30 ギルド
カスノフは目を覚ます。手足を鉄の枷で縛られ、身動きが取れないことに気付く。
「おや、お目覚めのようだな。人間」
暗闇からぬるっと現れたそいつに思わず悲鳴を上げる。タコの顔をした化け物がそこに居た。触手に囲まれた口を動かし、人間のように喋っている。
カスノフは猿轡をされており上手く言葉を喋れない。言葉にならない声を上げながら必死に体を捩じらせて藻掻くが、体に纏わりついた脂肪が揺れるだけである。
「ああ、良い眼だぁ。恐怖に染まるその眼が必要なんだよ」
化け物が顔を近づけ、その顔から生える触手が、カスノフの眼球を触る。その悍ましい感覚にカスノフの動悸が早くなる。
「呪いはね、特定のアイテムでしか解除できない強力な攻撃だ」
眼球から離れた触手がカスノフの頬を撫でる。
「だからこそ、呪いを生み出すのは簡単じゃない」
化け物の腕から触手が生えて、カスノフの手に巻き付いていく。
「君は良い素体だ。たくさんの人の憎しみ、恐怖、悲しみ、怒り。多くの負の感情をその体に蓄えてある」
カスノフの人差し指に巻き付いた触手が、指を反対方向に勢いよく折り曲げる。
「アガァアアアアアアッ!!!」
カスノフの絶叫が部屋に木霊した。呼吸を荒げて、その顔には脂汗が滲む。
「良い声だぁ。安心するといい、まだ9本もある。…いや」
化け物はそこでカスノフの足を見る。
「19本もある」
その言葉に、カスノフは意識が遠のいていく。
「あー、ダメダメ」
化け物が、カスノフの瞼を無理やり持ち上げる。そして、カスノフの眼を覗き込む。
「ほら、ゆっくり息をして」
カスノフがゆっくり息を整えていく。
「じゃあ、10を数えるんだ。ほら、早く!」
言われたとおりにカスノフが数を数え始める。
「ハァハァ、いーい、にーい、ハァ、あーん、しーい…」
カスノフが数を数えている間に、化け物の触手が中指に巻き付いて、反対方向に勢いよく折り曲げる。
「アアアアアアッ!!」
もはや痛みで穴という穴から汁が噴き出している。
「呪いとは人の心が成せる業。正しく人の業」
カスノフの身体全身に化け物の触手が纏わりついてくる。
「なんと愚かで下等な生き物か。なればこそ複雑怪奇な、その心に沈殿した闇を私が掬い上げる」
こうしてカスノフは数十時間をかけて、全身の骨を折られ肉を削がれ、遂には息絶えるのだった。だが、化け物には数十にも及ぶ、呪いを生み出す素体がまだまだあったのだった。
◇◇◇
五人議会の信任投票は、ラクネの能力により全会一致となり、クーデターではなく正当な手続きにより国家体制が変わった。そして、それは参加した他国の来賓が自国に伝えてくれることだろう。
市長を操り首都に呼び寄せた、市長の家族はすぐさま捕らえると、市長と共にアビスによって迷宮に連れていかれ全員ダンジョンポイントとなった。
市長たちが抱え込んでいた資産を接収した事でかなりの資金が手に入った。このお金で統治体制の地盤固めが行える。
それから、市長が居なくなった訳だが、もともとマフィアが行政を担っていたようなもの。行政の役割を担っていたマフィアの一部を、そのまま正式に採用すれば、国家体制の変化による統治体制の弱体化は防げる。
残るマフィアは違法ビジネスを続けてもらおう。奴隷売買など合法化してルミナリス教に目を付けられる事を考えれば、安易に合法化するよりも違法ビジネスとしてマフィアのまま活動してもらう方が良いだろう。
違法ビジネスを続けるにしても、表のビジネスも必要となる。となれば、迷宮を活用した生産拠点を国内に作りビジネスとしたい。だが迷宮は冒険者ギルドが管理している。早急に国内の冒険者ギルドとは蜜月な関係を気付きたい。
という訳でとある人物を王城へと呼びつけていた。それは、首都ゴルバデにある冒険者ギルド本部のギルドマスター、オズン・エドリル。ホラフラフ共和国内の冒険者ギルドをまとめる立場にある彼を引き込むべきだ。
謁見の間に入ってきたオズンは、跪くと玉座に座るラクネに頭を下げる。既に国家体制が変わったことは耳にしているのだろう。私はというとラクネの傍に控える宰相的なポジションで観戦させてもらっている。細かな指示は念話でラクネに伝えられる為問題ない。
「この度、最高執政官となったラクネです」
「お初にお目にかかります、ホラフラフ共和国冒険者ギルド本部ギルドマスターのオズン・エドリルでございます」
ラクネの自己紹介に、オズンが頭を伏せたまま、自己紹介を行う。
「ここは王城ですが、私は王ではありません。表を上げて、楽にしてください」
ラクネの言葉にオズンが顔を上げる。その後、軽く言葉を交わしたところで本題に入る。
「とこで、エドリル殿は少し前から、減給されているとか」
「よくご存知で。全く私の不徳の致すところでございます」
そう、実はオズンは職務怠慢を理由に、ギルド総本部から減給処分を食らっていたのだ。だが、調べた限り、マフィアや五人議会と冒険者ギルドとの調整役となり忙しくしていたようだった。そう言った、この国特有の対応をしている過程で、何かしら本来の業務で不備があったのだろう。
「ですが、ギルド総本部はこの国の特殊な事情に理解がないようですね。かなりの減給だとか、御家族もお困りでしょう。」
オズンは調整役をやる中で、私財を賄賂として渡していたようで貯蓄もなく、減給された今かなり懐事情は厳しいようだ。
「どうでしょう、国の方から減給分を補填させていただけないでしょうか」
「…ありがたい提案ではありますが、ギルドの処分を真摯に受け入れておりますため、お断りさせていただきます」
ラクネの提案に、オズンは少し迷ったようだが、その提案を断った。だが、断られても別に構わない。まず初めに、こちらの歩み寄る姿勢を見せれたことが重要なのだ。
「そうですか。…実は国策として国内の迷宮関連事業を発展させたいと考えていまして、それには冒険者ギルドの協力が不可欠なのです」
迷宮の管理は冒険者ギルドが担っているが、迷宮から取れた資源や素材は国が管轄できるところだ。
「これまで五人議会や各都市の市長は、迷宮を放置してきました。ですが、迷宮がもたらす資源や素材は大きな国家事業になり得ます。新体制となった今、国力を高める為にも、迷宮関連事業を発展させたいのです。それには、これまで国内の冒険者ギルドをまとめてきた、貴方を失う訳にはいかないのです」
そう言ってラクネが合図をすると、使用人が革袋をオズンに手渡した。ずっしりとした重みであり、相当額の金貨が入っている。
「これまで本部ギルドマスターを務めた、貴方への報奨金とでも思ってください。辞退は認めません」
「…ありがたく頂戴いたします。迷宮関連事業についても微力ながら尽力させていただきます」
一度断られた後、こちらの利点となる目的を晒した。そして、現物を渡してしまい、今回だけという報奨金の形とすれば、心理的に受け取りやすいだろう。
これでホラフラフ共和国の冒険者ギルドと協力体制ができた。ゆくゆくは国際的な冒険者ギルドの組織から、国内の冒険者ギルドを独立させたいものだが、今はこれで良い。




