25 狂化
ニネが相手をすることになったのは、若い男2人だった。
私が実際に戦うことになったのは片方の男1人だが、もう1人は動こうとしないので、引き付けることはできているのだろう。
私の真剣を、男は簡単に包武で気を纏った拳でいなした。数度斬りこめば、敵との実力差が明確に分かった。だが、目の前の男は勝負を決める気はない様で、ひたすら防御に徹している。
倒せなくてもいい。実力のある2人をここに、引き止めれているのだ、それで十分だ。そう考え、冷静に敵に剣を振るう。
「ねぇ、カルク。上、やばそうなんだけど」
傍で待機していた男が、目の前の男に声をかける。どうやら目の前の男はカルクというらしい。
「確かにね。ここは俺がやっとくから、助けに行きなよ」
「りょうかーい」
カルクがそう言うと、待機していた男が上階へ上がる階段の方へ歩いていく。
「待て!!」
私が止めるべく、声を上げ階段に向かう男の方へ向いた瞬間、カルクから拳が飛んでくる。感探により察知し寸前で回避する。
「お姉さんの相手はこっち」
そう言うと、カルクの反撃が開始される。次々に繰り出される拳を剣でガードし、身体を反らして避ける。一瞬でも気が抜けないし、反撃の間がない。ただ相手の攻撃を凌ぐしかできない。
「お姉さんさ、俺たちの仲間にならない?」
「何を…仲間に…なる訳…ないだろ!」
まったく息の上がってないカルクが冗談のような言葉を口にする。必死に攻撃を避けながら答える。
「そうだよね~」
ここだ、と一瞬見つけた隙間で、カルクに向かって剣を振るう。カルクは分かっていたとばかりに私の剣を片手で掴む。カルクが反対の拳を私の腹に繰り出した。一瞬宙に浮く程の衝撃に意識がグラつく。
「姉御の方も終わったみたい」
カルクに言われ部屋の反対側を見ると、動かなくなったレスを踏みつける女の姿があった。レスがやられた?気の性質もあり戦闘能力で言えば、ニネよりレスの方が強い。
あの女がこっちに来れば私の倒される。いや、目の前の男も手加減していただけでいつでも私を殺せた。
ああ、もう無理だ。
私は膝を付く。セドクを失いレスも失った。もはやこの現実に抗う気力は湧いてこなかった。
「あれ?そんな強く殴ってないんだけどな」
膝を付き諦めた私にカルクが手を伸ばす。
だが、カルクの手が私を掴もうと伸ばした腕が止まる。目の前に宙に浮かんだ禍々しい扉が現れたからだ。
その扉から魔王が出てくるのだった。
◇◇◇
魔王である私は迷宮から出られない。
配下の視界を共有しながら、Sランク冒険者たちとの戦闘を見ていた私は、歯を食いしばる。
折角気の使い方を学んだのに、迷宮外では戦えない。そもそも私が死ねば迷宮は壊れてしまうし、配下も死ぬことになる。だがどうせ私も配下も生き返る。だが、レスとニネは生き返らない。
砂の塔の壁がなくなり、周辺を飛ぶレイ川の視界から、レスとニネの戦闘を見守っていた。見ていてもレスやニネが戦う相手との実力差は目に見えて明らかだった。倒されるのは時間の問題だった。そしてその状況をただ見守っている自身に、激しい歯痒さと強い無力感を感じていた。
そんな時、発現する。左手に禍々しい一冊の本が現れた。すぐに自分の心象宝具だと分かった。そしてその力がどんなものなのかも。
心象宝具、迷宮逸脱本。この本は迷宮のルールをねじ曲げる力を持つ。
すぐさま迷宮逸脱本は私の欲する能力を発揮する。迷宮裏口、本来迷宮から出られないはずの魔王が出られるようになる扉を出現させる。
私は出現した禍々しい扉をこじ開け、迷宮の外へと飛び出した。
目の前にはニネ、そしてニネに手を伸ばす男。男は私が登場したのを見て手を引っ込めると、すぐさま距離を取った。
「なんで…ここに魔王が」
ニネが私を見て疑問を口にする。ニネも魔王が迷宮から出られない事を知っているからだ。
