10 空から降る厄災
オルフレンの街のAランク冒険者の男は、店が閉まるまで酒を飲み店から叩き出されたため、千鳥足で宿へと帰っていた。
少し気持ち悪くなって路地裏へと入り込み、思いっきり飲み食いしたものを吐き出してしまう。胃の中の気持ち悪さが収まり、路地裏から出ようと振り返った時、目の前に誰かいた。
「おう、誰だおめぇ」
背は高くなく子供か女性と思われる。フードを深くかぶり下を向いているため顔は見えない。
子供か女性どちらにしてもこんな夜遅くに出歩いては危ない。
「誰だか知らねぇーが、早くお家に帰んな。みんなが俺みたいに優しいわけじゃねぇ。夜中にうろついてると…」
最後まで言う前に目の前の人物が動く。酔っていてもAランク冒険者、とっさに体が反応するが間に合わない。
目の前の人物が伸ばした手が、男の首を握りしめる。
「うがぁ、な、何しやがる…」
必死につかまれた首から手を切り離そうとするが、物凄い腕力でどうにもならない。その時、フードがめくれ顔が露わになる。その顔には見覚えがあった。
「あが、お前は、新人の…」
目の前にいたのはアビという最近この街にやってきた新人冒険者。それも冒険者になったその日に新しい迷宮を発見し、Bランク相当の魔物を倒し、ランクアップした超新星。
だがこの腕力Bランクどころではない。男と同じAランク、いやさらにその上の実力を持つ者かもしれない。
「しゃべるな」
アビの言葉と共に首が一層きつく締まり、さらには路地裏の壁に叩きつけられる。
「あがッ!」
男はもう一度壁から離され再び壁に叩きつけられそうになるが、背後にあるはずの壁がなく、そのまま後ろに投げ飛ばされる。
「ゴホッ、ゴホツ」
きつく締め付けられた首が解放され咳き込んでしまう。ようやく落ち着き周りを見渡せば一面花畑。
アビが男の胸を踏みつける。小さい体のはずが大きな岩がのったように動けなくなる。そしてアビが左腕で再び首を掴み地面に押し付ける。
「Sランク冒険者について知ってることを話せ」
男にしゃべらせるために、アビに掴まれた首の力が少し緩まる。
「Sランク冒険者の情報は秘匿されてる!Aランクの俺にだって冒険者が知っていること以上のことは知らねぇ!」
アビの右手が男の顔の上に伸びてくる。そしてアビの右手から一滴の雫が垂れ、目薬のように男の左目に落ちる。
「アアァァァァッッ!!!!」
左目が焼けるように痛い。意識が飛びそうになるほどの痛みが左目を襲う。
「もう一度言う。Sランク冒険者について知ってることを話せ」
「はぁ、はぁ。本当に普通のことしか知らない!Aランクとは比較にならない実力を持つのがSランク冒険者で!この国にSランク冒険者は居なくて、近隣のナディアには6人、マキシノフには5人居る!本当にそれぐらい。Sランクの条件も、どうやってあれほどの強さを手に入れるとか、Aランク冒険者みんな知りたいと思ってる!それが分からねーからSランクは特別で数が少ない!」
男は助かりたいと必死に言葉を紡ぐ。言いたいことをすべて話し終えるとアビは無表情を崩し、少し困った顔をするがすぐに表情を戻す。
「そう」
アビの短い言葉の後に、男はアビの右腕により心臓を貫かれるのだった。
◇◇◇
アビ吉が近くの街に潜入し、昼間は新人冒険者として冒険者やギルドについて情報取集。夜は有力な冒険者を密かに攫い迷宮内で殺すことでポイントをゲット。ここまでは順調。
だがSランク冒険者についての情報がなかなか手に入らない。明らかにSランク冒険者は異質だ。会ったことがあるのがアルカと名乗る一人だけだが、あれがSランク冒険者ならばAランク冒険者と実力が違いすぎる。Aランクまでは魔物を倒しレベルを上げて強くなってきた、順当なランク分けだった。だがSランクからはAランク相当からどれだけレベルを上げればいいんだ、という程の実力の開きがある。そこまでの経験値を得るためには何年生きて、何年魔物を狩り続ける必要があるのだろうか。寿命のある人間の有限な時間では無理な気がする。ましてアルカと名乗る人物は全然若かった。
