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影法師の悠々自適な異世界ライフ  作者: マッドちゃんぽん
エルフの国グラナダ編
312/314

現在と過去

肉体が段々と影から元の肌へと戻っていく。

それにつれて、腕の中で眠るシャティの体温も感じる。

腕を伝って感じることのできる体温と鼓動は、確かに彼女が、俺の知る彼女が戻ってきたことを証明していた。



「あのあとでここまで快眠できるのは才能だよ……いや、俺が信頼されているのだろうか」


魔力もほとんど切れている。

≪影収納≫内の魔力回復を促進するものたちを使用すれば、戦うまではいかなくても逃げる用の魔力は確保できる。できるのだが、生憎両方の腕はすでに占有されている。


彼女自身は重くはないのだが、戦いの後ということもあり俺自身の疲労は隠せないレベルまでなっている。

夜のような美しい黒髪から漂う甘い香りによって、疲労は軽減できているが、長くはもたないだろう。

それに、このまま彼女を抱くことに集中していても事態は好転しないだろう。


「とはいえ、このまま地面に置くのもなぁ……ベンチとかないかな」



周りを見渡すも、戦いの影響ということもあり焦土と化している。

地面を軽く蹴ると、細かいガラスを踏んだ時のように、ちょっと不快な感触が返ってくる。

彼女の体を借りていた者は大分無茶をやったものだ。



この場所から離れれば、ベンチの一つでもありそうだ。

だが、あるかわからないものを探して彷徨うほどの余裕は俺にはない。


かといって、この地面に彼女を寝かせるのは……肌に傷がつくのも気分が悪い。


肩から何かが落ちた。

背後に落ちたそれに目線を向けると、専用武器の外套だった。

敵の攻撃で一片残るかわからないレベルまで損傷していたのだが、自然にほつれの一つないレベルまで修復されていた。


外套は地面に落ちると、火を入れたマフィンのようにその高さを変える。

そうして元の布から、マットレスのようなものへと姿を変える。


試しに手を入れてみるが、体重をちゃんと押し返してくれる。

見かけ通りのマットレスのようなものなのだろう。


「今回は気を回せなくてごめんね。わざわざありがとうね」

通じるかわからないが、外套にお礼を言いつつ、シャティをそこに寝かせる。

シャティは寝ぼけながら、何かを探すように空中に手を泳がしている。

≪影収納≫の中から、適当に何か……出てきたのはアザラシを模したようなぬいぐるみ。

記憶を遡り、それがリンユー……屋敷に住む子供たちへのお土産のうちの一つであることを思い出す。


他のもたくさんあるから、これから彼女のものになっても問題はないだろう。

そのまま宙を空振る手に挟み込むように、ぬいぐるみを差し込む。

落ち着いたのか、ぬいぐるみに顔を埋める彼女。


周囲の見た目こそ変わっているものの、レフィが空間に空けた穴の場所は何となく覚えている。

また、彼女は気を使って、わずかだが魔力の残滓を残してくれていた。

俺が負けていれば、これに気が付かれて、追跡のために逆に利用されていた可能性もあるが、信じてくれていたのだろう。


≪羅針盤≫に頼み、彼女が作ったバールのようなものと同じ物体を生成してもらう。

能力自体はコピーが済んでいるらしく、同じ箇所にこれを振ることで、再度脱出用の穴が空くようだ。

仕組みはまだ理解できていないので、帰ったらそれとなく聞いておくことにしよう。


『学園都市』でもここと似たような場所に監禁されているので、これからも同じ状況がないとは限らない。

であれば、それに対応できる手段は増やしておいて損はないだろう。


穴が開いていた場所へ向かって思い切りバールを振り下ろす。

空振りにあうかと思っていたが、不安とはよそに、作成した物体の先端は空間に突き刺さる。

再度引き抜くとヒビと小さな穴は空いているものの、まだ開通とはいかないらしい。

割れ目を手で触ってみると、小さな欠片となって落ちてくる。


欠片はシャリシャリとした感触だったが、詳しく見る前に魔力となって空中に霧散する。

穴をよく見ると、徐々に塞がり始めている。

速度は速くないものの、ゆっくりしていると、やり直しになってしまう可能性もある。

再度、バールのようなものを空間に打ち続け、手が通れるくらいの穴を空けることができた。


「そういえば、レフィは小さな穴をこじ開けていたな。こんなつるはしを振るみたいにする必要はなかったのではないだろうか」


ひとりごちる。

効率的な方法があるのは何となく感じていたが、鈍くなった頭ではそれを実行すべきかの判断ができなかった。

無心で振ることで大分、脳の回転がまともになってきた。

ここから無事に脱出し、屋敷へ戻れたら、旅行にでも行こうかな。

それこそ、前に行った温泉にでも……


徐々に穴を広げ、何とか人が一人分通り抜けられるくらいの大きさまで。

穴の先は暗いが、明かりを向けると、アイナたちが心配そうに待っている様子が見える。

視線や意識がこちらに向いていないことから、こちらからは確認できても相手側から確認できない一方通行のようだ。

……レフィはこれを向こうでも使っていないよな?