「心象宝具だ。心象宝具が発現し迷宮から出られるようになった」
私は端的に説明すると、配下たちに念話で指示を出す。
「ニネ。絶対に君を死なせはしない」
「待って、私は」
私の言葉にニネが何か言いかけるが、瞬間移動してきたラタ次郎が、ニネを掴むと再び瞬間移動して消えた。今頃、レイ川に乗っている事だろう。アビ吉が倒されているため、レイ川に最高速度でここから離れて貰っている。
後は目の前の敵に対峙し時間を稼ぐだけ。私は懐から1つのポーションを取り出し、その赤黒いポーションを飲み干した。
「それは?!」
目の前の男が焦ったように叫ぶ。今飲んだのは狂化ポーション、理性を引き換えに全ステータスを上昇させる効果を持つ。そして飲んだのは特級、ステータス上昇幅は5倍近い。現状、包武しか使えない私が、複数のSランク冒険者を相手取るにはこれしかない。
目の前の男が瞬時に動き、私を蹴るが微動だにしない。特級狂化ポーションによる身体ステータスと、ここ数か月鍛えた包武により、鉄壁となっていた。
鼓動が早い、意識が薄弱とする。恐怖が消え、ただただ頭の中を暴力が支配する感覚。
右拳を振りかぶると凄まじい速度で、男に繰り出した。男は瞬時に包武と錬身で防御するが、とてつもない衝撃が襲う。そのまま吹っ飛び砂の塔の柱に激突した。
遠くにいた女が走ってくる。それに向かって私が拳を振るう。だが女は見事に私の拳を受け止めた。
上階から2人の男が降りてきた。片方は見たことがある男だった。
「こいつは狂化ポーションを飲んでいる!効果が切れるまで凌げば私たちの勝ちだ!」
女が叫ぶ。女の言うとおり、狂化ポーションは効果が切れた後に反動がある。特級であれば、しばらくはまともに動けなくなる。
見覚えのある男は下がり、残り三人が私を取り囲む。必死に暴れるが、回避に専念されてしまい、攻撃が当たらない。
女に向かって拳を振るう。回避が無理と悟った女は防御のため、身体の前に腕を出し包武で気を集中させようとする。だがほんの一瞬動作が止まる。その隙に私の拳が届く。
ゴキリと確実に骨が折れた音と共に、女は吹き飛んだ。
周囲を見るとモル倉が居た。モル倉の幻覚で動きが止まったのか、よくやった。
「魔王様!私は最後まで魔王様の」
ドシュン!
モル倉が最後まで口にする前に、頭が消し飛んだ。見ると背後には女が立っていた。おかしな方向に曲がった前腕のまま、拳を繰り出しモル倉の頭を吹き飛ばしていた。
「魔王か、良いぜ!殺っやるよ!!」
女が叫ぶ。
「やばいって、姉御が」
「分かってる、引くぞ」
戦っていた男達が慌てて下がる。下がっていた男を連れて遠くへと逃げていく。
もしかしてあの女も飲んだのか、狂化ポーションを。確かに狂化ポーションを飲めば、痛みも恐怖も忘れて戦える。
「おんりゃーアア!!」
女は私に飛びついたかと思うと、右腕に嚙みついた。包武で気を纏った女の顎は、易々と私の右腕を嚙みちぎる。慌てて左腕で殴り掛かるが、女は飛び退いた。
狂化ポーションを飲んでいなければ、強烈な痛みにより気絶していたかもしれない。
女は骨の折れた両腕をだらんと垂らし、噛みついた時に入った私の血を口から垂れ流す。まさに肉食獣。あまりに慣れすぎている。こいつはまさか、狂化ポーションの常用者か。
私は残った左腕で女に殴り掛かる。だが女が消える、その瞬間腹に凄まじい衝撃が来る。女の飛び蹴りだった。
吹き飛んだ私は天井に激突し、上階へと飛ばされた。口から血が流れる。恐らく内臓系がやられた。
ドカン!
女も上階に、天井を壊し上がってきたようだ。立ち上がるが、意識が霞む。次で殺られる。
女の姿が消える。そして気付いた時には頭に踵落としが飛んできて、頭をグシャリと潰されたのだった。




