26 恋慕
レイ川の背中に転移してきた私は、ラタ次郎の胸倉を掴む。
「戻って!魔王が!」
ラタ次郎が首を振る。
「吾輩たちは魔王様より貴方をなるべく遠くへ逃がすように命令を受けた」
「何言ってんの!あのままじゃ魔王は殺されるわ!あんた魔王の配下なんでしょ!良いの?!」
私はラタ次郎の胸倉を掴んだまま強く揺らす。だがラタ次郎は硬い意思で首を振る。
「魔王様は何度でも蘇る。今回の命を捨ててでも貴方の命を救う事を選ばれたのだ」
レイ川がそう口にしたことで、私はラタ次郎から手を放す。
魔王は死んでもこの世界のどこかで、新しい迷宮の魔王として復活する。そう、この世界のどこかだ。私は海賊だ。この世界の広さを知っている。どこまでも続く海、はるか遠くに見える山、一生かけてもこの世界のすべてを探索する事なんて出来ないと分かっている。
「…死んだらもう、会えないじゃない」
ポツリと呟いた私の言葉にレイ川が返す。
「我々は魔物。そして魔王様は人間のように見えるが、我等魔物の主”魔王”だ。本来会わない方がいい」
レイ川の言葉が私の耳に入るが、聞きたくない。魔王とか人間とか関係ない、ただ私は魔王と居たい。魔王が私のそばに居れば、それで良い。
「魔王様が亡くなられた、吾輩たちも直に消えてしまう。…あの商船に乗せるか、レイ川」
「そうだな、降下する。しっかり掴まっておれ」
急降下による加速で、前方に見える商船にレイ川が近づいていく。商船の上空を通過する瞬間に、ラタ次郎が私を掴み、商船の甲板の上に瞬間移動する。私を置いてすぐにラタ次郎は瞬間移動で消える。
慌てて顔を上げて飛んでいくレイ川を見る。
遠ざかっていくレイ川の影が光となって消えた。迷宮が無くなったのだ。
この世界の何処かに、今魔王が転生したのだろうか。私には探す当ても手段も無い。もはや二度と魔王には会えない…。
もう、会えない…。
…
…
…絶対に嫌だ。
セドクもレスも失った。海賊団もこの後やつらに壊滅させられるのだろう。
私にはもう魔王しかいない、いや魔王さえ居ればいい。魔王は死んでも蘇る。この世界から居なくならない、必ずこの世界に居てくれる。
私が見つければいい、私が見つけれさえすれば、魔王とずっと一緒に居られる。
会いたい、一緒に居たい。必ず見つける。絶対に見つける。
会いたい、会いたい、会いたい。会う。私は魔王に会う。会いに行く。絶対に会いに行く。
目の前に魔人が現れる。枝のように細い腰と腕に、似つかわしくない大きな胸部。
魔人が大きな1つ目で私を覗き込む。願いを言えと私に語り掛けているようだった。
「私を!私を、魔王の所に連れてって!」
魔人はコクリと頷くと、私を両腕で抱え込み持ち上げる。そして私を抱えたまま、空を飛ぶ。
凄まじい速度で、風を切り、海を越えて、飛んでいく。やがて陸地が見え、いくつもの街や森を超えて、とある洞窟の穴に辿り着く。
これは迷宮の入り口、この先に魔王が居る。魔人は私を抱えたまま迷宮に入ると、洞窟の中をぶつからないようにスイスイと器用に進んでいく。すぐに迷宮の最奥へと辿り着いた。
そこには配下の魔物に囲まれた奥に、私の会いたかった人が居た。私は魔人の腕を振り解き、魔王に向かってジャンプする。配下の魔物たちを飛び越えて、飛んできた私を受け止めようと、魔王は腕を広げる。
「魔王!」
私はそのまま魔王に抱き着いた。少し驚いた様子の魔王だったが、すぐに私を抱き返してくれる。
「ニネが無事でよかったよ」
魔王の声で私に囁かれる。嬉しい、魔王の声だ。
私は顔を上げると魔王を真っすぐ見つめる。
「私、魔王が好き!」
私の言葉に魔王は先程よりも驚いた表情になる。だがすぐに表情が曇る。魔王が何かを口にしようとする前に、私は魔王の口を自身の唇で塞ぐのだった。
私の心象宝具は、恋慕の魔人。この世界のどこに居ても魔王を探し出して見せる。二度と離れはしない。
◇◇◇
新たな迷宮の魔王として転生した私は、配下の魔物たちを召喚する。
「レイ川、ラタ次郎、ニネは無事に逃がせたか?」
「はい、魔王様。海賊島から50㎞程離れた場所を通過していました商船に乗せましたので、問題ないかと」
私の質問にレイ川、ラタ次郎が頭を下げ、代表でラタ次郎が質問に答えた。
「そうか、良かった」
