第2章:一難去ってまた一難
文法や表現に間違いがあったらすみません。
「で、お前が例の『勇者の出撃こぼれ組』ってわけか」
物資補給係の男が、隠そうともしない軽蔑の苦笑いを浮かべながら、俺を上から下まで見下ろしてきた。
「良し。ほらよ、銀貨二十枚の入った袋と、少しばかりの食料だ。辺境の町リーゼへ向かう馬車なら、城塞の出口付近からまもなく出るぞ」
俺は袋の中身をテーブルの上にぶちまけた。
「これだけか? 小銭が数枚と……二個、いや三個のリンゴだけ!?」
「これ以上何を望むってんだ、小僧」
男はフンと鼻を鳴らし、背を向けた。
「何か貰えただけありがたく思って、さっさと失せな。この城はな、本当に価値のある奴らのための場所なんだよ」
この新しい世界における俺の価値が『ゼロ未満』であることを、奴は実に丁寧かつ即座に分からせてくれたわけだ。
◇
城を出ると、目の前には歴史の教科書に出てくるような、絵に描いたような中世の街並みが広がっていた。
石造りとレンガの家々、そびえ立つ重厚な塔、中央を切り裂くように流れる清らかな小川、そして活気あふれる市場。
通行人たちが怪訝な顔で俺を凝視してくる。そりゃそうだ、俺は未だに高校の制服を着ているんだから。木の上に打ち上げられた魚くらい浮いている。
街の端にある発着広場にたどり着いた。
「あの、すみません……リーゼ行きの馬車はここから出ていますか?」
御者に声をかけると、ヒゲモジャの大柄な男が振り向き、豪快に笑い飛ばした。
「ガハハハ! こいつは傑作だ! 人がロクな死に方をしねえ、あの呪われた泥沼のド田舎のことか? ああ、ここから出てるぜ!」
「ロクな死に方をしないって……どういう意味ですか?」
背筋に冷たいものが走る。
「はいはい、全員乗り込みな!」
御者は俺の質問を完全にスルーして怒鳴り散らした。
「行き先はリーゼとそのクソったれな湿地帯だ! 振り落とされんじゃねえぞ、拾っている暇なんかねえからな!」
俺は強引に荷台へ押し込まれた。何ヶ月も石鹸を使ってなさそうな野郎どもに揉みくちゃにされながら。
最高だな。
俺が普段読んでいたラノベなら、主人公の周りには美少女や頼れる仲間が揃っているはずだ。なのに俺は今、泥沼に向かって死にに行こうとしている。
船酔いと車酔いをチャンポンにして、悪臭と激しい揺れをトッピングしたような乗り心地。それが俺の旅だった。十八時間。あの呪われた木製馬車の上で過ごした、果てしなく長いいぃぃ十八時間だ。
だが、本当の『トドメ』は到着した瞬間に待っていた。
リーゼは『町』などではなかった。霧と湿地の泥に完全に包囲された、ボロい木造小屋の集まりに過ぎない。
中央に唯一マシな建物がひとつだけそびえ立っており、そこには鉄の看板が掲げられていた。
――『冒険者ギルド』。
ハゲ宰相ザードが持たせてくれた推薦状がある。ありがとうハゲ親父、本当に心から感謝するよ。
ギルドの中に足を踏み入れる。
「こんにちは、佐藤陽樹です。宰相様からの紹介で来ました。仕事があると聞いているのですが、俺は一応、召喚された勇者で……」
「あらぁ! おいでなすったわね!」
キンキンとした甲高い声に遮られた。
「そうそう、あなたね! 首を長くして待ってたわよ!」
出迎えてくれたのは、網膜から血が出そうなほど目がチカチカするド派手な服を着たおばあさんだった。
「アタシはカティア、ギルドの受付嬢よ。一目惚れしちゃダメよ、お兄さん?」
一目惚れ? カティアさんはどう見ても七十歳は超えているし、かなりの修羅場をくぐってきた顔立ちをしている。
「あ、はぁ……俺です」俺は体制を立て直して呟いた。「それで、何をすればいいんですか?」
「簡単なことよ、ボクちゃん。掲示板から依頼書を取って、クエストを達成してポイントを稼ぐの。ポイントが溜まればランクが上がるわ。ほら、これがあなたのプレートよ」
カティアさんは小さな黒い鉱石を投げてきた。
「なんですか、この黒い小石?」
「あらイヤだ、ホントに何も知らないのねぇ?」カティアさんはクスクスと笑った。「それは『黒曜石』、スタートのランクよ。そこから水晶、紫水晶、黄玉……って上がっていって、最高の『金剛石』まで行くの。全部で八つのランクがあるわ」
俺は恐る恐る掲示板へと近づいた。
『スカーレット・ウルフの群れ討伐』? パス。
『洞窟のゴブリン駆除』? 冗談じゃない。『ゴブリンスレイヤー』は見ているんだ、命がいくつあっても足りん。
『人裂き熊の討伐(賞金:金貨10,000枚)』? ノーサンキュー、自分の皮は自分で守りたい。
「よお相棒、手貸そうか?」
振り向くと、そこには手入れの行き届いた革鎧を身にまとった、背が高くスリムな青年が立っていた。俺を頭からつま先まで品定めするような視線を向けている。
「ええと……はい。正直、新入りでどう動けばいいのか分からなくて」
「まじかよ! じゃあお前が噂の奴か!」
青年は俺の肩をポンと叩いて叫んだ。
「王城から召喚された勇者様の一人だろ!」
「まあ、そうなんですけど……俺は『ハズレ』だったんで、ここに飛ばされたんです」
「ハズレ? ギャハハ、いいじゃねえか! 俺はガレン、ガレン・ルークだ。フェルロスの街からパーティと一緒に来たばっかりでさ。どうだ、俺たちと組まないか? 異世界の勇者が仲間にいるなんて最高だろ!」
一瞬間、ようやく俺にもツキが回ってきたんじゃないかと思った。
「でも、本当にいいんですか?」俺はためらいながら尋ねた。「俺、ただの黒曜石ランクですよ……?」
「気にすんなって! 絶対役に立つって。で、どんなスキル持ってるんだ?」
「それが……俺、『雑用係』なんです。レベル1の」
ガレンの動きがコンマ一秒だけ止まった。その笑顔が、ごくわずかに引きつる。
「あー……なるほどな。まあ、いいじゃねえか! なんだかんだで役に立つだろ……ハハハ」
ガレンは俺の腕を引っ張り、ギルドの薄暗い隅っこにあるテーブルへと連れて行った。そこには三人の人物が待ち構えていた。
一人は文句なしの美少女、リサナ。長い黒髪に、肌の毛穴が立ち上がりそうなほど冷たい視線をこちらに向けている。
あとの二人は、アンバランスな体型から俺が心の中で即座に『アスパラ』と『ブタちゃん』と命名した、大柄で不格好な男たちだった。
この世界での、俺の本当の冒険が始まろうとしている……そして、嫌な予感しかしない。足の爪先までぞわぞわと鳥肌が立っていた。




