ぬ。そんな気を扱う操気術は危険極まりないし、才能が必要だがそれの見極め方法も無い。だから”操気術”は秘匿技術とされ、基本的にはSランク冒険者による相伝のみとされている」
「ということはSランク冒険者になるためには、Sランク冒険者に操気術を教えて貰わないといけない…?」
「そのとおり。Aランクまで上がってきた冒険者の中には無意識に気を使っている者がいるからね。そんな冒険者をSランク冒険者が育て新しいSランク冒険者にする」
Aランクまでの冒険者とは何かが違う。その圧倒的強さの謎が今解き明かされた。ダルインの心にあったのは興奮。正直Aランク冒険者になって数年、既に自身の成長の限界を感じていた。レベルが上がるほど魔物から得られる経験値は微々たるものとなり、レベルアップによるこれ以上のステータス上昇は見込めない。魔法やスキルを増やしても小手先の強さにしかならない。だからこそチームワークを極めた。だが災害級の魔物、圧倒的個には敵わなかった。
「アルカ…さん」
ダルインは初めてアルカの名を呼んだ。それは心のどこかで仲間を見捨て己だけを助けたアルカに対して不満があったからだろう。
「その話を私にしたということは…」
「ああ、そうだ。僕が君に”操気術”を教えよう。弟子という程のものではないけどね」
ここで久しぶりにアルカの真剣な表情が解かれ、いつもの貼り付けた嘘くさい笑顔に戻るのだった。
◇◇◇
沈みゆく夕日に照らされた墓標。今まで育った村の人たちがすべて、この一つの墓標の下に眠る。
墓標に向かって手を組み祈りを捧げる少女の名はシナ。今でも鮮明に記憶に残る鮮血を思い出す。恐怖と不安はかき消され、憎しみと復讐心へと書き換わる。シナにはもう何もない。新たに何かを手に入れることもない。あるのはこの感情とそのぶつけ先だけ。
頬を伝い一粒の涙が流れ落ちる。村で唯一の生き残りのシナは、少し離れた場所にある孤児院に連れていかれるらしい。しばらくここには戻れない。この場所での最後の祈りだった。
「ミミ、フララ、カル、マカ兄さん、ミア姉さん、イリアおばさん、村長のおじさん、ルスおじさん、ナネおばさん………」
86人すべての人の顔を思い出し名前を呼ぶ。その人の声、匂い、しぐさ、話し方、そのすべてを記憶から必死になって手繰り寄せる。たかだか10年にも満たないその人生のなかの記憶、その1秒1秒を今この時、そのすべてを振り返る。もはや頭の中に今も穏やかな村が再現されるがごとく、その記憶は鮮明で確かなものとして、ここに反芻される。
思い出された記憶は1つずつ丁寧に心の奥へと閉まっていく。それは今日という区切り、明日のための準備。これから始まるであろう自身の日々のための備えとして無意識に行っていた。
すべての作業を終え心が決まる。
「…みんな、行ってくるね」
祈りを終え立ち上がったシナの目にもう涙はない。振り返り墓標を背にシナは歩き出す。
「行こう…パパ、ママ」
シナの言葉に反応するように、どこからともなくシナの父と母が現れる。シナの歩みに追従するようについてくる。
現れた父と母の姿はまごうことなきシナの両親であったが、その目は虚ろで口は一文字に結ばれている。二人に意思はない、ただシナの後を追う。
本当のシナの両親は先ほどの墓標の下に今も眠っている。シナの隣に現れた両親はシナが作り出したもの。大きな能力を宿し、これからのシナを助け支える宝具。その姿はシナの心象をさらけ出し映し出した鏡。大きく心を揺らせば水面のように簡単に波紋となり消えてなくなる。だからこそ墓標の前での最後の祈りが必要だったのだ。
気の才能のあるものは修練により気を使えるようになる、それが操気術。Sランク冒険者によって発掘され磨かれて初めてその使い手となる。
しかし、極稀に気の才能のある者が、精神崩壊するような精神的ショック受けて大きく精神が変容する事によって、気に目覚めることがある。
シナには気の才能があった。そして目覚めた。それも操気術の基本である四法をすっ飛ばして奥義と呼ばれる操気術の最終系に目覚めた。
シナは知らないそれが何なのか。シナは知っているそれの使い方を。
双星の導き手
それが後につけられるシナの心象宝具の名だった。




