第4話 森の守護者と譲れない誇り
宿場町を後にした一行は、妖が出たという噂を聞き、森林を進んでいた。
風に乗って漂うのは、草木と湿った土が入り混じった心地よい木の香りだ。幾筋もの木漏れ日が柔らかく足元を照らし、静寂の中に鳥のさえずりが響く……
しかし、道程の半ばで足止めを余儀なくされる。
山肌が削られ、たくさんの倒れた木が道を塞いでいた。自然の倒木ではなく、どこか不自然な気配が漂っている。
「これは……少し厄介だね」
「気配が歪んでいるな。妖の気が残っている」
コマが静かに耳を傾ける。
「そこまでですわ。これ以上は通せませんことよ」
静かな声とともに、倒木の上から一人の少女が現れた。
深い緑の着物で、手には扇を持つ。
端正な顔立ちに、冷徹なまでの意志を宿した瞳。
「私はこの森を管理する一族の者、楓。これより先は立ち入り禁止ですわ」
「楓さん、私たちは近ごろの妖の異変を調べているのです。少しだけ、話を聞かせてもらえませんか」
渚が静かに歩み寄る。
「不要ですわ。外部の者に頼る気などありません。私が一人で対処しますわ」
楓はそれだけ告げると、静かに身を翻して森の奥へ姿を消した。
「……頑固な人だな」
灯が静かに呟く。
「いや」
錬は彼女が去った方向を見据えた。
「彼女、右手の手首をかばっていた。最近出たと噂の妖にやられたのかもしれない」
「錬ちゃん、よく見てるね」
圭が感心する。
「放っておけないな。追おう」
森の深部へ足を踏み入れると、重く沈んだ地鳴りが響いていた。
一行の目に映ったのは、「岩石の妖」と対峙する楓の姿だった。
胸元には黒い紋章が脈を打っていた。
「また現れましたわね!っ……」
楓は敵の素早い攻撃に結界を維持するだけで精一杯の状態だった。
「くっ……ここで退くわけにはいきませんわ……!」
森の少女の足元が大きく揺らぎ、致命的な隙が生まれる。
「危ない!」
灯の火の魔法と渚の水の魔法が連動し、妖の攻撃を逸らした。
「なぜ来ましたの……余計な真似を……」
楓は気丈に振る舞おうとするが、その足元は確実に限界を迎えている。
「一人で背負う必要はないよ」
錬は静かに楓のそばへ歩み寄り、まっすぐに手を差し伸べた。
「力を合わせれば、超えられる壁もあるはずだ」
「何を言っていますの……所詮はよそ者ですわ……」
「よそ者でも、仲間になれる」
錬の落ち着いた、しかし揺るぎない眼差しに、楓はわずかに息を呑んだ。
そして、拒絶するように震えていた右手で、静かに錬の手を取り立ち上がった。
妖の一瞬のスキを狙い、錬は吸い込まれるように、妖に近づいた。
それはまるで、元の場所に戻るような自然に引き寄せられる様子だった。
そして錬は妖の胸元の黒い紋章を掴んだ。
――その瞬間、静かな光が広がった。
錬の手から温かな黄金の気が溢れ、楓の内に滞っていた霊力を穏やかに解放していく。
灯の火、渚の水、圭の土、そして楓の木が、錬の「金色の力」を通じて完璧な調和を形成した。
「……これは……何という力ですの……私の魔法が、膨らんでいく……?」
楓の瞳に、静かな驚きの色が浮かぶ。
「行くぞ!」
「はい!」
錬が楓の手を握り、妖の中心へと踏み込む。
楓は静かに息を整え、扇を振るった。
「――木よ、理に従い、秩序の城壁となりなさい」
重く澄んだ轟音とともに、頑丈な木の結界が地表からせり上がり、岩石の妖を静かに封じ込めた。
そして妖はただの岩塊へと戻った。
静まり返った山中で、楓はその場に膝をついた。
錬は静かに歩み寄り、手際よく布を取り出して彼女の右手を優しく手当てする。
「無理は禁物だ。しっかり処置しておかないと後が響くよ」
「……勝手なことを言いますわね……」
楓は顔を背けたが、その耳元はわずかに赤らんでいた。
「素直じゃないね、楓」
コマが小さく笑う。
「だ、黙りなさいまし!」
灯と圭が小首をかしげる。
「……そういえば……、
戦いのとき、錬の光ですごく力が出たけど……」
「錬ちゃんの魔力では、なかったような……?」
「――あ」
渚が小さく声を漏らす。
錬は頭をかき、気まずそうに苦笑した。
「実はさ……俺、魔法が使えないんだ」
「「「うん、知ってたよ」」」
灯、圭、楓は答えた。
え……?と錬が目を丸くする。
「だって、錬ちゃんから魔力が感じられなかったもん」
圭が肩をすくめて言い、灯もうなずく。
「わたくしだって、最初から魔力のない人間だと見抜いておりましたわ」
楓は得意げに言った。
「錬は魔法なんか使えなくたって……」
「錬の起こす奇跡は、魔法なんかよりずっと、すごいと思いますわ」
「そうそう! 錬ちゃんはいつもすごいんだから!」
「……これからも、頼りにしています……」
灯、楓、圭、渚は次々に言葉を重ねた。
(……そっか。みんな、最初から分かってくれていたんだ……)
錬が照れくさそうにはにかむと、その胸のうちは温かな光で満たされていくのだった。
楓は静かに立ち上がり、姿勢を正した。
「改めて、私の名は楓、十八歳。
……あなたたちも妖を追っているのですわね?
それでしたら……私も同行させてもらいますわ!」
まっすぐに差し出された手を見て、錬は快く頷いた。
「ああ、よろしく! 頼もしい仲間が増えて大歓迎だ」
「ふふ、足手まといにはなりませんことよ?」
楓が優雅に微笑むと、灯が「大歓迎だよ!」と肩を組み、賑やかな笑い声が広がる。
錬たちは次なる目的地へと歩き出した。
――水の少女・渚
火の少女・灯
土の少女・圭
そして木の少女・楓――。
こうして個性豊かな四人の少女たちが集い、五行の理が巡り始める…
そして、最後に隠された「金」の存在だけが、まだ深い秘密のベールに包まれていた…
◇ ◇ ◇
――そしてその頃、遠く離れた都の影では。
月形景時が、手元に届いた新たな密偵の書状に目を落とし、不敵な笑みを浮かべていた。
「魔法が使えない少年を中心に、各地の少女たちが集った……か。面白い。光が強ければ強いほど、その影もまた濃くなるというものだ」
景時は静かに扇を閉じ、闇の広がる窓の外へと視線を向けた。
第四話をお読みいただきありがとうございます。
引き続き、どうぞよろしくお願い致します。




