第7話 賑やかな朝のひと時とコマの秘密
翌朝の朝食の席、穏やかな日差しが差し込む広間で、清之介は興味深そうに身を乗り出した。
「皆さん、昨日はゆっくりお休みになれましたか?
実は、私のような者は商いの関係でこの港町を出たことがなくてですね……。
同じ男として、広い世界を渡り歩いてきた錬さんのお話を、ぜひ聞かせていただきたいのです」
井の中の蛙だとはにかむ清之介のまっすぐな視線を受け、錬は少し照れくさそうに箸を置いた。
隣に座る楓や渚、灯、圭、そして足元を陣取るコマも、一斉に錬の方を向く。
彼女たちは食い入るような視線を向け、これから語られる錬の過去に耳を傾けようとしていた。
「俺の過去なんて大したもんじゃないよ。
物心ついた頃からの記憶が曖昧でさ。
呉服屋で反物を担いだり、大工の見習いをしてノコギリを握ったり、時には団子屋の店先で串を焼いたり……職を転々としながら自分の居場所を探す旅をしてきたんだ。
……魔法が使えないからって、どこに行っても馬鹿にされてさ……。
……妖を追う渚たちと出会うまでは、ずっと一人ぼっちだったしな」
錬の言葉に、少女たちの胸がキュッと締め付けられる。
清之介は静かに頷き、ふと疑問を口にした。
「失礼ですが、『錬』というお名前は?」
「あぁ、これにはちょっと訳があってさ」
錬は自分の胸元に手をやった。
「記憶をなくした当時のことはほとんど覚えていないんだけど、気づいたら懐に一枚の半紙が入ってたんだ。
字を練習した後みたいな紙でさ。そこに『錬』って名前が書いてあった。
だから、自分が何者かすら分からないまま、ずっとその名を自分の名前として生きてきたんだ」
「半紙ですか……。手がかりがそれだけしかなかったとは」
清之介がしみじみと言葉を漏らすと、楓が心配そうに錬の袖を引っ張った。
「では、その大切な半紙は今も持っているのかしら?」
「いや……それがさ」
錬は苦笑いしながら頭を掻いた。
「この旅の途中、いつの間にかどこかで落としてしまってさ。ずっと肌身離さず持っていたから、無くしたと気づいたときは結構ショックだったんだよ」
そのやり取りを、足元で聞いていたコマがふんっと鼻を鳴らした。
「なにを言ってるんだ、錬は。無くしたなんて大げさなことを言うなよ」
「え? コマ、知ってるのか?」
錬が驚いて見下ろすと、コマは尻尾をパタパタと揺らし、恥ずかしそうに話した。
「あたりまえだろ。その、半紙のすさまじい執念……持ち主と『ずっと一緒にいたい』っていう強い念が、長年のうちに積もり積もってな……
……気づいたらオイラという形になって、お前の前に飛び出してきたんだよ」
「……えっ?」
錬は目を見開き、目の前の小さな相棒を見つめた。
「つまり……コマは、あの半紙の念から生まれたのか?」
「まあそういうことだ……。
錬の話を聞いて、いま思い出したところだけどな……」
コマは照れ隠しのようにぷいと顔を背けたが、その耳は真っ赤だった。
錬は胸が熱くなるのを覚えながら、そっとコマを抱き寄せた。
「そうか……ずっと一緒だったんだな。コマ、教えてくれてありがとう」
「な、なんだよ急に……!恥ずかしいだろ!やめろって!」
コマは照れ臭そうに錬の腕の中で体をくねらせ、周囲の笑いを誘った。
その温かなやり取りを、清之介は穏やかな笑みで見守りながら、感心したように頷いた。
「それは何とも、素敵な縁ですね。しかし――」
清之介は錬の顔をしげしげと眺め、首を傾げた。
「旅人の割に…と言っては大変失礼ですが、
錬さんは立ち居振る舞いや食事の作法が驚くほど上品でいらっしゃる。
きっと、ただの旅人ではなく、どこか良いお家柄の育ちなのだろうと、お見受けしていましたが……」
「いやいや、そんな上品なんて……」
錬が慌てて否定すると、清之介は「あっそうだ」と明るく手を叩いた。
「よろしければ、私のコレクションをお見せしましょう。上質な着物を、錬さんも着てみませんか? きっとよくお似合いになるはずです。
それで一緒にこの町を散策してみましょうよ。
妖ばかり追いかけてないで、たまにはのんびり息抜きも必要ですよ」
清之介がふっと優雅に指先を弾かせると、部屋の隅に置かれた衣装箱から、様々な色柄の着物が魔法で次々と引き出され、まるで意思を持っているかのように美しい軌を描いて宙に並んだ。
「お気に召すものがございましたら、遠慮なく仰ってください」
穏やかな笑みを浮かべ、宙に並ぶ数々の着物を差し示す清之介。
「わぁ、ステキな着物ですね!」
女子たちの目が輝いた。
さらに清之介は控えていた侍女を呼び寄せた。
「あちらに、かつて我が家からよそへ嫁いでいった姉たちが置いていった着物も沢山あります。
姫たちもお好きなものをどうぞ選んでください」
清之介の屋敷に仕える侍女が手際よく準備を進め、灯や圭たちは大はしゃぎで好みの衣装選びに夢中になっていく。
「いいんですか!?よろしくお願いしまーす!」
その一方で錬は……
「いや、俺は別にこういうのは……」
と気恥ずかしそうに尻込みしたが、結局は侍女たちの手際の良い誘導に逆らえず、渋々ながらも上質な着物に袖を通すことになったのだった。
全く気が進まない様子の錬をよそに、色とりどりの衣装選びに夢中になる少女たちの賑やかな声が、静かな屋敷の朝に響き渡っていくのだった。
清之介の提案が、思いもよらぬ手がかりを得るきっかけになろうとは、この時の一行には知る由もなかった。
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