第8話 華やかな町歩きと蔵に潜む黒い影
朝食の席で自身の過去やコマとの意外な縁が明かされたあと、一行はそれぞれ趣向を凝らした上質な着物に身を包むことになった。
――数十分後。
豪華な着物を着た錬の姿を見て、渚、灯、圭、楓の四人は思わず言葉を失った。
元来の整った顔立ちに加え、高価な絹織物と洗練された刺繍が施された着物をまとうと、錬の雰囲気は見違えるほど気高く、まるでどこかの大名家の若様のようだった。
「わ……っ、なんか、すごく似合ってて、逆に直視できない……!」
灯が顔を赤らめて呟き、圭も珍しく言葉を詰まらせる。
楓は扇子で必死に顔を隠し、渚は潤んだ瞳でじっと錬を見つめた。
「みんなすごく綺麗だよ」
錬が柔らかい笑顔で着飾った少女たちを褒めると、その真っ直ぐな言葉の破壊力に、少女たちは顔を真っ赤にしてその場で崩れそうになるのだった。
そんな和やかな空気の中、仕立ての良い着物に身を包んだ渚の姿を見て、清之介がふらりと歩み寄る。
「渚さん、とてもお美しい……。その装い、息をのむほどよくお似合いです」
まっすぐな称賛を向けられた渚は、ふわりと裾を押さえながら、「ありがとうございます……」と小さく言って、照れくさそうにうつむいた。
清之介は渚の横顔を見つめ、何かを決意するようにわずかに息を呑む。
「やはり、私は……あなたが……っ。
……いえ、何でもありません。失礼しました」
込み上げる想いを寸前のところで飲み込み、清之介は切なさを隠すように小さく苦笑いを浮かべた。
そして何事もなかったかのように気持ちを切り替えると、華やいだ一行を再び町へと案内し始めた。
石畳の坂道の向こうには、塩気を含んだ潮風が海の匂いを運んでくる。
道沿いには、南蛮渡来のガラス細工が妖艶な光を放つどこか神秘的な店や、潮風を受けて茶色く古びた木造りの建物が軒を連ね、行き交う人々の声が賑やかに響き渡っていた。
すれ違う町の娘たちが、きらびやかな装いをまとった錬の姿に次々と釘付けになり、あちこちから黄色い歓声が上がった。
「ねえ、見てあの若様……すごく素敵じゃない!?」
「あんな端正な顔立ちの人がこの町にいたっけ……?」
(うっ……、なんだか妙に視線が集まる気がする……)
居心地悪そうに身を縮こまらせる錬に対し、後ろを歩く渚、灯、圭、楓の四人は面白くなさそうに頬を膨らませていた。
自分たちの錬が他の女たちにもてはやされているのが、どうにも気に入らないのだ。
しかし、今度は着飾って華やかさを増した四人の少女たちに向けて、町の若い男たちや商人たちが次々と声をかける事態となった。
「おや、お美しいお嬢さん方、どちらへ?」
錬は錬で、他の男たちが少女たちに言い寄る姿が目に入り、なんだかモヤモヤとした不愉快な感情が胸の奥で波立つのを覚えていた。
そんな少しトゲトゲした空気を和らげるように、清之介が町の外れにある自身の大きな蔵へと案内してくれた。
「ここは我が家の交易品や資材を管理している場所です。どうぞ、中へ」
重厚な木の扉を開けて一歩足を踏み入れると、ひんやりとした静けさが肌を包み込んだ。
広々とした蔵の内部には、世界各地から集められた珍しい品々が整然と並んでいた。
南蛮渡りの精巧な真鍮細工の燭台や、東方から流れてきたという香木や絹織物の木箱が、薄暗い空間の中で静かに独自の光を放っている。
商いの名家にふさわしい、贅沢でどこか独特の気品が漂う空間だ。
一行は珍しそうに周囲を見回しながら、その奥へと足を進めていった。
その一角で、錬はふと足元に転がっている奇妙なものに気づいた。
「ん……?これは……」
手に取ろうとしたそれを見て、清之介が怪訝そうに眉をひそめた。
「おや、それは……?普段、そんなものはここには無かったのですが……」
それは、紋章が刻まれた手のひらサイズの漆黒の石だった。
不気味な光沢を放ち、周囲の空気を冷やすような不穏な気配をまとっている。
「これって……もしかして、旅の途中で見た妖に付いていた黒い紋章に似てないか?」
灯が覗き込んで顔を青ざめさせる。
その瞬間、石がびりびりと激しい振動を始め、蔵の空気を凍りつかせるほどの禍々しい黒い光を急激に放ち始めた。
この石は一体何なのか――。
言い知れぬ不安と新たな謎が、不気味な光の満ちていく蔵の中で重く澱んでいくのだった。
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