覗き窓のようなもので、俺が部屋にいる時覗いてたりしないよな?

別に見られて困るものや行動はしていないが、ちょっと不安だ。


これも含めて後で聞くようにしよう。


一応無事に繋がっているか確かめるために、≪影収納≫から適当にものを選ぶ。

……ぬいぐるみが出てきたので、それを穴の先へと押し込む。

大きさ的にも、ちょうどいい検証材料だろう。

穴の先の景色を見ると、突然その場にぬいぐるみが出現したらしい。

見る分には欠損などはなく、問題はないらしい。


何はともあれ、寝ているシャティをそのまま専用武器で包み穴の先へと送る。

専用武器の本体であれば、何か外的要因が影響を与えようとしても、中にいる彼女を守るだろう。


穴の先を見ると、ぬいぐるみの次に、シャティが現れたので、部屋は若干パニックになっている。

面白いなと思いつつ、穴へ入るために、開けた穴の縁に手をかける。


「……あぁ……そういえばまだ俺にはやることがあったな。≪羅針盤≫、用事が終わるまで穴は塞いでおいてくれ」


穴は俺が離れると塞がった。

よく見ると傷跡が残っているため帰りはもっと楽になるだろう。


シャティの体を取り戻した場所、戦った場所まで戻る。

そこに殆ど魔力によって焼き焦げてはいるが、原形を保っていた()の切れ端を手に取る。

体には魔力が大分戻っている。


「これが俺の持つやつらと同じなら……」


魔力を鎖に対して流すと、切れ端はその長さを取り戻す。

焼けて一部炭になっていた部分も、元の金属光沢を取り戻している。


……そうして鎖は周りを確認するときのような動きをし、ある方角に向けて俺の体を引っ張り始める。


「ダウジングのようだな」

返ってこない会話を行いながら、鎖の案内のまま歩いていく。


……シャティの体を乗っ取っていた奴を倒してから、町に黒い影を見ない。

あいつを消滅させる直前、魂のようなものに触れていたことで、あいつについての情報が流れてきた。


俺に流れてきたあいつの記憶は、スクラップブックのようで、おまけにほとんどがあいつの主観によるものだった。

一瞬のことではあったが、あいつがどうしてあんな状態になっているかくらいは伝わってきた。


今回のように、あいつは適性のある肉体を乗っ取ることで生きながらえてきた。

元がエルフだったので、寿命の問題はほとんどないが、怪我など不慮の事故はどうしてもある。

また、寿命の長いエルフでも加齢による衰えの影響からは逃げることはできない。


そこで全盛期とはいかなくても、十全に肉体を動かすことができる若い肉体になることで、王としての役目を果たしていた。

奴がどれだけ素晴らしい統治をしていたかは、あいつの主観からは判断できなかったが、生贄となる者が自ら志願してくるくらいの人望はあったらしい。


魂での肉体の乗っ取り。

「健やかな身体に健やかな魂が願われるべきである」とまではいかないが、肉体の影響は魂側でも多少の影響は受けるらしい。

実際、俺も体を影で変質させた際に、多少なりとも見た目の影響は受けているような気さえするし、仕方ないものなのだろう。


奴の魂はもともと強すぎた。

それこそ何度も肉体を入れ替えても、その肉体の影響を魂側が受けないほど頑強だったのだ。


しかしどんなものにもキャパシティというものは存在する。

魂を上書きという形で乗っ取る際に、完璧に削除をすることができなくなっていったらしい。


それは、例えば味わったことのない()()()()()だったり、誰とも知らない()()()()()()()()だったりと。

奴は魂こそ頑強だったが、人でなしではない。

消せない魂に刻まれた記憶を味わうたびに、罪悪感を感じていたらしい。


このままでは罪悪感で狂ってしまう。

そう考えたやつは、それら消せない思い出たちを、自分が作成した空間に封印することで、自分へのフィードバックをなくしたのだ。


つまり……この世界に存在していた黒い奴らは、奴が乗っ取っていた者たちの魂の残骸。

町を歩いて、この世界の住人のように振舞っていた黒い影は、誰かの魂に刻まれるほどの思い出たちだったのだ。


「もしシャティが取り込まれていたら、どんな思い出が形になったのだろうな」


