↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷宮魔王クルエルシード  作者: 海老天ころも
第3章 国落とし
31/33

31 侍女


 私はどこにでもあるような平凡な村で産まれた。畑を耕し、家畜の世話をする、どこにでもいる村娘であった。


 だが私が14歳になったある日、マフィアが私の家に来た。その時、私は両親によってマフィアに売られるのだと知った。金銭的に困窮していた両親は、マフィアに相談し、子どもを売りに出すことを決めたらしい。他にも兄弟が居る中で私が選ばれたのは、兄弟の中で最も容姿が良く、高値で売れるからのようだ。


 両親は涙を流しながら私に謝り続けた。奴隷となる為に付けられる首輪には、本人の同意が必要らしく、両親はひたすら頭を床に擦り付け、家族のために奴隷となるようにお願いされた。


 平凡な村で産まれ、優しい両親とたくさんの兄弟と共に育ってきた。別に凄い人じゃなくていい、平凡で年の近い男性と出会い、結婚し両親のように子宝に恵まれる。たくさんの子どもたちに囲まれて、夫と二人支えあいながら、穏やかな家庭を気付いていく。そんな私の未来図は簡単に破り捨てられた。


 いろんな言葉を並び立て、惨めに私に頼み込む両親を見ながら、私は全てがどうでもよくなった。私は奴隷になる事に同意した。首に付けられた金属の首輪は、同意すれば登録された主人の命令に逆らえなくなるらしい。


 連れていかれた奴隷商で私を買ったのは、カスノフ・モブスキーというどこかの街の一番偉い人らしい。痩せた村人ばかり見てきた私には、贅沢を極め脂ぎった肉体を持った目の前の人物が、到底人とは思えず、言葉にできない嫌悪感と冷え切った絶望を覚えた。


 カスノフは首都に行く予定だったらしく、馬車に乗せられ幾つかの街を寄りながら、首都へと移動することになった。村から出た事のなかった私は、馬車による移動や新しい街に訪れるのを、少し楽しむことができた。カスノフは首都に着くまでに、訪れた街で私のような若い奴隷の女性を、2人も購入したのだった。


 首都に着くと時間が無かったようで、カスノフは正装に着替え始めた。使用人達がカスノフに何とか正装を着せようと奮闘している間に、私達奴隷にカスノフが命令する。命令どおり、私達は服を脱ぎ、カスノフの前に立たせられる。


 カスノフはねっとりとした目を、私たちの身体の隅々まで走らせる。何とか体を隠そうと手で覆うが、その所作すらもカスノフは嬉しそうに、眺め続ける。尊厳がすり潰されていくような長い時間を終えて、ようやくカスノフが着替えを終えて部屋を出ていった。


 私はすぐに脱ぎ捨ててあった服を取り着始める。必死に涙を堪えながら、今晩はカスノフの相手をするのだと、覚悟を決めるのだった。


 だが、その日この国のすべてが変わったらしい。騒がしくし始めたカスノフの使用人達の話で、詳しくは分からなかったが、カスノフは偉い人ではなくなったと分かった。そして、他の今まで偉かった人も、全て偉くなくなったらしい。


 偉い人たちの使用人はその場で解雇され、新しく偉くなった人にすぐに再雇用された。私達奴隷も新しく偉くなった人が主人となった。そして、私はこの王城で侍女として働くことになった。


 あの全てが変わったあの日から数週間。今では奴隷になったことを感謝するほどに、現状の幸福に浸っていた。上質な服を身に着けて、不足なく美味しいご飯を頂ける。多くの侍女と分担し王城の掃除と、偉い人たちの身の回りの世話をすれば、休日には語学などの勉強もさせて貰える。素晴らしい境遇に巡り合う事ができた。