分からない。やはり情報がいる。敵の伏せカードは早めに対処すべきなのだ。
さて、今回の花畑の迷宮でお気に入り登録したマモムシを進化させアイアンコクーンに、さらに進化してサイコピヨンになったピヨ倉。このピヨ倉をアビ吉に倒させてみたが、サイコピヨンの羽はなかなか高く売れるのだな。金銭は迷宮外での活動に必要だから、稼げる方法はなるべくたくさん見つけて損はない。
そして今回の迷宮の第一発見者をアビ吉にし、ギルドへの報告をアビ吉をとおしてすることで、この迷宮への第一印象を操作できた。恐らく追加で別の冒険者が追加調査しに来るだろうが、迷宮発見の第一報の内容の裏付け的な調査になるはずだ。よって第一報が安全な迷宮であるという内容であることの重要性は大きい。
今回の迷宮の簡単なエリアのボスをピヨ倉とし、徘徊させるのはポケ次郎だけとして、基本は迷宮内でのポイント稼ぎは狙わない。こうすることでこの迷宮内でアビ吉、レイ川、アル村は見られることがなく、外を襲撃し目撃されてもこの迷宮と結びつかないはずだ。一応ピヨ倉を超えて迷宮の奥に来ようとした冒険者はレイ川、アル村で迎えさせるが、確実に倒すためその存在をギルド側に知られることはない。
あとは潜入させたアビ吉をとおしてギルドの反応を見つつ、レイ川、アル村を使って村や街を襲撃しポイントを大量ゲットする。現状のアビ吉によるちまちま暗殺だと、迷宮運用費を稼ぐだけになってしまうからな。
どこを襲撃するかだが、迷宮近辺では騒ぎは起こしたくない。できれば遠くに足取りを残さずアビ吉のワープで移動し襲撃したい。
そのアビ吉の空間を溶かすワープだが、一度行った事のある場所にしか行けない。前回はアビ吉を迷宮外に出してないため、前迷宮のあったマリッサの街近くにはワープできない。レイ川にアビ吉を掴んで空を飛んでもらい、遠くの場所のワープ登録をしてもらう必要があるだろう。紛れるなら夜、今いるホラフラフ共和国はかなり小さいらしいから、この国全土を飛び回っていつでも移動できるようにしてもらおう。
コトッ。
考えを巡らせていた私の目の前のテーブルの上に、お茶の入った湯呑が静かに置かれる。
ふと前を見ると少女が居た。正確には少女に見える人形である。それを操っているものの方へ視線を向ける。
部屋の隅に糸で巣を作りどっしりと居を構えた大きな蜘蛛がそこにいる。蜘蛛の8個の目はその位置から部屋全体を見渡せるようで頭を動かすこともない。蜘蛛のため表情も分からず言葉もしゃべらないため、何を考えているか分からない。
だが、アル村を迷宮内に配置しないため、こうして最奥の部屋で共に居ると、人形を操り私の世話を甲斐甲斐しく焼いてくれる。すごい優しい気の利く性格なのかもしれない。アル村の進化先を考えれば恐らく喋れるようになると思われるので、少し人間味のありそうなアル村の進化後が楽しみだ。
魔物の中で初めて喋れて意思疎通を取れるようになったのがアビ吉だったのだが、正直アビ吉は人としてはサイコパスのように見えるというか、魔物のままの人格のため当たり前なのだろうが、話が合わない感じがあって物足りない。
他に進化して喋れるようになりそうなのがピヨ倉だろうか。ピヨ倉を最後まで進化させると人型になるため喋ってくれそうだが、弱いエリアのボスとして配置するため少なくとも今回のうちは進化させないだろう。
という訳で今回はこの迷宮とバレないように遠くの村や街の襲撃を行い、レイ川、アル村を最終進化まで持っていく。
数日後、ホラフラフ共和国のとある街にて空から鉄をも溶かす強力な酸の雨が降り、数時間のうちに1000人近くの人間が亡くなったのだった。




