第18章:煙と鏡(前編)
文法や構文に不備がございましたら、平にご容赦いただけますと幸いです。
王都までの道のりは短かった。行軍の途中、女の子たちはノクターン帝国の軍勢との戦闘はおろか、接触すらまだ一度もないと教えてくれた。ヴァルディス将軍の指導のもと、城の内外で厳しい訓練を受けているそうだ。皆、少しずつレベルは上がっているものの、特筆すべき功績を挙げた者はまだいなかった。
妙な話だ。この世界に召喚されてからかなりの時間が経っているというのに、ノクターン帝国の軍勢との戦闘はおろか、接触すらまだ一度もないというのは奇妙だった。
ルナヴェルの威容を誇る城門に到着すると、門番たちは咎めることもなく俺たちを通した。
この街は、俺が追い出されたあの日とは全く違って見えた。もっと生気に満ち、色彩豊かな香りにあふれていた。それもそのはず、最初の時は敗北者の折れた瞳で見つめていたのだから。今は、幸せな人間の瞳で見つめている。そしてそれは、ひとえにチョーローとセラのおかげだった。
「ハルキ、見て! すごい数の露店よ!」
子供のように目を丸くしながら、セラが俺の隣に並んで声を上げた。
「王都に来るなんて久しぶり……見て、あのイヤリング! それに化粧品も……まあ、こんなものを身につけるなんて、本当にいつ以来かしら」
「ギルドで金貨も十分に稼げたしね」
俺は立ち止まって微笑んだ。
「好きなものを全部買っていいよ、セラ」
「でも、ハルキ、本当にいいの? あなたにそこまでしてもらうなんて—―」
「もう、遠慮しないで」
俺は革袋を取り出しながら言葉を遮った。
「このイヤリング、君にすごく似合うと思うんだ」
「あはは! さすが佐藤くん、ちゃっかりしてるじゃない!」
美香が俺の肋骨あたりを肘で小突きながらニヤニヤした。
「年上の女性が好みだったのね? 見た感じ、年齢だけの話じゃなさそうだけど!」
「も、森川さん、何を言ってるのよ!?」
気弱な結衣は顔を真っ赤にして、友達の袖を引っ張った。
「ふ、二人をそっとしておいてあげて!」
「セラ、すごく綺麗だよ」
俺は手に小さな包みを優しく握らせた。
「それから、他のものも買おう。たまには甘やかされる権利があるよ、女性にはね」
「ハルキ、お願いだから……何を言っているのよ……」
彼女は赤くなった頬を両手で覆いながら呟いた。
「でも……そこまで言ってくれるなら……」
「おい、わしらは遊びに来たわけではないぞ!」
俺の肩から身を乗り出して、チョーローが窘めた。
「買い出しは後回しじゃ! 今は片付けねばならん真面目な用件が山積みだろうが!」
「分かってる、分かってるよ、チョーロー」
俺は笑いながら答えた。
「でも、このイヤリングだけは買わせてくれ」
商人たちの間を楽しそうに歩き回るセラの無邪気な姿を見て、 俺の胸は温かく深い喜びで満たされた。
やがて俺たちは王城の正面大門に到着した。そこは重厚な板金鎧に身を包んだ二人の門衛が警護していた。
「やっほー、でっかいおじさんたち!」
美香が手を振りながら叫んだ。
「訓練から戻ったわよ、通して!」
「おお、勇者様方! もちろんどうぞ……」
門衛の一人がそう言ってから、俺とセラを疑わしげにじろじろと検分した。
「しかし……そちらのお連れ様はどちら様で?」
「負け犬のハルキ、悪竜のチョーロー、そしてボディガードのセラだ!」
俺は答えた。
「な、なんだと!?」
門衛がギョッとした。
「大丈夫よ、私たちの連れだから。さあ、行きましょう!」
美香が俺たちを中に案内してくれた。