 それもこれもこの国をひっくり返し、この国の一番偉い人になったラクネ様のおかげだ。頭に浮かべるのは若く美しい女性の姿。王城でたまに見かけるが、その容姿も含め、あらゆる才覚に、王城に勤める者は皆、尊敬の念を持っている。その人のもとでこうして働けることに誇りを持ちながら、私は箒で通路の掃除に励む。


「おはよう、フレノラ」


 私の名前を呼ばれたため、振り返るれば、現在の主人である人物が立っていた。


「おはようございます、シード様」


 シード様と呼んだ、黒髪の目の前の男性こそ、カスノフに変わり私達奴隷の主人になった人だ。ラクネ様とも頻繁にお話ししている所を目撃するため、かなり偉い人だと思うのだが、こうして王城で働く使用人に対して、気さくに挨拶してくれる優しい方だ。シード様は、庶民の暮らしについて興味があるようで、積極的に使用人とお話しされる。私にも奴隷になる前の暮らしについてよく聞かれる。


「仕事の邪魔して悪いんだけど、執務室にお茶を持ってきてもらってもいい?」

「はい、かしこまりました」


 シード様は奴隷の主人でありながら、首輪の強制力を使った命令を使わず、こうしてお願いとして口にすることが殆どだ。だが、私も含めシード様のお願いを無視するような者は居ない。なんなら最優先で実行する。私もすぐに近くに居た侍女に箒を預けると、厨房へと急ぐのだった。


 厨房でティーポットやティーカップをトレーに載せると、落とさぬように慎重に歩きながらも、素早くシード様の執務室に辿り着いた。


「失礼します、フレノラです。お茶をお持ちしました」


 私が声を掛ければ執務室の扉が開く。扉から出てきたのはシード様ではなく、ラクネ様だった。少し驚きながらも入室し、テーブルの上にトレーを置く。どうやら執務室にはシード様は居ないようだった。


 ラクネ様は度々シード様の執務室に出入りされている、という話を使用人たちから聞いたことを思い出す。使用人の中では2人の関係を邪推する者まで居るほどだ。だが私を含めシード様に好意を持つ使用人達が防波堤となり、噂とならないようにはしている。まぁその中にはシード様に主従を超えた好意を持ってしまっている女性使用人も多い。かくいう私もどうしても、少しときめいてしまう時がある。


 ティーポットやティーカップをテーブルに置くと、トレーを持って退室するため扉の方へ向かう。丁度その時、誰かが扉から入ってきた。


 入ってきたのはシード様よりも、高い身長と整った顔を持つモルガ様だった。扉の前でかち合い、モルガ様と目が合う。モルガ様の冷たく蔑むような目に、一瞬体が硬直してしまう。


「どけ」


 モルガ様の端的だが分かりやすく怒気の籠った言葉に、意識を取り戻しすぐさま道を開ける。そして深く頭を下げる。


「申し訳ありませんでした」


 特に返答する事無くモルガ様が通っていく。


 モルガ様はシード様と異なり、使用人に対して非常に冷たい。まるで人間でないような目を向けており、基本的に話す事はない。私もモルガ様の声を聞いたのは、先ほどの言葉が初めてだ。


 退室し扉を閉め、執務室を離れる。するとシード様が向かいから歩いてきた。


「先ほど執務室にお茶をお持ちしました」

「そうか、ありがとう」


 私がそう声を掛けると、シード様は優しい笑顔で感謝の言葉を述べられる。それを見て、先ほどモルガ様との遭遇によって凍り付いた私の心臓が、じんわりと解けるのが分かった。


「ん、少し顔色が悪いようだが…」

「いえ、大丈夫です」


 心配させてしまったようで、シード様が私の顔色を窺うように覗き込む。すーっと伸びてきたシード様の手が私の額に触れられる。おでこに触れたシード様の手は異様に熱く感じた。


「うん、熱はないみたいだな。あまり無理しては駄目だぞ」


 そう言ってシード様は執務室の方へ歩いていく。


 その後姿を眺めながら私は、シード様との遭遇も心臓に悪いと思うのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。