第6話 交錯する恋の嵐と揺れる心
潮の香りが運ばれてくる活気ある港町。
宿に荷物を置いた一行は、束の間の休息として町の市を散策していた。
「わぁ、見て見て! この羽織、すごく色が綺麗だよ!」
露店に並ぶ品々に目を輝かせる灯の声に、錬が足を止める。
すると、近くの店を覗いていた圭が、面白そうに目を細めて布帽子をひょいと持ち上げた。
「ねえ、錬ちゃん。ちょっとこっち来てよ!」
「ん? なんだよ急に」
戸惑う錬に、圭は布帽子を被せ、藍染めの羽織をその肩にふわりと掛けた。
「わっ、ちょ、待てって!」
「似合う……! かっこいいかも!」
圭と灯がパチパチと手を叩いてはしゃぐと、渚も優しく微笑みながらうなずいた。
「本当ですね……。いつもの格好とはまた違って、とてもよくお似合いです」
「まあ……少しだけまともに見えるくらいですわね」
楓は頬を赤くして、じっと錬の姿から目を離そうとしない。
「まるで着せ替え人形だな」
コマは腕を組んでククッと笑った。
「からかうなって……」
(……かっこいいとか……はじめて言われた……)
照れくさそうに帽子を脱ぐ錬の姿に、少女たちは顔を見合わせ、楽しげな笑い声を響かせるのだった。
そして、それぞれが思い思いに品定めを楽しんでいた、その時――
渚はふと、目の前に並ぶ繊細なかんざしに目を留めた。
「お気に召しましたか? その青い石は、遠い海の向こうから届けられた特別なものですよ」
振り返ると、そこには仕立ての良い着物をまとった裕福そうな青年が立っていた。
この町の交易を取り仕切る豪商の息子・清之介である。年は二十歳前後。
「あ、申し訳ありません。ただ眺めていただけです」
恐縮する渚。
清之介は穏やかに微笑むと、そのかんざしを買い求め、ふわりと指先を動かした。
すると、淡い光を纏ったかんざしが優雅な軌跡を描いて宙を舞い、驚く渚の黒髪へと、まるで吸い込まれるようにそっと魔法で挿し留められた。
「お近づきの印です。あなたのその美しい髪に、よくお似合いになると思っていました」
「っ、そんな! 頂けません!」
「受け取ってください。あなたのような素敵な方に使っていただけるなら、この品も喜ぶでしょう」
自然な振る舞いと、丁寧な言葉遣い。周囲の人々がどこか羨ましそうに眺めている
少し離れた場所からその様子を見ていた錬は、その場で足を止めていた。
先ほどまでの楽しい空気から一転、胸の奥が少しだけ締め付けられるような感覚を覚える。
(なんだろう……このモヤモヤする感じは……)
そんな錬の様子を見つけると、灯がすたすたと歩み寄り、不満そうにほっぺたを膨らませる。
「ちょっと錬、さっきから何ぼおっとしてるのよ」
「え? いや、別に……」
「だいたいさあ、さっきから渚のことばかり気にして! 」
「そうよ! 圭たちだって、もっと錬ちゃんに特別扱いされたい!」
圭もすかさず腕を組んで割り込んできた。
「私たちのことも見たらどうかしら!」
本音がこぼれ出てしまい、楓は慌てて扇子で顔を隠す。
三人に一気に責め立てられた錬は、慌てて両手を大きく振って否定した。
「だ、誰かのことを特別扱いしたことなんて一度もないよ……ただ……俺と違って、いい男だなって思っただけで……!」
「「「は……?」」」
三人の少女たちの視線が、一斉に疑わしげに細められる。
「うっ……、とにかく、渚のことを気にしてるとか……そういうのとは違うってば……!」
顔を真っ赤にしてしどろもどろになる錬を見て、コマは腕を組んで笑っていた。
周りの少女たちにからかわれ、錬はタジタジになりながらも、清之介と穏やかに話す渚から目を逸らすことができなかった。
……自分には特別な力や誇れる肩書もない。洗練された青年と並ぶ渚を見て、無意識のうちに己の無力さを意識してしまったのだ。
清之介は穏やかな笑みをたたえたまま、一行に声をかけた。
「よろしければ、私の屋敷で食事の席を設けたいのですが、皆様もご一緒にいかがですか」
清之介は一行を招待してくれた。
――清之介の屋敷にて、豪華な料理や庭園に少女たちは喜んでいたが、錬はどこか会話の輪に入れず、端の方で静かにお茶を飲んでいた。
清之介の完璧な振る舞いが、錬の胸に小さなトゲのように引っかかって離れなかった。
その夜、屋敷の奥にひっそりと佇む大浴場。
湯気が立ち込める心地よい空間で、女子たちは温かい湯船に浸かりながら、賑やかな恋バナに花を咲かせていた。
「ねえ渚! 清之介さんってすごく素敵じゃない!?」
灯はわくわくした様子で身を乗り出し、顔を輝かせる。
「家柄も良くて、優しくて、かんざしまでくれるなんて完璧じゃない?」
「そうね……清之介さんはとても礼儀正しき、立派な方です」
湯に身を委ねた渚が、穏やかなトーンで答えた。
「でも……」
「でも?」
圭と楓が興味津々と顔を寄せ合う。
渚は揺らめく水面を見つめながら少し頬を染め、両手でお湯をすくった。
「私……清之介さんにはお礼を伝えて、かんざしはお返ししたんです」
「ええっ!? どうして!?」
灯が目を見開いて声を上げる。
「だって……私にとって一番心安らぐのは、清之介さんの側ではないのです。
会ったばかりの私のために泥にまみれて、温かい光をくれた……錬さんのことが、どうしても頭から離れないんです」
「「「キャーーーー!!!」」」
その直球すぎる告白に、少女たちの胸が一斉に甘い熱を帯びた。お湯の温かさも相まって、全員の頬が一層ぽっと赤らむ。
「錬ちゃん、かっこいいよねー!」
「分かる! あの無鉄砲なところが妙に惹きつけられる……」
「普段は頼りなく見えますけれど、肝心な時には不思議と頼りになりますわね!」
四人はそれぞれに湯船の中で顔を見合わせ、照れくさそうにはにかみながら錬への思いを語り合った。
清之介のような完璧な貴公子よりも、自分たちをいつも気にかけてくれる、不器用で真っ直ぐな錬の存在こそが、彼女たちの心をすっかり捉えて離さなかったのだ。
一方、別室の大浴場に一人浸かっていた錬は、湯気の中で小さく息をついていた。
湯船の縁に額を預け、清之助とあまりにも違う自分がただただ情けなく肩を落とすのだった。
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