城のメインホールを見るのは初めてだった。前回はゴミのように裏口から直接叩き出されたのだ。磨き上げられた白い大理石で覆われ、巨大な金の垂れ幕で飾られた荘厳な空間だった。
「あ、森川様、天野様! 将軍がお探しでしたぞ!」
廊下ですれ違った小姓が声をかけた。
「すぐ行くわ!」
俺たちは女の子たちについて行き、巨大な錬武場へと向かった。そこでクラスメイトたちと再会した。彼らは訓練セッションを終えたばかりで、息を整えているところだった。
「お前たち、訓練はどうだった?」
学級委員長の橘が前に出て尋ねた。
「橘、途中で誰に会ったと思う?」
美香が俺を指さしながら叫んだ。
「佐藤!?」
委員長は目を丸くした。
「お前……戻ってきたのか!? 一体どこへ送られていたんだ?」
「湿地帯の素敵な場所さ」
俺は皮肉めいた苦笑いを浮かべて答えた。
「いつかお前も連れて行ってやるよ、本当に素晴らしい場所だぞ」
「おーい相棒ぉぉぉ! 戻ってきたのか!」
如月が俺に向かって飛びかかり、クマのような抱擁で抱きしめてきた。
「おい、如月……息ができない!」
俺は笑いながら抱き返し返した。
「あらあら、誰かと思えば」
部屋の奥から、トゲのある嫌味な声が響いた。
「生きていたのね、佐藤。わざわざ戻ってくる手間をかけなくてもよかったのに。どうせ私たちの役には立たないんだから」
九条だった。相変わらずの毒蛇ぶりだ。
「相変わらず親切だな、九条」
俺は彼女を上から下まで見下ろした。
「それよりシャワーでも浴びてきたらどうだ? あまり良い匂いがしないぞ」
「なんですって!? 社会のゴミのくせに生意気言わないでよ!」
彼女は怒りで顔を真っ赤にし、短剣の柄に手をかけながらヒステリックに叫んだ。
「お仕置きされたいわけ!?」
「その人に指一本触れさせないわよ、金髪ちゃん」
セラが瞬時に俺と彼女の間に割り込んだ。雫型の盾を固く握りしめ、その眼光は鋼のように冷たかった。
「ハルキ……」
セラの声が隣から漏れた。
「クラスメイトはみんな良い人たちばかりだと思っていたのけれど」
「まあ、違うな」
俺はため息をついた。
「まともな奴なんて、本当にほんのひと一握りだよ」
「あははハ!」
九条がセラを指さしてあざ笑った。
「なによ、惨めなババアでも拾って連れてきたわけ!? 今度はママに守ってもらうつもり!?」
「言葉に気をつけろ、小娘! そのクリクリ髪を黒焦げにしてやるぞ!」
俺の肩から身を乗り出してチョーローが咆哮した。
「気持ち悪い! 喋るトカゲじゃない! あっち行ってよ!」
九条は鬱陶しそうに手を払った。
「無礼者め! 我は竜じゃ!」
ズドン!
重厚な金属音が響き渡り、室内の雑音が一瞬で吹き飛んだ。一人の少年が人混みをかき分けて進み出てきた。その手には、きらめく宝剣の柄が固く握られていた。
「佐藤……戻ってきたのか。なぜだ?」
聖剣持ち、白石魁斗だった。超絶イケメンで、鼻持ちならない男だ。
「答えを得るために来たんだよ、白石」
俺は一歩踏み出し、まばたき一つせずに彼の視線を受け止めた。
「お前たちのために戻ってきたわけじゃない。ああ、それと一つ言っておきたいことがある……」
短く間を置き、静寂が部屋を包み込むのを待った。
「……俺をいくら侮辱しようと構わない、俺はどうでもいいさ。だが……もしセラやチョーローのことを悪く言ったら……神に誓って、その舌を切り抜くぞ」
そうさ。俺はもう昔の佐藤春樹じゃない。今では心から愛し、大切に思う存在がいる。そして、そいつらを踏みにじる奴は、誰であれ絶対に許さない。
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