この作戦は順調であり、魂への影響はほとんどなくなったらしい。

そうして体を取り換え続けた奴は……どこかのタイミングで完全に狂ってしまったらしい。

……スクラップブックのような奴の記憶。その最後には、「乗っ取った者の記憶で狂ったほうがマシだった」と書かれていた。

シャティを乗っ取るという大罪を犯そうとした奴には同情はできないが……それはそれとして悲しい存在だなとは思う。


そうして鎖の案内に従って辿り着いたのは、俺たちが飛び降りた塔。

その足元にある路地。


いつの間にか再生した鎖の先端についた切っ先が、地面に落ちていたそれを指し示す。


「……あ、()()()()()向こうか」

落ちていたそれを抱きしめ、片割れへと向かう。

あの高さから自由落下したにしては、二つに分かれただけで原形を保っているのは、彼女が専用武器の切れ端を持っていたからだろう。

切れ端は再生できないほどボロボロだったが、よく仕事をしたと褒めるべきだろう。


腕の中にいる彼女。

その服の下は、目を覆いたくなるほどの傷跡が刻まれている。

もう一つも抱え上げる。


「……軽い」


かつて、彼女に『お姫様抱っこして!』とせがまれ、歯を食いしばりながら抱き上げた時を思い出す。

あの時の彼女は、もっと温かく、そして生き生きとした太陽のような笑顔を向けてくれた。

あのころよりも成長し、背も伸びたはずの彼女。

現在の彼女はその素敵な笑顔を代金として払ってくれないし、なにより温かくない。



「……どうしてやり切った顔をしているんですか」

腕の中で眠る彼女は、彼女の状況とは裏腹に穏やかなものだった。




魔力を大量に使用し、彼女に刻まれていた傷跡などをすべて消し去る。

……だがこれはあくまで見た目だけ。

五体満足になった彼女だが、おそらく目を覚ますことは二度とないだろう。

現実を脳が、心が、魂が理解し、拒絶している。



「くそ……最後の嫌がらせか?いやたまたま……問い詰めたいな」

魂というものを直に触れてしまったことで、いやでもそれが()()()()()()()。分かりたくないのに、脳が拒んでいるのに、事実として襲い掛かってくる。


この今にも起きて、いつものように話しかけてくれそうな大好きなセンパイ。

だが起きることは絶対にない。

なぜなら、今の彼女は、肝心なものが存在していない入れ物だ。


「……せめて、こんな場所じゃなくもっといい場所へ」


走馬灯という訳では無いが、彼女と元の世界で出会ってからの全ての思い出が走る。

ただの学生の日常に過ぎなかったが、それら思い出は俺を形作るには十分すぎるほど眩しい価値があった。

もしこの世界に来ていなければ……いや何かが違えば、この世界でも思い出の続きを見ることはできたのだろう。


改めて軽くなった彼女を抱きしめる。

温かさはない……抱き締め返してもくれない。


「諦めていなければ……いや俺がもっと強ければ……なに?」


気が付くと、センパイの体と俺の腕は、鎖でぐるぐる巻きになっていた。

腕だけではない。俺の全身を覆うように鎖は巻き付き始めた。


「センパイはこの状態だし、俺も操作はしていない……ほかの干渉も感じない……なぜ?」


魔力を使い脱出しようとするたび、鎖は()()でもあるかのように、行動を妨害してくる。


次々と鎖は彼女の体から這い出てくる形で、俺と彼女を包むために増えていく。

≪影収納≫から専用武器のナイフを取り出そうとするも…届かない。

周囲の景色が段々と鈍色のものへと変わっていく。


「あぁ……だが……どうして、俺は受け入れているのだろうか」

彼女達のことを、向こうで待っている彼女達のことを考えれば抵抗をするべきなのだ。

だが、心がどれだけ行動しようとしていても、肉体が言うことを聞かない。

居心地のよかった関係を終わらせず、前にも後ろにも行こうとしなかった罪への罰なのだろう。


鎖が俺の体温を奪い取り、彼女の冷たさと同化させていく。

それによって彼女と同じまで下がり……手に残る虚しさは意識とともに遠くなっていく。



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