21 帰還
海賊船がもうすぐ帰ってくる事を魔王経由で知ったニネは、迷宮から出て海岸で待っていた。1隻も沈むことなく、5隻の船が無事に島に帰ってきた。
船が停泊し乗組員達が降りてくるが、その顔は暗い。無事に5隻帰ってきたということは、討伐軍に勝ったという事だろうと思ったが違うのだろうか。
「ねぇ、討伐軍に勝ったんでしょ?」
「ああ、討伐軍は半壊、残りは敗走してったよ」
ニネの質問に思った通りの答えが返ってくるが、返答した乗組員の顔は晴れない。
「じゃあ、なんで負けたみたいな顔してんのよ!」
「それは…俺じゃなくレスから直接聞いた方がいい」
詰め寄るニネを優しく遠ざけると、乗組員はそそくさと行ってしまう。他の乗組員に聞いても一緒だろうと思い、ニネはレスを探す。
すぐにレスは見つかった。何やら大事そうに何かが入った袋を抱えて、険しい顔で歩いている。
「レス!」
遠くから声をかけるとレスもこちらに気付いたのか、ニネの方に歩いてくる。
「ねぇレス。なんでみんな暗い顔してんのよ。勝ったんでしょ」
ニネは疑問に思ったことをレスに問う。
「船長が死んだ」
レスは表情を変えることなく、ポツリとそう呟いた。
「は?何言ってんの。船長が死ぬわけ無いじゃない」
ニネはあり得ない冗談に思わず笑ってしまう。
「討伐軍に気を使うやつが居たんだ、全然気付かなかった」
そう言ってレスは袋の縁を開き、中身を少し見せる。
「え…。船、長…?」
ニネはレスの腕から袋を受け取る。袋の確かな重みから本物だと分かる。何も言葉が出ない。持っていられなくてレスに袋を返す。
そして、ニネはその場に膝をついた。
「僕が船長の後を継ぐ」
上から覚悟の籠ったレスの声が聞こえた。
「船長の意志を、この海賊団を、絶対に無くしはしない」
そう言ってレスは歩き遠ざかっていく。
ニネはただそれを黙って聞き流すことしかできなかった。
◇◇◇
セドクの死を受け入れ、レスを中心に動き出した風雷の海賊団。ニネはまだセドクの死を受け入れられず、操気術を教えるという名目で迷宮に籠っていた。
包武の訓練をしている私の背中に寄りかかり、顔を埋めたニネ。
「なんでみんな前を向けるんだろう」
呟かれた言葉に私は無言のまま、ただ包武の訓練を続けた。
私は生きるため多くの人を殺したし、これからも殺すことになるだろう。ニネだって海賊として人を殺してきたはずだ。私を殺したり、セドクを殺した人だって同じだろう。
自分の為に見ず知らずの人を簡単に殺す。けれど、身近な人や大切な人が殺されれば、悲しいし憎い。
矛盾しているようで、人間とはそう言うものなのかもしれない。
誰もが奪う側であり奪われる側でもある。より多くを奪い、より多くを奪わせない。そう藻掻いて行くしかない。
「もうこれ以上失わないように前を向いてるのかもな」
長い沈黙の後私はそう口にした。ニネからの返答はない。
そのままニネが眠ってしまうまで、互いに口を開くことはなかった。
眠ったニネを起きぬよう、体勢を崩さないようにして、私は包武の訓練を続けた。
魔王になってからは睡眠も食事も不要となった為、不眠不休で操気術の練習ができるのは幸いだ。恐らく私は操気術が使えるが、才能が無い側だと思われるので、そこはかける時間でカバーするしかない。
操気術の四法を習得した事で分かったことだが、完全に人間の様に見えるアビ吉やアラ村も、感探で見れば人間の気と違うのですぐに人間でないと分かるのだ。だからアビ吉はエンバーに魔物である事がすぐにバレたのだろう。
なので、現在潜入中のアラ村には、早急に染無を覚えてもらい、人と同じ気の流れを再現できるようになって貰わないといけない。でなければ、操気術の使い手に遭遇すると簡単に正体がバレてしまう。
ということで、ひと通り四法を簡単にだが使えるようになったモル倉を、アラ村のところに派遣し気の指導を行ってもらっている。
ラタ次郎は気を感じれるようになったので、四法の練習中だ。まぁニネがこの状態のため、私がたまに念話で教えて後は自主練をしてもらっている。
アビ吉とレイ川にも操気術を使えるようになってほしいが、セドクと約束したとおり海賊団の手伝いをしてもらっている。特に、レイ川は他の海賊団の監視から、怪しい船がないか周辺海域の偵察まで、休みなくそこら中を飛び回ってもらっている。
さて、私の包武も形になってきた。包武に絞って練習した事でかなり気の扱いというものに理解が深まった。
ここからが問題なのだが、操気術とは自身の肉体能力や感覚能力を気によって倍率をかけて強化するようなもの。だからこそ、Sランク冒険者のようにある程度レベルアップし、高いステータスを手に入れる事で、操気術の恩恵を大きくできる。だが、私は睡眠も食事も不要だが、身体はただの人。
魔王のレベルアップを考えなければいけないかもしれないな。魔王も魔物と同じように魔石によってレベルアップが可能だが、魔王をレベルアップさせるより、魔物をレベルアップさせ進化させる方がコスパがいいのだ。
そのため魔王自身のレベルアップはやってこなかったが、操気術を扱う以上そこそこの基礎ステータスがあった方が良い。
私のレベルも、80レベルまで上げておこう。それに加えて、ステータス上昇系スキルと各種耐性系スキルもアイテムで習得しておくか。
これでも最終進化した配下の魔物達のステータスには届かない。後は更にレベルを上げていくしかないが、やはりコスパが悪いな。
「あれ。私、眠ってしまってたみたい」
いつの間に起きたのか、ニネが埋めていた顔を起こす。
「おはよう」
私は背中越しにそう言った。
「少ししか寝れていないから、ちゃんとベッドで休んだ方がいい」
ニネにはなるべく操気術の指導に時間を割いて貰うため、迷宮内にニネの部屋を用意していた。ニネの部屋にはベッドを始め、各種家具も配置していた。
「ねぇ、魔王。ここで寝ちゃだめ?」
私は振り返りニネの顔を見る。寂しそうで苦しそうな瞳が見えるが、ニネの心情の1割も私は理解できていないのだろう。
私は昔から、こういうのが苦手だ。慰めるとか、気持ちに寄り添うとか。正直他人の心の内なんて分からないから、どうしたら良いのかなんて分かりようがない。ニネを救うセリフも私には思いつかない。
私は黙って迷宮のシステム画面を操作し、この部屋にベッドを生成する。
「ふふ、魔王ありがと」
ニネはお礼を言うとベッドに潜り込んだ。顔をこちらに向けて、包武の練習をしている私の方をぼんやりと見ている。
「魔王は死んでも、生き返るって本当?」
唐突なニネの質問に、すぐには答えれなかったが、私は口を開く。
「他の魔王は知らないが、少なくとも私は既に5回死んだ。いや正確には6回か」
私の言葉にニネの返答はない。気不味くならないように私は話を続ける。
「そして毎回魔王として生き返る。今私が死んだとしても、次の瞬間にはこの世界の何処かで、新しく迷宮が生まれ、私はその魔王になる」
「…そっか。」
ニネの応答があったため、私はそこで話を終える。そして、ニネはすぐに寝息をたて始めるのだった。