今頃海賊島の海賊たちは、Sランク冒険者によって討伐されてしまっているだろう。ニネだけでも生かすことが出来て良かった。ニネは私がこの世界に来て初めて仲良くなった人だ。もう会う事もないだろうが、この世界のどこかで生きていてくれる事を願う。私は魔王で人類の敵、未来のどこかでニネを殺す事もあるだろう、だが今は彼女の幸せを願う。
私は召喚した配下の魔物たちを見渡す。
最終進化した魔物が5体。前回と今回お気に入り登録した魔物を合わせれば7体。前回と今回お気に入り登録した魔物2体も、すぐに最終進化まで進化させられるだろう。
人員も十分、操気術の使い方も習得できた。今回は本気でこの世界を取りに行く。まずは一国だ。
「アラ村、ホラフラフ共和国での潜入工作はどうだ?」
「問題ありません、いつでも動き出せます」
前々回に引き続き、前回ずっとアラ村にはホラフラフ共和国に潜入してもらい、準備を進めて貰っていた。既にホラフラフ共和国の裏側を支配している3大マフィアの1つ、ラブラドファミリーをアラ村が乗っ取りに成功した。他2大ファミリーも吸収し、ホラフラフの裏側は完全に支配下に治めた状態だ。今回で表側も乗っ取り、ホラフラフ共和国を堕とすつもりだ。
「さて、動き出す前に常々考えていたことだが…」
私がそう喋りだした時、迷宮の侵入者を感知する。もう見つかったのかと焦るが、凄まじい速度で迷宮の奥へと進んでくるのが分かる。気付いた時にはもう私のいる最奥の部屋まで来ていた。
やってきたのは奇怪な巨人。そして抱えていたのは見覚えのある顔の人物、ニネだった。
私が叫ぶ前にニネが巨人の腕の中から、私に向かって飛ぶ。
「魔王!」
ニネが叫び、私がニネを受け止める。ニネが現れたという驚きも、ちゃんと無事生き残れていることへの安堵へと変わる。
「ニネが無事でよかったよ」
素直に私はそう口にする。
「私、魔王が好き!」
顔を上げたニネは私を見つめそう言った。
ニネが私を好きと言った。その意味するところは、ニネの表情を見れば、恋的な意味だと分かる。驚いたがすぐに冷静になる。
私は魔王だ。人類の敵であり、これから多くの人々を殺す。そして今回で言えば、国を堕とし自身に都合の良い国へと変えるつもりだ。だからこそ私は人間たちと不必要に仲良くするべきではないし、ニネも魔王である私と居るべきではない。
そう考え、口を開こうとした瞬間、ニネが私にキスをした。
複雑な頭の思考が白紙となり、ひと時のぬくもりが心を優しく包んだような気がした。
「き、貴様ァ!!魔王様に!」
モル倉が叫ぶが、私は手で制する。配下たちが口をつぐみ、静けさが訪れる。
ゆっくりと唇を離したニネが、私を真っすぐ見据える。
「何を言われたって、私。魔王から離れないから」
強く意思を宿したニネの眼に、私はもう何も言うことが出来なかった。そして、ただ優しく抱きしめる。
こうして、私はニネを受け入れるのだった。
◇◇◇
アルムは岩から飛び降りる。着地の衝撃に背後から悲鳴が上がる。
「痛ーいッ!揺らすな!」
アルムが背負うキャスタックから怒気のこもった声が飛んでくる。
「無理言わないでくださいよ」
「もう少し優しく運びなさい!」
「両腕骨折したのに狂化ポーションなんて使うからっすよ」
「うっさい!キレちゃったんだからしょうがないでしょ!」
アルムはため息をつくと諦めて歩みを進める。後ろからカルクも岩から飛び降りてくる。
「てか、こいつどーするんすか」
後ろから追いついてきたカルクが、自身の背負ったレスに視線をやりながらそう言う。
「私の弟子にするに決まってるでしょ」
「絶対言うこと聞かないっすよ」
「いいのよ、別に」
カルクとアルムは視線を合わせると、前を向きため息を吐くが、その表情は晴れ晴れしかった。
魔王を倒した後、帰ってきたハルハラが、海賊の首謀者としてレスを殺す必要があると言い出したのだが、キャスタックが大反対した。キャスタックの指示でカルクとアルムは、狂化ポーションで動けなくなったキャスタックと気絶しているレスを背負い、逃亡を開始した。
「俺らハルハラさんに怒られるの嫌ですよ」
「大丈夫大丈夫。ハルハラの性格上残りの海賊放置して私ら追いかけないでしょ」
気楽なキャスタックの答えたとおり、ハルハラは操気術の使い手を失い、烏合の衆となった海賊島の海賊たちの対応をしていた。
キャスタックはこのまま適当に船を見つけて海賊島を脱出し、帰国してレスを冒険者としてギルドに登録してしまえば、ハルハラも何も言わなくなるだろうと考えるのだった。




